まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。

一人称にしよう、ともおもいましたけど、そうすると周囲の人の感情が入らない(汗
なのでとりあえず客観的立場視点をば…
まあ、一人称にしてしまったらおもいっきり主人公が「創造主?」とバレバレですけどね(苦笑
何はともあれ、第三段!ゆくのですv
全ての名前の由来に気付いた人は、あるいみすごいですv
まあ、私の書くシリーズ。
かならず名前にどこか共通点がありますけどね(笑

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さわっ。
「う~ん、きもちいい~!!」
これほどまでに気持ちいい経験を今までしたことがあっただろうか。
さわさわと吹き抜ける風にそしてかすかに香る草の匂い。
ごろん、と寝転がれば新緑の草花の匂いがここちよく鼻につく。
「さて。と、ここでずっとこうしていても仕方ないし。…近くに、村か町、…あるよね?」
今自分がどこにいるかよくわからない。
しかし言葉が通じるかどうか、という問題もあるがそれはおそらく大丈夫だろう、という予感がある。

ごろん、と横になっている少女…どうしてこんなとろに少女がいるのか。
という疑念はつきないが。
その少女の服装は上下、そして上着、とにわかれており、
その腰にはおそらく何かの袋なのであろうものがくくりつけられている。
ベルトのようなものでくくりつけられていることから、腰につけるタイプの袋なのであろう。
その袋にはきれいな花の刺繍らしきものがほどこされており
一見したところ服の飾りのようにもみえなくもない。
くるぶし辺りまであるズボンは淡い黒色をしており、それらにもまた小さな模様らしきものが刻まれている。
羽織っている上着はといえば薄い紫いろで、その背後にはフードらしきものもついている。
首元にふわふわの毛らしきものが多数ついていることからも防寒具の一つ、なのであろう。

やっぱり意を決してきてみてよかった。
心から少女はそう思う。
だからこそ。
「とりあえず、あっちの方向にいってみよ~!!」
元気よくぴょんっと跳ねるようにいう少女はおそらく十四かそこら。
腰のあたりまで伸ばしている長い髪を一つのみつあみにし、その髪をだらん、とさげている。
その耳元には金色の小さな飾りのようなものがはめ込まれているが、
それは小さくよくよくみないとわからない。
そして何より特徴的なのは
左手の中指にはめられている淡い光をほのかに光の加減によっては放つ銀色の指輪と、
そしてその中央にはめ込まれている虹色の石。
そしてその手首には様々な色彩でできている石で造られた腕輪のようなものがはめられている。
少女が今いるのは、森の中にあるとある開かれた場所。
かつてはここに集落があったのだがとある事情で今はただの開けた空間になっている。
そこに草木が生い茂り自然の楽園となっているのだが。
「あ~…森をとおらないといけないのか~…獣とかでてきたら面倒だな~……」
ここが安全でないことは少女とて理解している。
否、しているつもりである。
しかし理解していることと、実際に経験することとは話しが別。
「血とかみるハメになったら嫌だな~。そのまま眠らせてとんずらするかな~」
それが何より一番てっとり早い方法であろうが、その睡魔の術が利かない輩もいるのも事実。
「…ま、何とかなるか」
あくまでも前向き。それが少女が少女であるゆえん、である。

WOLD GAME ~伝承の真実~

かつてこの空間には何もなかった。
あるとき、どこからともなくやってきた神はこういった。
『この地を理想郷にいたしましょう』
その言葉通り、太陽が生まれ、大陸が生まれた。
そして。
『すべての命に祝福を』
神の言葉をうけて、大陸に様々な生命が存在した。
『等しく平等たる進化を』
その言葉をうけ、大陸に誕生していた生命は様々な能力などを得て世界各地に散らばっていった。

「そして、我らが人間はその恩恵をうけ、もっともすぐれた種族なのです」
進化、という言葉についてはいまだに研究者たちの間でも議論が多い。
すべての命、というのだからそれは人だけを示すものではない、というものもいる。
しかしそういった存在はすべて異端、とされて迫害される。
神が選んだのは自分達、人間。
そう彼ら…人類は何を狂ったのかそのように自らが選ばれた種族なのだ。
そう解釈し、今にいたっている。
しかしその間違いを指摘した存在達はことごとく異端視されて処刑される。
そんな間違った世の中。
そんな中、その間違った世の中をどうにかしようと立ち上がった者たちがいる。
それらの行動はこの世界にどのような結果をもたらすのか…
それは、行動を起こしたものにも、そして間違った解釈のもと行動している存在達にも誰にもわからない……



カラッン。
「いらっしゃい」
木で作られた開き戸が開かれ、その扉につけられている小さな鐘が小さな音を鳴らす。
それと同時に中にいた人々がちらり、とそちらのほうに視線をむける。
「ふぅ。つかれた~。あ、すいません。何か食事とかとれますか~?」
この場からしてみれば場違い、ともいえるのんびりとした声がそれと同時に店の中にと響き渡る。
入口から入ってきた人物…漆黒の黒い髪に黒き瞳。
髪も瞳も黒、というのはかなり珍しい。
この辺りでは黒は混じることがない色、として神聖視されてはいるが、
他の地域によっては汚れの色、として毛嫌いされている。
所によっては黒をもっている、というだけで理不尽な罪を着せて処刑する国もあるほど。
もっとも、そういった理不尽な行為はここ数年、行われていないのか噂も届いてきてはいない。
別の不穏な噂話しは多々と届いてきてはいるが……
ぱっと見た目、旅人、にしては服装がかなり普通。
とはいえ声からして間違いなく少女、なのにズボンを履いていることからおそらく旅人で間違いないのであろう。
普通の村娘などは滅多にズボンなど履くことはしない。
農作業をするにあたっても、スカートの下に履く、というのが常識となっている。
彼らがいる場所…このあたりに一件しかない酒場にと入ってきた少女。
少女の服装は、至って素朴なもの。
上下に別れたどこにでもありふれた白と茶色の上着とズボン。
そして纏っているマント。
マントを羽織っていることからも旅人なのであろう、という予測は可能。
普通に生活していてマントを羽織っているものなどまずいない。
酔狂なもの、もしくは旅人くらいしかマントを羽織る必要性はない。
「みない顔だね。お姉ちゃん」
このあたりに旅人がくるなど滅多にない。
しかもこんな若い女性がくるなど珍しいことこの上ない。
「まあ、いろいろとありまして。あ、ユンお願いします」
こういった場で慣れているのか、カウンター席にと座り注文をかけてくる少女。
身長としてはさほど高くはない。
背の高さは百六十もないであろう。
一般的な成人女性よりもかなり低い。
その背の低さと顔立ちからしておそらく十代そこらの年齢とおもわれる。
しかしこういった場で客のあれこれを聞かないのは常識中の常識。
「お。姉ちゃん、通だね。ユン、でいいんだね?」
ユンとは知る人ぞしる飲み物であり、ゆえに感心した声をだす。
とある果実から取れる代物であり、味はそこそこ甘い。
それでも全体的には水のような代物。
果物の殻がかなり固く、またその殻の周囲についている果肉のほうは珍味、として重宝されている。
強いてあげるならば、砂糖を思いっきり少ない水で溶かしたような代物。
その果肉を様々なものにつけて食べれば甘みがますがゆえに用途も様々。
乾かせば普通に砂糖とはまた異なる甘みをもつ代物になるがゆえに、重宝されている品でもある。
何しろ一般的に出回っている砂糖の価格より格段に安く、
またその果物事態もそこいら…特に湖周辺によく生えている樹になる果物。
ゆえに、湖近くに住まう人々にとっては貴重な食料の一種。
「はい。あ、お金、これで代用できますか?」
いってごそごそと懐から小さな何かを取り出しカウンターへ。
取り出されたのは小さな珠状の品。
「ん?お姉ちゃん、これ、もしかして魔硝石かい!?」

魔硝石。
それは魔獣、と呼ばれる人々に害を及ぼす生命を殺したときにときたま手にはいる品。
その石には様々な力が秘められており、その力の濃度によってはかるくひと財産を稼げるといった品。
今の文明はこの魔硝石に内蔵されている様々な『力』を糧として発達した、といっても過言でない。
とある人物がその石に抱擁されている力にと気づき、その用途を見つけ出したのがそもそもの始まり。
それが見つけ出され、一般に普及するにあたり、さほど時間はかからない。
とはいえいまだにまだ全体に普及している、というわけでなく、一つの石だけでそこそこの値段となる。
そもそも、石を手にいれるということは、魔獣と戦い、それに勝利する必要性がある。
魔獣はそうそう倒せる存在ではない。
すなくとも敏腕の戦士ですら死ぬこともしばしば。
高額取引される魔硝石ではあるが、偽物が出回らない理由が一応ある。
それはどの魔硝石の中にも中央に特殊な文様らしきものが埋め込まれており、
石の中にそのような文様を刻みこむことなど誰にもできない技術。
ゆえにその文様がきちんと石の中に刻まれているか否か、で本物か偽物か見極めることが可能。

カウンターの上に置かれた石をこねくりまわし、その内部に特殊な文様が刻まれていることを確認し、
驚愕の声をあげる酒場の主人の気持ちはおそらくその場にいる誰しも共通する思いであろう。
どうしてどうみても十代にしかみえない女の子がそのような品をもっているのか。
その疑問は果てしない。
確かに、旅をするにあたり、魔硝石を資金替わりに持ち歩く冒険者たちは多々といるとは聞いたことがある。
あるがそれは腕に自信があってこそできる技であり、どうみても力のない女子供ができるようなことではない。
「これでもいろいろと旅をしてますから。フイをついて倒すのだけは得意なんですよ。
  それで、料金は足りますか?」
にこやかにいう少女の表情からは嘘をいっているようにはみえない。
魔獣はフイをついて倒せるような生易しい存在ではない。
ないが、中にはあまり攻撃力は高いが移動速度が果てしなく遅い魔獣も存在する。
そういった魔獣は攻撃のしようによっては簡単に倒すことが可能。
しかし、少女にとってはこの程度の代物、どうとでもなるのまた事実。
「ああ。これひとつで宿もとれるよ。宿もとるかい?」
魔硝石の大きさからしてそれなりの魔獣から取れた石だとは推測できる。
しかしこういった酒場という場所は相手のことを追求しない、というのが暗黙の了解。
ゆえに内心の動揺を押し殺し、あっけらかんといってくる少女に対し宿の有無を問いかける。
この酒場は二階が宿も兼用しており、そこそこにぎわいをみせている店でもある。
「お願いします。あ、あとここからエレスタド王国までどれくらいかかりますか?」
そんな店主の言葉ににっこりとほほ笑みながら答え、ふと思い出したように問いかける。

エレスタド王国。
この世界の主流となっている宗教の総本山がある国であり、
それ以外の概念はすべて異端、と切り捨てるお国柄。
概念となっているのは『セレスタイン宗教』、といい、この世界を創った神の名前に基づいた宗教、ともいわれている。
最近…といってもここ百年あまり。
常にきな臭い噂も絶えない国であり、好き好んで訪れようとは思わない国。
海ほどもある湖を超え、さらに超えることが不可能ともいわれている高い山脈を越えた先にある国。
その国にたどり着くためには海から海路を伝い陸路をゆくよりほかにはない。

「…本気、かい?あの国で黒がもつ意味をしってのこと・・・なのかい?」
昔はかの国でも黒は神聖視されていたが、今では逆に黒は不吉、といって片っ端から黒を持つ存在を処刑している、と聞く。
それこそ人から動物まで。
服や品物に黒がはいっていただけで罪を着せるほどの徹底ぶり。
このあたりはまだいい。
かつての宗教理念がまだ続いている。
今では、旧約と新約、と同じ宗教でも振り分けられているほど。
新約、と称される宗教側とすれば旧約を信じている存在は異端とし、すぐさま宗教裁判にとかける。
裁判、とは名ばかりで問答無用に処刑、もしくは処罰する、という何ともあきれた独裁制。
「それでも。私はいかないといけないんです」
そうきっぱりいわれればこれ以上どうしようもない。
おそらく何か事情があるのであろう。
それはわかる、わかるが……
「なら、その目と髪は絶対にみつからないようにするんだよ?」
とりあえず人目に触れなければどうにかなる。
ゆえに忠告をしている主人の姿。
そしてまた、そんな国にどうしていくのか気にかかり、
「お姉ちゃん、あんな国に何の用事があるんだい?」
答えがもらえるとはおもっていないがそれでも気になるので問いかける。
と、
「ちょっと、知り合いの様子が気になって……」
予想外、というか問いかけに答えたもののそのままうつむく少女の姿。

そこまでいって言葉を区切る少女の言葉に大体の事情を察知する。
おそらくその知り合い、という人物をたすけるためにと入国するのであろう。
確かにあの国に在住している以上、いつ何時理不尽な罪を押し付けられるかわかったものではない。

「よっしゃ!ならこれはかえしとくよ」
「え?」
いきなりそういわれ、さきほど渡したはずの魔硝石を突き返される。
「え?あ、あの?」
代金の変わりに差し出したはずなのに、いきなり突き返されて理解不能。
ゆえに戸惑う少女に対し、
「なぁに。危険な場所に挑むその勇気に免じて。
  だ。あんたが無事に戻ってきたらそのときに受け取るよ。
  それまで、それはあんたに貸し、だ。きちんと戻ってくるんだよ?」

自分には何もできない。
だけども、何か少しでも少女の気力を奮い立たせることができるならば。
それゆえの好意。

「そういえば、お嬢ちゃん、名前は?」
今までやり取りをしていて名前を聞いていなかったことにいまさら気づき改めて問いかける。
そんな店主の言葉ににっこりとほほ笑み、
「私は…ティン・セレス、といいます」
黒き瞳と黒き髪をもった少女はにこやかに名を名乗る。
【天青石】をもじったその名の意味を知るものはこの場には……いない。



「う~ん…おもったより、現状は悪い…なぁ~」
思わず愚痴をいいたくなってしまう。
実際に目にするのとただの報告だけで見るのとではわけが違う。
それにそもそも。
「なんだって勝手にいつのまにやら教えが改竄されてるのかな~……」
それについても、もはや呆れる他このうえない。
まずとりあえず先だってすることは。
「面倒だけど、まず封じられてる王達の解放、だよね。
  …いくら害をなしたくなかったからって。抗うこともせずに捉えられるってどうよ……」
設定の仕方、間違えたか?
おもわずそう少女…ティン・セレスが思ってしまうのは仕方がないであろう。
そもそも、このような現状なってしまったのは他ならない。
この世界を守るべく存在していたはずの【精霊王達】。
彼らが人間側に捉えられ幽閉されてしまったがゆえに他ならない。
だからこそこうして様子を見に来たのだが……

あの報告をみたときには自分の目を疑ったものだ。
「…は?」
まずそれが始めの言葉であった。
それで調べてみれば何のことはない。
人間に捉えられ幽閉されてしまっていた実状。
思わずその場にて呆れ半分、頭を抱えたのはいうまでもない。

「他のところはこんなにならなかったのにな~……」
どこを間違ったんだろう?
そう思うティン・セレスことティンの声に反応するものはいない。
間違えは正すべき。
しかしその正すべき方向性をまた間違えば面倒なことこの上ない。
何よりも。
「…一応、まだまともなモノは多々といるみたいだしな~……」
まだ時間はたっぷりとある。
とりあえず今後の対策を考えつつも、まずは彼らの解放が先決。
そんなことを思いつつ、
「なんだかな~……」
いく度目かわからないそのため息をつきつつも、ごろり、と木で作られているベットに横になる。
ベットの作りは簡単なもので、布団もそうふかふかのものではない。
贅沢をいえないのはわかっている。
ゆえに、
とりあえず自分用の布団などをどこからともなく取り出しベットの上に敷き、
寝やすいように自分なりに工夫する。
もしこの場に別の存在がはいってくれば、そのありように思わず目を丸くするであろう。
何しろそこにはふかふかのしかも見たこともない布でつくられた布団が敷かれているのだから。
マクラももみ殻らしきものが敷き詰められた麻で編まれた枕が元々ありはするが、
ごわごわしていて寝にくい、という理由から
別の代物をこれまたどこからともなく取り出しておいてある。
「魔獣も順調すぎるほどに増えてるみたいだし…
  そもそも、アレの効果に気付くようにしたのは確かだけどね~」
かの効果に気づくようにそう仕向けたのはほかならぬ自分。
しかし、ここまで魔獣が増えているとは。
それだけこの世界に『還元すべき元素』がたまっていることを指し示している。

魔獣、とは
自然界のみでは還元しきれなかった様々な『モノ』を還元させるべく創りだされた獣のこと。
魔獣の体内で自然界にて還元されなかった様々な物質は魔硝石、と呼ばれるものへと昇華され、
やがてその魔獣の肉体ごと自然に還る。
すべての魔硝石の力をそのまま取り出せるようにすれば逆に自然界に害をなす可能性もあるが、
多少ならば自然界にもやさしい、クリーンなエネルギー源となる。

最近は、瘴気、としか言いようのない還元できない要素が増えてきているのも気にかかる。
そもそもそれら瘴気は精霊王達が本来ならば浄化していた物質。
精霊王がいないことにより、大気中に充満し、そしてそれらは人の体内、そして脳の中にも入り込む。
その結果、この惑星そのもの自体が悪循環極まりないことに陥りかけているようなのだが……
「とにかく、さくっと用事をすませてから今後の対策を考えるとしますか」
ここで考えていてもどうにもならない。
初期化するのか、それとも特定のものだけ消し去るのか、それとも別の方法をとるか。
今はまだその考えすらまとまっていない。
「とりあえず、今日はいろいろあったし。もう、寝よう。おやすみなさ~い」
ふかふかの布団につつまれ、とりあえず寝心地はわるくない。
そのままとりあえず今日のところは体を休めることにして眠りにつく。
念のためにこの部屋全体に誰も入れないように設定した。
それゆえこの場には誰も入ることはできはしない。
ゆえに安心してその身を睡魔へと導いてゆくティン。
ティン・セレス。
彼女の正体が何なのか、当然今のところ知る者は…誰も、いない……



「さて…どうする、かな?」
かなり心配してくる宿屋兼用の酒場の主人にひとまず別れの言葉をいい、ここまでやってきた。
目の前に広がるのは海と見まごうばかりの巨大な湖。
この大陸は巨大な湖で隔てられている、といっても過言でなく、ゆえに別名、第二の海。
キラキラと青く輝くその光景からは予測もつかないが、この湖には様々な生物が生息しており、
中には肉食の生物も多々と存在している。
しいていうならば、海と切り離され、さらにはこの湖にしみ出しているとある成分の影響もあり、
各個々において巨大化した生物達であろう。
その成分とは成長速度を異様に高めるものであり、この湖に生息している生物は少なからず巨大化してしまう。
今のところこの湖に生息している生物を食べて、自らの身まで巨大化してしまった、というのを聞かない以上、
おそらく何らかの人間達には影響しない何かの力が働いているのであろう。
そういうのがこの地に住まうものたちの一般的な認識。
巨大化、といってもそれには限度、というものがありある一定の大きさまでいくとその効果は発揮されなくなってくる。
しかし逆をいうならば、巨大化した生物達の肉などは普通の生物などにおいても比較的肉質や味がよく、
この湖に住まう生物、特に魚や鰭竜といった存在は高額取引がなされている。
「ま、考えてても仕方ないし。とりあえず、『召喚:水竜、【Select1セレクトワン】』」
ザザザッ。
ティンの言葉をうけ、目の前の水面が突如として波うちだす。
そしてその水はまるで生き物のように盛り上がり、
ザァァッ。
次の瞬間、ティンの眼前の湖の水が生き物のようにうねり、新たな形を形勢する。
水面が元のように静まりつつも、多少波打つ程度は湖面が揺らぐ中、
ティンの目の前にちょっとした大きさの透き通った首の長い何かの生き物らしきもの、が出現していたりする。
その生き物らしきものは、全身を水らしきもので形をとっているのか、
その表面がゆらゆらと湖面と同じく輝いている。
異なるのは湖面と異なり、その形が確実に固定化している、ということくらいであろう。
長い首の先には小さな顔というか頭がついており、ぽっこりとでた体にちょっとした長さの尾。
ついでに四枚ほどある鰭のような足のようなもの。
水竜。
一般にそう呼び称されているもっともこの世界ではポビュラーすぎるほどの召喚獣。
もっとも、召喚する側の力量と、そしてセレクト、と呼ばれる呼びだす存在の実力差に応じ、
その能力も、また力も格段にと変化する。
今、ティンが使ったこの術は一番何の変哲もない召喚術からしてみれば低い位置にあたるものであり、
呼びだした後の用途はといえば大概、足がわりになるくらいの実力しか持ちえない。
逆をいえば知性も戦闘力も何もない、ただ形を与えられただけの器、ともいえる。
水を固定化させて、足代わりにする形を創りだす。
それが一番低い召喚術におけるセレクト…俗にいうレベル最下位の術の一つ。
「飛んでいってもいいけど、やっぱりのんびりといくのもいいしね~」
場違い極まりないことをいいつつも、ぴょんっと自分が今、呼びだしたというか創りだした『水竜』の背に飛び乗るティン。
「さ。それじゃ、出発進行~!」
何とも間が抜けているといえば間がぬけているが、穏やかな湖の一角にティンの声が響き渡る。
ザザザ……
ティンの言葉をうけ、『水竜』は静かに動き出す。
動くたびに静かだった湖面にきれいな波の道筋が刻まれてゆく。
この召喚獣は召喚した側の意思により特定の動きを確実にこなす。
ゆえにかなり重宝されるが、この召喚術。
かなりの実力と力を保有していなければできない技。
生命力と魔力、精神力に影響する術の一つであり、どれをとっても自身がなければまず滅多と使われない術の一つ。
そもそも、呼びだしたはいいが、術者がそのまま倒れてしまう、ということもザラ。
もっとも、一番低い召喚術であればそのようなことはあまり起こりえないのだが……
「さってと~。聖都の聖廟、までどれくらいかかるかな?」
ティンが目指しているのは、聖都のはずれに位置している、聖廟、とよばれし場所。

聖廟、とはよく名をつけたものだ、とあるいみ感心してしまう。
実体を知らない信者達からしてみれば、そこはまさしく、聖なる場所、でしかないであろう。
世界をおかしくしているのがその場である、という現実を知りさえしなければ。

あむっ。
そんなことをつぶやきつつも、のんびりと水でできた竜の背にのり手にしたサンドイッチを一口。
朝、宿をでるときに、一人旅というのもあってか食べ物にも困るだろう、といって親切にも用意してくれていた品。
「うん。まあまあ、かな?でもやっぱりあまり調味料とかが発達してないからな~」
それでも、小麦粉をどうにかパンにまでしているのはさすがといえるが。
それでもやはり固いものは固い。
卵を加えて焼くことにより、少し違ったサンドイッチが出来上がっているようだが。
しかし、それはティンの味覚からいって違っていると思うだけであり、
この世界からいえば、ティンが今手にしているサンドイッチはごくごく一般的な品。
「ここにくるとき長期戦覚悟できたからな~。とりあえず無難な携帯食料とかは多々ともってきたけど」
本来ならば持ち込みできる品の数はきまっているども、それらはどうにでも応用がきく。
やはり食事はおいしくなくては意味がない。
「亜空間収納パックがここでも使えるのが便利だよね~、うん」
誰ともなくつぶやくティンの言葉は当然誰にも聞こえていない。

亜空間収納パック。
それはティンからしてみればごくごく慣れ親しんだ代物ではあるが
おそらくこの世界の存在にとっては摩訶不思議な品であろう。
そもそもここの文明のレベルはティンの常識から見てもかなり低い。
もっともそれは仕方がない、といえば仕方のないことなのだ、とティンは誰よりもよく理解している。
いるがゆえに、自分の存在がどのようなものなのか十分理解しているつもりである。

「できれば、あまり人とかかわらずにこっそりと目的を達成したいけど……」

『うわぁぁ~!!!!』

そういいかけたティンの言葉をさえぎるように、どこからともなく悲鳴がティンの耳にと聞こえてくる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・無理っぽい・・・・」

聞いてしまった以上、見過ごすわけにはいかないであろう。
というかそんなことをしたら自分が自分を許せない。
というかかなり寝ざめが悪い。
ゆえに大きくため息をつく。
「仕方がない…んと、状況確認…っと」
つぶやいたその刹那。
ティンの額の上のあたりに薄い映像のようなものが出現する。
しかしそれはティン以外の何人にも視えない代物。
「あらら。…クラリス…かぁ」
でもま、ちょぅどいいかな?
声のしたほうを確認しようと状況をざっと見てみたところ、少し離れた場所にて、
どうやら船が湖の生物、『クラリス』に襲われているらしい。
「このまま水竜にのってってたら戦闘にはむかない…か。召喚、解除」

バシャっ。

バチン、とティンが指を鳴らすと同時、それまで形を成していた水の竜が瞬く間に湖と同化する。
ふわり、それと同時に湖の上にと降り立つティン。
そこは別に浅瀬というわけではなく、普通に深い湖の一角。
にもかかわらず、ティンは何でもないように湖の上にと立っている。

「さて、と、いきますか」
ふわり。
まるで重さを感じさせずにその場よりティンは何でもないように浮かび上がり、
そのまま
「威力の調整できるかな~?」
何とものんきなことをいいつつも、いまだに悲鳴が聞こえてきている方向へとそのまま飛空してゆくティン。
この世界、空を飛ぶ魔術は完全には確率されていない。
しかし、ティンにとってはそんな些細なことは通用しない。
そのままいまだに水音と叫びと悲鳴、そして怒号が飛び交っているであろう方向にむけて
そのままその体をむけてゆく。


「うわぁぁっ!?」
「何だ!?この大きさは!?」

この湖の航海…あまりにも大きな湖なので、
ほとんどのものがこの湖にて船を出す場合は海と同じように、航海、と呼び称している。
本来の海を大海、と呼ぶならば、こちらは小海、といったところであろう。
湖からは幾本か海に通じている川もあり、それらは大河として名を知らしめている。
どういう理屈なのか、はたまた現象なのかはわからない。
わからないがともかくこの湖は常に絶えず地下から湧き出た水により常にその形を変えることはない。
地下より湧き出ている水の影響なのか、この湖に生息する生物は異様に大きく育つ傾向がある。
もっとも含まれている物質のおかげなのか、この湖にクラス生物はその肉質においても、
またその他からとれる材質などからいってもかなりの値段で重宝されている。
が、しかし、体が大きくなる、という特性だけでなく、
そこにいきる生き物の凶暴性までも大きくしてしまうらしく…

結果。

「くっ!対クラリス用の槍がきかないだとぉ!?」
誰ともなく思わず叫ぶ。
襲撃は想定内、というかむしろこういった襲撃は日常的。
常に湖の上にて暮らす彼らにとっては襲われたときの対処法なども日々精進し腕を磨いている。
が、しかし目の前のどうみても巨大なイカはかるく小さな山くらいの大きさはどうみてもある。
だいたい、よくて二階建の家程度の大きさの生き物たちを相手にしていた人々にとってはまさに脅威、としか言いようがない。
そもそもそのいくつもある触手ともいえるものにて船をがんじがらめにされている。
対魔物用の対策をとっていなければまちがいなく今ごろは船ごと木端微塵にされている。
それでもかなり頑丈に強化の術を施しているはずの船はミシミシと今にも壊れそうな音を立てている。
この世界ではより強い樹木、コルース樹により造られ、外装に様々な術式を施しているこの船は、
あるいみ、船だけでも戦艦、といっても過言ではない。
術式、とは文字通り、力ある言葉などを決められた形に刻み込むことにより威力を発揮させる技のこと。
こういった船などにおいては、浸水しないように防水の術式が大概組み込まれて作られる。
それでもその式を扱えるものはごくごく限られた力ある魔術師、もしくは神官、
あとは精霊の加護をうけている種族の存在達であるがゆえに式が施されている、というだけでかなり高価な品となる。
かなり資金をかけて頑丈に式をかけているはずの船がきしんでいる。
それはまさに、彼らにとっては死活問題。
と。
「あらら~。あの~?手助け、いります~?」
何とものんびりとした声がどこからともなく突如として聞こえてくる。
仲間の声は全て覚えてはいるが、この声には聞き覚えがない。
『誰だ!?』
思わずその場にいたほとんどの者が同時に叫ぶ。
「誰、といわれましても。通りすがり?なんですけど~」
声はどうやら上空から。
はっと思わず上をみてみれば、自分達の頭上にふわふわと浮かんでいる人影一つ。
…ありえない。
というか人間が空を浮かんでいる?
いや、翼人か?それにしては翼がみえない。
ならば、亜人、と考えるのが無難なのかもしれない。
亜人の中には精霊の加護をうけてその力を行使するものがいる、ときく。
しかし、しかしである。
こんな場所にいるような存在ではないことを彼らは十分に知っている。
「手助けいらないようならほっときますけど~」
何とものんびりとしたその声に思わず、
「これが手助けいらないようにみえるかっ!?」
あまりにのんびりしたその声におもわず突っ込みをいれてしまう。
おそらくその行為は誰にも責められないであろう。
特に、仲間の命がかかっているこんな現状でそこまで冷静に判断できる、とは思えない。

声をかけたのは、いらぬお節介、ということもありえるから。
そもそも手助けがいらないのならばそれにこしたことはない。
しかし、戻ってきた返答はどうやら手助けがほしいらしい。
ちょうどまだ食べ足りない、というかお腹がすいていることもある。
ちなみに彼女の好物の一つが、こりこりとした歯ごたえがある食べ物だったりする。
ゆえに、
「ならよかった~。ちょうどお腹すいてたんですよね~。焼きイカっておいしいですよね♪」
にこやかに笑みを浮かべつつも、目の前の巨大なイカもどき、通称、『クラリス』。
それを食べ物、と認識してさらっととてつもない発言をしている少女、ティン。

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?』
一瞬、上空に浮かんでいる人影のいいたいことが分からずに
その場にいた数名が思わず同時に声を漏らす。
それと同時。
「爆炎」
ゴッ!!
上空に浮かんでいるとおもわしき人物から何かの声が発せられたとおもうと同時。
突如として目の前で対峙していたイカの変異種、『リンクス』が突如として炎にと包まれる。
一瞬、何がおこったのかその場にいるすべてのものが理解不能。
「仕上げっと」
唖然とする彼らとは対照的に、何かのんびりとした声が再び聞こえ。
次の瞬間。
ドォッンッ!
目もくらむほどの轟音と、閃光が彼らの視界と耳を覆い尽くす。
あまりの閃光にその場にいた全てのものが目をつむってしまったがゆえに直視していないが、
もし直視していれば、
どこからともなく発生した巨大な稲妻がクラリスの体を貫いた様子を目の当たりにしたであろう。
ザバァァッン!!
轟音と閃光が収まったその刹那。
何か巨大なものが水の中に倒れる音が鳴り響く。
恐る恐る目をあけた船の乗組員とおもわしき人々がみたものは、
ぷかり、と湖にと浮かぶ、さきほどまで自分達が必死で戦っていた『クラリス』の死体。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
おもわず誰もがそれをみて無言になってしまうのは仕方がない。
というかまったく状況が理解できない。
そんな中。
「あ、すいませ~ん。あなたたちの獲物とはわかってますけど、足の一本、もらってもいいですか?
  私、焼きイカも好物の一つなんですっ!」
何やら場違いともいえる声が彼らの耳にと聞こえてくる。

彼女からしてみれば
そもそも、クラリスは食べ物認識であったのだからその問いかけは間違ってはいない。
しかし第三者からしてみればその問いかけはあまりに理解不能、ともいえる。

かなり突っ込みどころ満載すぎる。
よくよくみれば攻撃?を仕掛けたのはどうやら少女、らしい。
しかも珍しく黒髪の少女。
長い髪は一つにミツアミでくくられているがその長さは腰の辺りまであるであろう。
服装は上空にいるがゆえによくよく見なければわからないが、
上下に別れた服と上着っぽい何かを着ていることくらいは理解できる。
「あ…ああ……」
あまりに現実離れしすぎている目の前の現実。
ゆえに、ただただ流されるままにつぶやく乗組員らしき人物の姿が
しばらくの間見受けられてゆくのであった……


「へ~、あなた達、海賊なんですか~」
なぜかそのまま、船にと乗り込んできているまったく見た目も何もかもがあやしすぎる少女。
そもそも、先ほどの『クラリス』を倒した力は何なのか。
さらにいえば、イカをゆっくり食べたいから船の上でたべてもいいですか?ときた。
半ば茫然としていたこともあり、許可をだしたのはほかならぬ自分達。
だがしかし、あむあむとおいしそうに本当に自分で斬ってきた…
これもまたどうやって斬ったのか彼らの目には見えなかった。
何か少女が手をふるうと光の筋のようなものがほとばしり、
次の瞬間にはきれいに足が一本切り取られていた。
さらにはご丁寧にそれらの足をある程度の長さに切り刻み、
これまた突っ込みどころは満載なのだが
どこからともなく取り出していたらしきお皿に盛りつけていたりする。
どこからどう突っ込めばいいのか、かなりの修羅場をくぐりぬけてきた彼らとて対応のしようがない。
当の当人、というか『クラリス』を倒したほどの実力をもつ、見た目どうみても十代前半としかみえない少女。
その少女はいかにも幸せそうに、自分の倒したクラリス…今では原型すらとどめていないが。
とにかく焼きイカの足をおいしそうにたべている。
海賊だ、といってもひるむことなく、食べる手を止めないのをみるかぎり、
おそらく腕にかなりの覚えがあるのであろう。
しかし…疑念は尽きない。
自分達の武装からして普通の船員ではない、と嫌でもわかるはず。
ならば、先に自分達の正体を隠さずに伝えたのは、彼女の実力のほどがわからないがゆえ。
下手に隠して不快を買い、万が一、先ほどの攻撃を仲間にむけられれば彼らに太刀打ちできる術はない。
「・・・え、えっと……」
何と声をかけていいものか。
いや、声をかけて下手に不快を買えば自分達とてどうなるかわからない。
しかし仲間をまもる理由が自分にはある。
ゆえに、一人の女性が意を決してそんな少女にと声をかける。
「はい?あ、申し遅れました。私、ティン・セレスっていいます。
  さっきまで水竜で湖を渡ってたんですけどね。なんか叫び声がきこえたからきてみたんですよ~。
  でもここでイカが食べられるとはおもってなかったからラッキーですっ!
  ここの湖の生物ってほんっとここの水の成分が肉質によい影響を与えるのは知ってましたけど。
  実際にたべてみてもおいしいですよね~」
知識だけではしっていたが、
ここまでまるで極上霜降り肉のように肉質が変化しているとはおもわなかった。
しかも歯ごたえ的なものはのこったままで。
焼いた状態でこうなのだから生でもけっこういけるかもしれない。
そんなことを思いつつも、声をかけてきた女性にと語りかける少女…ティン・セレス。
それでも食べる手を止めていないのはさすが、としか言いようがない。
「水竜?…あんた、魔術師かい?」
だがしかし、魔術師は大概どこかの国などに属しているはずである。
一人でふらふらとしている魔術師など今まできいたこともない。
しかし、今、少女がいった水竜、というのはおそらく召喚の水竜で間違いないであろう。
ということは、召喚術がつかえるとなるとかなりの実力を擁していることとなる。
もっとも、先ほど、一言において『クラリス』を燃やしつくした光景を目の当たりにしている以上、
疑う余地はさらさらないのだが。
もしくは魔道士。
こちらのほうは国に属さず、しかし滅多に人前に姿を見せない人種だときく。
そもそも彼らはいろいろと自ら研究を重ね、時には非情ともいえる実験をしているとも噂されている。
「魔術師?
  ああ、そういえばここではああいった術を使うもののことを一部ではそう呼んでましたっけ?
  まあ、にたようなものですけど。少し違います。それより、みなさんはどこにいかれるんですか?
  あ、もしグリーナ大陸側にいくのでしたらのせてってもらえません?
  こっちにくるのに召喚を解除しちゃったもので足がないんですよ。
  また召喚するのも面倒…というか疲れますし」
実質的には疲れはしないのだが、本音とすれば面倒、というほうがかなり強い。
この地において術、というか様々な特殊な力を使えるものはごく限られている。
ゆえに彼らが自分のことをいぶかしんでいるのもわかっている。
元々、人とかかわる気などさらさらなかったティンは、
まあこれも縁、とばかりにさらっと説明しているのだが。

グリーナ大陸。
ほとんどが山脈に覆われた大陸であり、
その山脈を越えた先に宗教国家エレスタド王国が存在する。
この世界の成り立ちを伝えているともいえるセレスタイン教を軸にしたとてつもない巨大国家。
基本的な陸路はほぼ高い山脈でおおわれており、唯一の入国手段は海からの入国となる。
そしてその山脈が連なるその一部に、彼らの聖地ともよべる聖廟なるものが存在する。
そこには世界を見守っている精霊達が常に滞在しているという。
ほとんどのものが眉唾ものでその話しを聞いているが、事実、そこで精霊の姿をみた。
というものが後をたたない以上、その信憑性はかなり増している。
しかし聖廟がある一体は聖地、ともよばれており、
通常の観光客、もしくは巡礼者達は入ることもままらならない。
一説には、かなり莫大な寄付を協会側にすれば入ることが可能、ともいわれている。
大概の存在達は、精霊云々という話しは王国そのものを神聖視させるのが目的、と捉えている。
つまりは精霊とはすなわち、神の使い、とこの国では常識的に小さな子供でもその事は知っている。
ゆえに、その精霊が常に滞在していることから、自分達は神に認められた国である。
そう内外によりつよく強調しているに過ぎない。
ともあれ、エスタド王国に対する認識はおそらくどの場所においても同じようなもの。
最近では、異端視狩りなど
どう考えても神に認められた国などといったものからはかけ離れたことをしているようだが。
それでも彼らいわく、
自分達は神の意思の元に行動している、といってはばからないのだからタチがわるい。
かの国が不安な要素を見せ始めてかなりの年月が経過している。
それでも各国が協力することなく今に至っている、という理由は別なところにある。
そう誰ともなく噂されているのも事実。
そしてまた、グリーナ大陸ではほぼ毎日のように行方不明者が多発している、ときく。
そんな大陸にいったい全体何の用事があるのか、まったくもって理解不能。

「…グリーナ大陸側に?別にかまわないけど…あそこにいって何があるっていうんだい?」
そもそも、この湖からあの大陸にわたったとしても、行動範囲が限られてくる。
というかむしろほとんど山しか存在していない。
その山もかなりけわしく、普通に考えて登れるような山ではない。
というか確実に登ったりしたら頂上付近で凍死するか、遭難するのがオチである。
「ん~。まあ、あそこに作られている、隠し通路をつかって聖廟にいこうかと思いまして。
  どうも知り合いがそこに幽閉されちゃったみたいなんですよね」
いいつつ、あむり、とイカを一口。
口にほうばりつつも、深くため息をつく様子はどうも嘘をいっているようではない。
というかそんな重大ともいえることをさらっといっていいものか、
逆にさらり、といわれて少女に対して警戒の色を濃くする船員、もとい海賊達。
さらっと何やらかなり重要なことを暴露しているティン。
その言葉にその場にいた海賊、と名乗った全てのものが一瞬、息をのむ。

「…は?ちょっとまて、今、なんといった!?」

今聞いた言葉が信じられない。
隠し通路?
そんなものはきいたこともない。
しかし、もしそれが本当だとすれば…
すくなくとも、今彼らが考えている作戦よりははるかに成功率が高くなる。

「え?もしかして知らないんですか?あの山脈、地下に通路があるんですよ。
  かつてアロハド山脈が噴火したときの名残の鍾乳石洞ですけど。
  そのまま道は山脈の反対側まで続いてますし。
  そこからだととりあえず聖地の監視者達にも気づかれずに聖廟に近づけるようですし。
  私としてはあまり騒ぎを大きくせずに知り合いを助け出したいですからね~」

その噴火は今から二千年以上前に起こった出来事。
アロハド山脈、というのはグリード大陸に存在している、連なる山脈を指し示す。

知り合いを助けたい。
その言葉にさらに数名の者たちが顔を見合わせる。
事実、表だっていまだに噂になっていないものの、すでにまことしやかにその噂は流れてきている。
いわく、エレスタド側が身よりのない存在達をこぞって捉えどこかに連れていっている、と。
実際に異端扱いされて捉えられた人々の末路は誰にも伝えられていない。
国側は処刑した、といっていたりするがどうもそうではないらしい。
何やら実力のあるものたちを狙っているフシがある。
ゆえに他国もかの国の動きには今の現状ではかなり警戒し、動きをそれぞれに見張っている。
そんなあやしすぎる行動をしている国だというのに他の国が制圧に乗り出さないのは国のありよう。
表向きとはいえ、【世界神セレスタイン】を国をあげて祀っている以上、
下手をすれば世界神に牙をむいた、と他国に狙われるきっかけになりかねない。
それほどまでに、世界神セレスタインの加護はこの世界に親しまれている。
むしろ、敬愛されている、といっても過言ではない。
・・その教えが様々な形に変化し、歪んでしまっていたとしても
根柢である世界神への信仰心はゆるぎない。
そもそも、彼らがこんな場所にいるのも、そのことに起因している。
ゆえに少女の言葉に反応してしまったのは仕方のないことといえる。

「なんかあの国、
  最近は力ある存在達をこぞって捉えて結界のために閉じ込めてたりするみたいですし。
  何を考えているんだか。ほんと」

とりあえず、捕らわれている存在達全てを解放した暁には、それなりの処罰はするつもり。
言外にその意味を含めてさらっと何やら重要機密らしきものをまたまた暴露しているティン。
事実、エルフ族や翼人、亜人や魔人、といった様々な種族の存在達まで捉えられている。
彼らも彼らで精霊王達が捉えられている以上、抵抗することができず、
また、精霊王達も彼らを人質にされている以上、身動きがとれなくなっている。
つまり悪夢の悪循環と成り果てているのが現状。
それらを解消、解決するためにティンはこうして出向いてきたのだから。

「…あんた、何ものだ?どこかの諜報員、か?」
そこまで詳しくしっている、とはどこかの国の諜報員、という可能性が高い。
となれば、先ほどの力もある程度納得できる。
どこかの国に所属している魔術師ならばあのような術を行使できても不思議ではない。
もしも自分達に敵対する勢力ならば警戒してしすぎることはない。
のんびりしているようでみえても、相手はかなりの実力者、というのは先ほどの一件で嫌でもわかっている。
「諜報…?ああ、違いますよ?というか国に属してはいません。…属してないことになるよね?
   そもそも、お母様達もなんで私に面倒な役目を押し付けて、
   まあ、私以上に想像力という関係上ではいい人材いなかったからだとおもうけど……」
思わず本音がもれだしその場で愚痴りだすティン。
しかしその意味は当然、ティン以外にわかるはずもない。
彼らのしっている国のどこにもティンは属していないのだから嘘はいっていない。
嘘はいっていないが真実全てをいってもいない。
しかしそのようなことを彼らがわかるはずもない。

その言葉を聞き、何となく彼ら側としても納得するに値する事柄に思い当たる。
おそらく目の前の少女は親にいわれて、しぶしぶながらに救出にむかわされているのであろう。
そしてその親、というのは別の方面から動いているのかもしれない。
あくまでもそれは彼らによる推測。
しかしその推測はまったくもって間違っているのだが、
当然そんなことを指摘してくれるものは誰もいない。

「あ、もしかして、洞窟の位置とか知りたいんですか?
  というかなんで今まで知られてなかったんだろ?」
そもそもあの洞窟は面白そう、というのでやってみたはずなんだけど?
そんなことをふと思いつつも思わず首をかしげるティン。
言われてみれば確かに、今まであそこを利用した、と報告をうけたことはないような気もしなくもない。
しかしちょくちょくここにかかわっていなかったし、時間の流れも激しく違う。
それてもあの入口は簡単に壊れないようにしてあったはずなので間違いなくまだあるはずなのだが。
別の視点で降りたときにはたしかに存在していた。
ゆえに場所などもしっかりと把握している。
ついでに当時薄暗かったので光りゴケもその洞窟には群生させておいた。
ゆえに光源などといった問題もあっさりと解消済。
地元民達にあの場が知られていない、というのが驚愕に値する。
確かに判りにくい位置ではあるが、少し探索すれば判る位置に存在している以上、
すくなからず絶対に入口くらいは見つかっているくらいに思っていた。
「やっぱり実情は見聞きしてみないとわからないことも多いな~」
それは本音。
ティンと名乗った少女のその言葉の意味を彼らは知るよしもない。

あっさりと、位置を知りたいのか、と問いかけられたその言葉に思わず言葉につまる。
これが誘導尋問でない、とはいいきれない。
しかし、もし、もしも彼女のいっているとおり、通路があるのならば、
今まで俗にいう【帝国】に捕えられた仲間を助け出す足掛かりになる可能性は高い。
年々、【帝国】による、一族狩りは最悪の一途をたどっている。
陸にいたら危険、というのでこうして海にいきることを選んだのもそのあたりにある。
「…わかった。大陸まではつれていく。しかし、その洞窟とやらに私たちも案内してもらおう。
  それが連れてゆくための交換条件だ」
『お嬢様っ(お頭)!!』
しばし、ティン・セレスと名乗った少女の言葉に考えを張り巡らせつつも、
自分の中で結論をだし、
目の前でいまだにイカをたべている少女にと言い放つ、先ほどから問いかけてきている女性。
お頭、と呼ばれていることからおそらく、この海賊を仕切る立場にいる人物なのであろう。
しかしそんなことはティンにとってはどうでもよいこと。
彼女の仲間からしてみれば、得体のしれない少女にかかわるのは危険だという思いが強い。
しかし、もしも少女のいうとおり、隠し通路みたいなものがあるのならば、
長年における自分達の一族の悲願が果たせる可能性が高い。
お頭、と呼ばれた女性は周囲の男たちとは対照的に比較的動きやすい服装をしていなくもない。
腰にいくつもの短剣らしきものを差しており、腰には赤い布のようなものが巻きつけられている。
動きやすさを重視しているのであろう、スカートではなく当然ズボンを身につけている。
髪の色はみるものを落ち着けるような、深緑の緑。
緑の髪に緑の瞳。
その特徴はこの大陸、否、この惑星においては一つの種族の特徴を示している。
「案内するだけでいいんですか?
  かまいませんけど。どちらにしても私もそこにいかないといけませんし。
  まったく、なんで抵抗もせずにあっさりと捕えられなきゃいけないんだか。
  そもそそも、相手の思惑とかをくみ取って知識とか提供するのが普通じゃないの?」
さらっといったかとおもうと、ぶつぶつとよくわからない意味のことをつぶやきだすティン。
ティンからすればその意見は至極もっとも。
そもそも、相手の思惑をきちんと見抜けなかった【彼ら】に文句の一つもいいたくなる、というもの。
そもそも、【彼女】がいらない知識を与えなければこのようなことにはならなかったはずなのである。
ゆえに、文句のひとつもいいたくなってくる気持ちは分からなくもない。
「では、きまり、だな。申し遅れた。私はこの団を指揮させてもらっている、フェナス、という。
  あなたはたしか、ティン・セレスでよかったんだよな?」
「あ、呼びすてでいいですよ?ティンでいいです。フェナスさん、ですね。了解です。
  では、しばらくの間、よろしくお願いします」
どちらにしても、グリーナ大陸側にたどり着くまで数日はかかる。
そこまでにこの湖の広さは果てしない。
すでに四方を見渡しても陸の影一つみえない位置にきている、というのにも関わらず、である。
それこそがこの湖が【小海】、と呼ばれているゆえん。
森の民、かぁ。
そういえば、捉えられてる種族が多いのってかの民がもっとも多かったっけ?
報告にはたしかそうあったはず。
そうは思うがそれを口にはださず、にこやかに挨拶をしているティン。

ティンとフェナス。
それぞれの思惑が交差する中、ひとまず利害は一致し、ここに共同作戦が張られてゆく――


働かざるもの食うべからず。
特にそれは船上、という狭い限られた場所においてはその言葉がものの見事に当てはまる。
「しかし、嬢ちゃん、手際、いいねぇ」
一番人手がたりない場所。
それはこの船上においては、厨房であったがゆえにそこに回されたティン。
一部のものは得体のしれないものを食事係りともいえるその場に回すことを懸念したが、
しかし彼女の力の一部をみている以上、一緒に行動するのも躊躇していた。
ゆえに、フェナスが人手がほしい、といっていた厨房へ彼女を回したのだが。
いくら短い間、とはいえ何もしないものを乗せるほど船の上での生活は甘くはない。
かといってあんな大きな力をほいほいと使われてははっきりいって船がもたない。
下手をすると仲間全員が死に絶えることになってしまう。
何が得意か、といけば料理、と即答したことから、采配したフェナス。
しかしその決断はあるいみ正しかった、と言わざるを得ない。
なぜならば……
「んふふふ~。やはり食事はおいしくないとっ!
  食事がおいしくなかったら人生損してるとおもいません!?」
きっぱり力説。
それが当たり前。
それがまさにティンの持論。
ほんのすこしの手間暇でどんな食材もおいしさを増す。
そしてまた、調味料についてもその加減具合で味はどうとでもなる。
今まで薄い味でしかなかった料理の数々がいきなり目もとびでるほどおいしくなれば、誰しも文句のつけようがない。
「私が食べるのが好きなのでいろいろと自力で研究とか創作とかしてたら自然と腕はあがったんですよ」
そもそも、彼女は彼らにいっても判らないであろうが、第一級料理人と味覚特級、さらには栄養士という資格をもっている。
その他にも創作料理特別賞等など、その分野において知る人ぞ知る有名人。
…もっとも、それらは【ここ】についてはまったくもって通用しない事柄であるのだが。
それがわかっているからこそ、ティンもまたそのような説明はしない。
「いろいろと出向いていっても、これ!というのがなかなかなくて。
  なら自分で自分好みのを!とおもってたらいつのまにか」
「あ~。その気持ちはわかるわ。たしかに、自分好みの味とかなかなかないわよね~」
なぜかそのあたりの話しで意気投合している、厨房責任者であるリンネ、となのった女性。

この船の中では男性も女性も関係なく、それぞれが適材適所とおもわしき場所に配置されている。
リンネ、と名乗った厨房責任者である歳のころは三十代前半とおもわしき女性は、
すこしばかりふくよかな体付に、そして赤い髪に緑の瞳の持ち主。
彼女としては食事一つにもこだわりたいのは山々だったらしいのだが、
何しろ食事をつくる人数が人数分。
それでなくても厨房のほうに回されてくる人材は果てしなくゼロに近しい。
そんな中でなかなか凝った料理ができるはずもなく、とにかく量で勝負をかけていた。
その量も船、という狭い場所の上であるがゆえにさほど量はつくれず、
かといって、腹が減っては戦はできぬ、の文字通り、乗組員達のお腹をすかすわけにはいかない。
ゆえに、日々、厨房を自らの戦場とし戦い抜いてきた。

「でも、【プライムゼリー】を使った栽培、とは思いつかなかったわ。あなた、すごいわね」
回されてきた誰ともわからない新たな厨房係り。
彼女、ティン・セレスが提案したのは、船上でも誰でもつくれる簡単な栽培できる食材の提供。
【プライムゼリー】、と呼ばれているソレは元は魔物の一種、と考えられているものの、
しかしその抜け殻、というか体は乾燥させることにより様々な用途を成す。
その体は細かく砕けるのも特徴ならば、乾燥させて粒状にすることにより、
それらは水分を多々と含んだ物質となり果てる。
つまり、水を含んではいるものの、何があってもこぼれない代物がそこに出来上がるわけで。
乾燥しはじめたならばそれに水を追加することにより、常にみずみずしい水分が保たれる。
そして、ティンが提案したのは水栽培。
どうしても船上、という生活をしていると緑とぼしい生活になってしまう。
緑という安らぎを補充できて、なおかつ食事にも活用できる。
これほど画期的な提案はない。
プライムゼリーは固形記憶も発達していることから、一度形を記憶させれば、
たとえいれている器が壊れたとしても、ゼリー事態が壊れることはあり得ない。
つまり、どんなに船がゆれても、ゼリーが散乱することはまずありえない。

緑の少ない生活の中、どうしても心はぴりびりしてしまう。
そこに一つの緑があるだけで、心は不思議と安らぐもの。
特に彼ら【森の民】と呼ばれる一族の存在達からすればなおさらに緑は命にも等しきもの。
ゆえにこの提案には一も二もなく飛びついた。
結果として、以前より船員達の感情がより豊かになり、
喧嘩といった喧騒もあまり起こらなくなってきているように思える。
まず、ティンが提案したのは食事の改善と、緑の増産。
そもそも、船の中にほとんど緑っけがない!といって率先してどこからともなく入れ物と、
そしてどこからともなく苗らしきものを取り出しては要所、要所にとおいていった。
その中には潮風を浄化するといわれているすでに絶滅したともいわれている苗もあったりしたのだが。
海水の耐久性に優れていたがゆえに、乱伐の対象となってしまったウィック、と呼ばれていた樹。
その樹は塩分を吸収し浄化する力があり、世界の循環にかなり役立っていたのだが、
今ではまずお目にかかれない代物と成り果てている。
そんな苗木とはいえ代物をいったいどこに隠し持っていたのか、
ティンと名乗った少女の正体は意味不明。
召喚術だとしても、過去の滅びたといわれている物質を召喚するようなものは聞いたこともない。

「あれ便利ですよね。ほんと」
自分達がよく使用している品をイメージしたはいいものの、なぜか命をもってしまったプライムゼリー。
しかしそれは別段説明することではないので、さらっと会話を流すティン。

航路にして約四日。
しばしたわいのないやり取りを交わしつつも、順調に船は進んでゆく。



「う~ん、あいかわらず壮大、よねぇ」
思わずそうつぶやくティンの台詞はいかにも的を得ている、といってもいい。
目の前に広がるのは雲よりも高くそびえ連なる山々に、
その頂上付近にはうっすらと雪化粧が施されている。
山脈がほぼ大陸の九割以上を占めているこの大陸においてもっぱら収入源は湖の生き物となる。
中には山を利用して簡単な農業らしきものをやっているものもいるにはいるが、
しかし山より抜きぬける風によりその作業もあまりはかどらない。
山と湖に囲まれたこのグリーナ大陸は、山脈以外の場所は基本、平地。
山から冷たい風が常に吹き抜けることから、寒さに強い作物などが生活の糧の一つとなっている。
「とりあえず、洞窟があるのはだいぶ先なんですけど、何名様を案内していけばいいんですか?」
船をほっぽいて全員が移動するわけにはいかないであろう。
おそらく中から数名ほど一緒に行動することになるはず。
そんなティンの問いかけに、
「それは私と、あとは彼がついてゆく。他のものは船を守ってもらう」
フェナスと、そしてその横にまだ若い少年が立っている。
顔立ちが似ていることからおそらく姉弟かもしくは間違いなく血縁者なのであろう。
少しクセのある緑の髪はまだ若い少年の特徴をさらに強調しているようにみえなくもない。
「あれ?船の中では私、その子にあったことないですけど?」
四日ほど共に生活していたというのに、ティンはその男の子にあったことがない。
緑の髪に緑の瞳。
しかしその瞳にはかなり強い決意の色のようなものが見て取れるのは気のせいか。
おそらくそれはティンの気のせいではなく、その輝きようからある結論に達するが、
別にそれは今口出しすることではない。
ゆえに気がついたことは微塵も表情に出さず、
「まだ子供のようですけど。大丈夫ですか?
  そういえば、フェナスさんは腕のほうはどうなんですか?
  このあたりってけっこう魔獣が多いですし。魔硝石を稼ぐにはもってこいの場所ですけど」

事実、このあたりの魔獣の多発は他の土地と比べ格段に高い。
それでも村などの周囲に魔硝石を張り巡らせた結界を施すことにより、
村に悪意をもった魔獣を寄せ付けないようにはなっている。
魔硝石はその単体のみだけでも力を発揮するが、決められた形に布陣することにより、
よりその効果を発揮する。
特にその魔硝石の性質を考慮して扱えばそれは完全な結界となり、
逆に恵みをもたらす加護ともなる。

このあたりで生活するうえで必要となってくるのは、魔獣と渡り合える腕。
ゆえに必然的にこのあたりに住まう存在達は腕っ節が強くなっている。
「それは大丈夫だ。この子は私が命をかけてでも守る」
いいつつも、船を下りる時に持ち出した長剣の柄に手をかけつつもいいきるフェリス。
「ん~、まあ、回復術くらいは使えますよね?」
「…どうして使える、とおもうのだ?」
さらっというティンの台詞に警戒を強めつつもといかけるフェリスの台詞にさらりと、
「緑の髪は精霊の加護の証、ですし。
  あの子達…でなかった、オンファス、バストネス、ステラ、クーク。
  四大精霊王達の加護を受けた証、それが緑の髪という形になって表れているわけだし」

風、火、水、土を司る精霊王達の名。
しかしその真名をしっているものはあまりいない。
しかも、緑の髪の真実をさらっとこれまたいってのけるティン。
歴史学者や種族研究者でもそのあたりのことを知っているものはまずいない。
ちなみに、どう解釈されたのか、通常知られている名前はといえば、
風の精霊王オルソフ、火の精霊王バーネス、水の精霊王スティル、土の精霊王クスター。
この名前が精霊王達の名、としてなぜか根付いている。
かつてその名を伝えた巫女の言葉を誤って捕え、それ以後、伝達式に名が変わり、
なぜかその名が精霊王達の御名、として宗教上はなぜか確定してしまっている。
その名が真実の名を示していない、と知っている存在は今ではほとんど存在していない。

「…精霊王様達の真名を知っているのですか?」

それまで黙っていた少年がティンの言葉をうけて驚愕の瞳に眼を見開きつつもといかけてくる。
この世界で、その真名を知っている存在は今ではほとんどいないはず。
さらり、とその真名をいっている目の前の少女の正体にさらに疑惑が募る。
さらには自分達の髪の色がもつその真実すら言い当てている。
これで警戒と疑念といったものを抱かないというほうがどうかしている。

「あれ?もしかして今はあまり知られてないのかな?彼らの名前って。
  あ、そっか。通称のほうで広まってるのかな?ん~、まあ、色々とありまして。私のほうも」
彼らはその役職柄、別の名前を用いることもある。
ゆえにどうやら今の世の中ではそちらの名前のほうが主流となり、
真名のほうはほとんど一般的に知られていないのが常識となっている。
「やっぱりそういった細かなことは実際に身聞きしてみないとわからないことってあるよね」
ぽそり、とつぶやくティン。
わざわざそこまで詳しいことは判らなくてもよかったがゆえにさほど気にとめていなかったというのもある。

あの子達、といっているのがさらに余計に気にかかる。
というかこの口ぶりだとどうも精霊王達と知り合いのような気がしなくもないが。
否、そんなことはありえない。
精霊王達が幽閉されてゆうに軽く二、三百年、という時が経過している。

「で、君の名前は?」
「え?あ、僕はレニエル、といいます。レニーって呼んでください」
思わず真名を名乗り、しまった、とはおもうがすでに遅い。
「わかった。レニー、だね。それで、回復術くらいはつかえるんでしょ?
  たぶん洞窟の中も魔獣が結構発生してるとおもうしね」
回復くらいは自力でしてもらわなければ面倒なことこの上ない。
そんなレニエル、と名乗った少年の思惑などには気にめともずにこともなげに返事をするティン。
彼女にとってはその名前がもつ意味などどうでもいいこと。
どちらにしてもその瞳に宿る意思の強さですでに判っていたこと。
「そういう、ティンさん、あなたはどうなんですか?」
「私?私はまあ、というか怪我とかしなければいいだけだし」
そもそも私に傷一つつけられるはずがないし。
それは本音。
しかしそれを口にだすわけにはいかない。
「魔獣は核をつけば一撃、だからね。まあ魔獣によっては核が何箇所にもあるヤツもいるけど」

核をうまくつけば、器を乗っ取られているだけの動物は魔硝石から解放される。
そもそも、魔獣とは、周囲にたまりすぎている【物質】を浄化、返還させるための手段にすぎない。
ゆえに、そのあたりの知識をもっていれば魔獣と対峙しても冷静に対処できるはずなのだが。
しかし正確な知識が伝わらないがゆえに、人々は魔獣を畏れ、恐怖する。
まだ完全に昇華しきっていない魔獣たちですら排除しようとする。
ゆえにさらに余計に魔獣が誕生する、という悪循環に陥っているのだが……

「魔力の流れがわかるのですか?ティンさん、あなたは?」
「魔力?ああ、生命力のことね。まあね。よく観察すれば普通は誰でもわかるはずなんだけどね」
力の流れ具合とその密度具合。
それは鍛錬によって誰でも見分けることが可能。
警戒色を強くだしているフェナスの台詞にさらっと答える。
そもそも、それに気づいていない、ということ自体がティンからすれば信じらない。
あのときから進化が停滞しているのではないか?
とつくづくおもってしまうのも事実。
…まあ、あのときの彼らは彼らで確実にやりすぎていた、という感は否めないが……
「とりあえず、なら問題ないかな?ここからだと洞窟までは数日かかるけど。平気です?」
とりあえず最終確認。
自分一人ならば何とでもなるが、連れがいれば話しは別。
素直に陸路を通ってゆくしかない。
山のふもと付近まではまだいい。
そこまでいくのにところどころではあるが小さな村は点在している。
しかし、山の中に入ってしまえば村どころか魔獣達の宝庫となる。
「我々は海賊だ。平気も何も、常に命の危険と隣り合わせなのだ、問題はない」
本来は海に住まう民ではなく、大地に根付いてこその一族なのに、海に生きることを選んだのは、
一族を守るため。
その決断は間違っているとはいえないが、それでも年とともに一族の力が衰退しているのは事実。
「なら、さくっといきましょうか。ここで話しあってても、暗くなる前にどこかの村にでもついておきたいですし」
実際に夜になれば湖からどんな巨大生物がはい出してくるかわからない。
暗くなる前に安全な場所に移動したい、というティンの気持ちもわからなくもない。
「わかった。では、お前たち、あとはたのんだぞ」
「「まかせてください!吉報をっ!」」
フェナスが振り返り、背後にいる船員達に声をかけるとほぼ全員が同時に返事をかえしてくる。
隠し通路ともいえる洞窟をみつける。
そこからならば、捉えられている数多の仲間を救えるかもしれない。
それはほのかな希望。
それぞれがそれぞれの心のうちに思っていることは口にはださず、
「じゃ、いきましょうか。えっと…村は…あ、こっちですね」
ざっと足元をみて大体検討をつけるティン。

こういった大地には必然的によく使う道筋には自然と道ができるもの。
完全に道、として塗装されているわけでも、整備されているわけでもないが、
踏み固められ、周囲より格段に草木などの数も少ない茶色い土が表にさらけでている簡単な道。
まだ獣道とかでないことから、このあたりには頻繁に人が行き来しているのがよくわかる。
うっすらと大地に刻まれている道、という刻印。
それを進んでゆけばおのずと人が暮らしている場所にはたどり着ける。
それはどの世界においてもいえること。
もっともそんな道しるべがないのが、海、という存在。
海での道しるべはもっぱら夜空に浮かぶ星々となる。
その配置と位置とで自分達が今、どこにいるのかを知るのが一般的な方法。

「じゃ、いきましょうか。えっと。しばらくよろしく?フェナスさん、それにレニー」
とりあえず改めて一応挨拶がわりにぺこり、と頭をさげるティン。
黒い髪に黒き瞳、さらには緑の髪に緑の瞳の男女がひと組。
この組み合わせはかなり目立つ。
騒がれないのはこのあたりに今のところ人の気配がないからであろう。
「え、あ。こちらこそ」
「よろしくおねがいします」
相手の正体もわからない。
しかし実力はけた外れ。
知識からして油断が出来ない相手ではある。
それらを頭にいれつつも、挨拶された以上、礼儀としてそれぞれに返事をするフェナスとレニー。

今、ここに、三人の旅が開始されてゆく……


建築技術はわるくない。
むしろ木材建築はよりよく発達している、といってよい。
かの災害の後、こういった技術のみは細々と受け継がれているらしい。
とはいえ、災害の元になってしまった技術などは今の世では奇麗さっぱりと失われているようだが。
…かの国を除いて。
このあたりにおいて木材は豊富にあるがゆえに、どうしても様々な用途に木材が使われる。
村に近づくにつれ、道らしき大地の跡も奇麗に柵がほどこされ、案内版もまた設置されているのが見て取れる。
村らしき場所に近づくにつれ、ひときわに目立つ木造の高い建物、というか櫓のようなものがみえてくる。
通称、物見やぐら、とどこぞの世界では呼ばれているそれは、見張りの塔、と呼ばれ、
この世界では一般的な建物。
まっすぐに建設されたその建物は周囲を見渡すためだけに作られている。
この世界、周囲が見渡せる、というのはそれだけでかなり重要な役目をもつ。
例えるならば、周囲に森があったとする。
しかし、上空からならば、その森の中でうごめく不審な動作をする存在を見つけることが可能。
もっとも、視力がよくなければそれらも見つけることはできないが。
村に近づくにつれ、周囲で放し飼いにしているのであろう、放牧されているとおもわしき、
牛や羊、といった動物の姿がちらほらと垣間見える。
もこもことした真っ白い毛並みにその額にある一本の角。
角の大きさにより、雄か雌かが判断できるのが羊。
そしてまた、左右に伸びる四つのくるくると巻いた角をもち、黒と白の模様をもつ四本足の生き物。
角の巻き具合により雄か雌かが判断できるのが牛。
どちららもこの世界においては家畜、として一般的な生き物。
肉も毛皮も、さらには乳も収入源になることから、こういった平原などがある場ではよく放牧されている。
この辺りで放牧するにあたり、どうしても湖からあがってくる生物に対抗する必要性がある。
ゆえに放牧しているそれぞれの柵にはそれなりの魔硝石が組み込まれている。
この辺りで基本、重宝される魔硝石の属性は雷。
自然界において、また術において雷を扱えるものははっきりいって存在しない、といわれている。
しかし、魔硝石に至ってはどういう原理なのか時折、その内部に雷の属性をもつものが多々とある。
それは微量な力をもつ魔硝石とはいえ、塵も積もれば山となる。
まさにとある世界にあるらしきそのことわざ通り。
多数の魔硝石を同時に配置することにより、簡易的な電流を流した状態の放牧場が出来上がる。
ゆえに家畜が逃げることもなければ、巨大生物に家畜が食べられる心配もなくなる。
ちなみに放牧場からだすときには、銅の性質をもつ魔硝石を扱いそこから連れ出すこととなる。

「このあたりはさすがに放牧が盛んみたいね」
そんな周囲をみつつも思わずぽつり、とつぶやくティン。
「このあたりはどうしても自給自足になるからそれは仕方ないだろう」
そんなティンのつぶやきに、周囲を警戒しつつもいってくるフェナス。

少なくとも、周囲には誰かが隠れるような茂みも森も、また竹林も存在していない。
あるのは広い放牧場とその中心に伸びている柵で囲まれた街道らしきもののみ。
放牧場の中心らしき場所をつっこる街道を抜けた先にどうやら村があるらしい。
その後ろには竹林らしきものが見て取れ、さらにその後ろには生い茂った木々の姿が垣間見える。
豊かに放牧場の中に生い茂っている草は、おそらく湖からの湧水による効果であろう。
湖の水は草木にも影響をあたえ、その質をより高め、さらには急激に成長させる効果がある。
ゆえに放牧していても、草が枯れ果てる、ということはありえない。
むしろ草食動物を野に放っていなければ、平野は恐ろしいことになり果てる。
簡単に説明するならば、軽く背丈以上、
もしくは、ちょっとした見張りの塔並みの背丈をもつ草木が生い茂る平野となり果てる。

「あ、村がみえてきた。そういえば、私の資金は魔硝石が通貨変わりだけど。
  フェナスさん達は大丈夫ですか?」

この世界で流用している通貨は一応、セレスタイン教が出来たときに決められており、
世界共通通貨となっている。
基本、銀、金、銅からなる通貨で、その表面には世界神セレスタインを現している、
といわれているシンボルともいえる文様が刻まれている。
この世界においては銀のほうが希少価値が高く、ゆえに銀貨が一番価格が高い。
もっとも、最近においてはわざわざ通貨をもちいず、
魔硝石の質と量とで取引している存在も多々といるのだが。

「心配ない。銀貨100枚は持ち合わせている」
「…そ、そうですか」

銀貨百枚。
それははっきりいってとある国の国家予算に匹敵する価格である。
銅貨百枚につき金貨一枚の価値があり、さらに金貨千枚における価値が銀貨一枚、となっている。
ゆえに流通的にあまり銀貨は一般的に出回っていない通貨、ともいえる代物なのだが。

「細かいのもありますよね?」
というか、こんな小さな村などで銀貨をつかってもまちがいなくお釣りがはらえないのは目にみえている。
そもそも、銀貨一枚でかるく村の全財産を買い上げることすら可能。
「金貨もいくつか。あとは魔硝石の細かいものが多少」
フェナスに続き、レニーが変わりに答えてくる。
まあ、魔硝石が多少なりともあるのならば当面の費用は問題ないであろう。
そう判断し。
「ならとりあえず、銀貨はおいといてくださいね。お釣りとか絶対に払えないでしょうから。
  基本は魔硝石でいきましょう」
金貨でもお釣りが完全に払えるかどうかあやしいもの。
たしかにティンのいうことも一理ある。
それゆえに、
「わかった」「判りました」
素直にうなづくフェナスとレニエル。
そんな会話をしている最中、
やがて目の前に道の道が開け、視界の先に村らしきものがはっきりと見えてくる。
「さてっと。今日のところはこの村で休んで、明日また早くに出発しましょうか。
  ここからだと洞窟までどうしても数日かかりますし」
山脈を貫くようにして存在している洞窟は山に立ち入りしばらくいった場所にその入口は存在する。
それでもとある小さな川沿いにあるのだから
今まで見つからなかった、というのが不思議で仕方がないのだが。
さて。
旅人を温かく迎えてくれる村だといいな~。
おいしいもの、あるかな?
そんなことを思いつつも、ティンはフェナスとレニーと共に村のほうへと足をむけてゆく。


「うん?なんだ?見ない顔だな?」
村に近づいてくる三つの人影をみて思わず顔をしかめる。
そもそもこんな辺境ともいえる村にやってくる旅人などはまずいない。
いるとすれば、背後の山に生息しているといわれている竜を狩りにくる冒険者くらいであろう。
しかし、ざっとみたところ、腕に覚えのあるようにはみえない。
それぞれに頭にフードをかぶった、一見したところあやしい、という言葉がしっくりくる三人組。
それぞれの髪の色が目立つ、というので三人とも頭を隠すフードを身につけている。
それは人里に近づけばどうしても偏見など、といったものはあるわけで。
場所によっては緑の髪の人間もまた、緑の悪魔、とすらいわれていることもある。
それは、かの国が緑の髪をもつものを徹底して狩りだしており、
一人の緑の髪をもつ存在ものを捕えるために村一つ焼き打ちしたこともあった。
それゆえに、緑の髪の持ち主もまた、恐怖の対象として根付いてしまっている。
高い山脈にエレスタド王国とはさえぎられており、さらにはその間には巨大な湖。
それでも、永きにわたり、王国からの干渉がなかったわけではない。
何しろこの辺りは魔硝石の宝庫ともいえる場所。
ゆえにたびたび、王国の侵略はうけている。
ゆえに疑心暗鬼になってしまうのも仕方がないといえば仕方のないこと。
「すいません。私たちは湖のほうからきました。このあたりで野宿をするわけにもいかず。
  できましたら一晩、休ませていただきたくここにきた次第です」
すっと手前に一歩でて、怪訝な表情をうかべ、
あからさまに警戒している人物にと頭をさげて挨拶するティン。
魔獣が多い場所で野宿をするなど死に急ぐようなもの。
数百年の間に民に根付いた恐怖はそう簡単に消え去るものではない。
何の用事でここにきた、とは説明しない。
説明してもおそらく余計に警戒を抱かせるだけ。
「…湖、から?あんた達だけなのか?」
「いえ、他にもいたのですが……」
それだけいって言葉を区切る。
これはあるいみ駆け引き。

「…そうか。大変だったな。わかった。村長にかけあってみよう。しかし、我が村もそう裕福ではない。
  ここからしばらく離れた町では、他の場所に出向く船もでている。
  一晩休んでそこにむかうのが一番いいだろう」
ときどきいる。
湖からの遭難者、が。
他にも仲間がいたが、今は三人だけ、ということはおそらくそういうことなのであろう。
最近、確かに湖に住まう生物が今まで以上に巨大化している。
以前はそれほど巨大な生物は生息していなかった。
しかしここ最近、否、ここ百年ばかり巨大すぎる生物が増えてきているのもまた事実。
それらの巨大生物で肉食のものは、知恵のあるものもでてきたのか、
最近は湖を運航している船に目をつけている。
すなわち、抵抗もあまりできずに、
それでいて一つの船を襲うだけでいくつかの小さな食料が手にはいる。
そんな認識なのであろう。
抵抗してくる湖の生物よりも、餌としてはかなり食べやすいのはわかる。
わかるが襲われるほうの身になればたまったものではない。
襲撃をうけてどうにか命からがら逃れたのであろうが、この村とて裕福なわけではない。
どちらかといえば自分達のほうが助けてほしい位置にある。

「ありがとうございます。さ、いきましょ」
何だかティンに全て誘導されているような気もしなくもないが、
下手に会話に割って入り、自分達の種族が判ってしまえば厄介なことになりかねない。
このあたりは山脈があるとはいえ、かつては帝国の虐殺があった地域でもある。
自分達の一族が忌まわしきものと伝わっているのか、はたまた悲劇の民として伝わっているのか。
それは場所によって様々であろう。
しかし、万が一、忌まわしき存在として伝わっていれば下手をすれば命にかかわる。
何よりもフェナスはレニエルを絶対に守りきらなければならない理由がある。
彼に何かあれば、まちがいなく、一族は全て滅びてしまうであろう。
それがわかっているからこそ、下手な行動はできはしない。
それでも、海賊、などという行為をやっていたのは、レニエルの、『仲間を助ける』という言葉。
その言葉をうけ、いろいろと話しあい、結果として海賊、という隠れ蓑をかぶることで自分達の存在をごまかした。
見張りの村人が勘違いしているのはその表情からすぐに読み取るものの、
ここはその勘違いにまかせておいたほうが無難と判断しあえて口をはさまないフェナス。
この地で野宿をするなど、はっきりいって危険極まりない。
それよりは村の中で休んだほうがはるかによい。
休ませてもらえれば、だが。

村にはいるといたるところに竹細工でできた品物がずいぶんと目立つ。
どうやら山脈につづく山側には竹林が連なっているらしく、
竹はこのあたりにとって重要な資源の一つになっているらしい。
事実、竹の用途は多種多様。
筍は食材にもなれば、その皮は頑丈でいろいろと用途がきく。
竹は炭にもなれば、竹そのものを加工することにより様々な品物が出来上がる。
さらにいえば水につけることにより繊維状に分けることも可能。
ゆえに、籠などといった細かなものを作ることもできる。
竹の繊維は頑丈であり、また弾力性にも優れている。
竹を熱湯で柔らかくしたのちにこまかな繊維状に竹を割って使用することもできる。
竹から作りだした炭は吸水性、もしくは消臭、そして土壌に撒けば肥料となる。
まさにあるいみ竹は万能、ともいえる代物。

苛性ソーダ、と呼ばれる物質があるところならばそれを用いれば油抜きは簡単なれど、
この世界ではそういった化合物は自然界の一部としては存在していない。
ゆえに基本的に乾式油抜き、と呼ばれる製法で竹林は加工されている。
もっとも、食塩ともよばれている塩化ナトリウムを電気分解することにより、
水酸化ナトリウム…すなわち苛性ソーダを生みだすことは可能。
しかしこの世界において自動的に電気を生み出す代物はいまだ存在していない。
唯一あるとすれば魔硝石における雷の成分を含んだ代物であろう。
もっとも、火でいちいちあぶるよりも、遥かに食塩を電気分解することにより生みだされる物質。
苛性ソーダ、とも水酸化ナトリウム、ともとある場所では呼ばれている物質を扱う、
熱湯を扱った作業のほうが楽なのはいうまでもなきこと。

竹を素材として扱うためにはどうしても油抜き、という工程が必要不可欠となる。
油抜きには、基本、熱湯に竹をいれて煮込んで油分を取り除く湿式法と、
竹を直接火であぶり、油をにじみださせる乾式法とに分けられる。
竹は大まか六節ごとに切り取り竹林より運び出す。
そのさい、いらない枝などは奇麗にとり除いておくのがミソとなる。
湿式法においては、電気分解させた食塩を加えた熱湯に二十分ばかり竹を加えて煮込み、
その間、浮いてきたあくを丁寧に取り除き、その後、竹を乾燥させて素材の基礎とする。
そこまでしておけば、あとは様々な用途にあわせて色々なものに応用ができる。
たとえば、丁寧に竹を裂いてゆき、籠をつくることもでき、
または竹そのものに色を染め上げ色つきの様々な工芸品などを創ることも可能。

この製法は今はなき、滅んだとある文明が開発した、といわれているが、
今現在を生きる存在達はそれがどういった文明であったのかすら理解していない。
ただ、漠然とその製法のみが後世にのみ伝わり、伝統としてそれぞれの場所に伝わっている。

「結構竹細工がおおいな……」
周囲をみわたし、ぽそっとつぶやくフェナス。
村にある柵などもほとんど全てが竹制。
家の柵や窓枠などもどうやら竹が使われているようである。
「それより、あれ…なんだろう?フェナス?」
村の奥のほう。
そこに異様に高く積み上げるように編み込まれている柵を目にし問いかけているレニー。
たしかに、村の奥。
おそらくは山脈側に通じる出口がある辺りなのであろう、そちらの方面の村を囲む柵が異様に高く設置されている。
全てが青竹で構成されており、さらには竹で編み込んだ縄でそれぞれが結ばれているようにみえる。
ちょっとやそっとでは壊れいなし、また、青竹は燃えにくいこともあり火にも強い。
「侵入者よけ、でしょ?」
実際、このあたりの山脈には肉食獣が多々といる。
中にはかわいらしい容姿をしていても、獰猛な獣も多々といる。
「あ、村長さんの家はここみたいね」
一件、異様に大きな家がでん、と村の中心。
ちょこっと小高い丘のようになっている場所に建てられているのが目にとまる。
村全体の規模はさほど大きくはないものの、ところどころに屋根のついた何かの作業場、なのであろう。
大きな釜のようなものが設置されている社がいくつか見て取れる。
「うん?なんだ?見慣れないヤツラ、だな?そんなに深くフードをかぶって?」
まあこのあたりでフードをかぶっている輩などごろごろいる。
しかし身長差もバラバラであるティン、フェナス、レニエルの三人。
ばっと見た目、身長的にどこかの兄弟姉妹か家族かにもみえなくもないがいかんせん。
どちらにしても、ティンはどうみても十代そこそこ。
レニエルに至ってはどうみても十代より下。
唯一大人に見える可能性があるとすればフェナスのみ。
それでも二十代にみえることからまちがいなく親子、には絶対にみえない。
どちらかといえば妥協して姉弟、といったところであろう。
「申し訳ありません。私たち、どうにかこうにか湖からここまでやってきたのですが。
  もうすぐ暗くなりますので一夜の宿をお願いしたく、村長さんにお伺いに参りました」
すでに周囲は薄暗くなり始め、村のいたるところではかがり火がたかれ始めている。
この時期、このあたりはどうしても日が落ちるのは早い。
特に周囲に高い山脈が連なっている以上、平地と比べ比較的暗くなるのも早い。
暗くはなっても、いまだに太陽は地平線の向こうに沈んだわけではなく、
山の向こうに消えてしまっただけなのでぼんやりとした明るさがしばらく続くことになる。
ぼんやりとした明るさから暗くなるのにそうは時間はかからない。
そういってかるく頭を下げる、どうみてもおそらく子供、なのであろう。
一人はかなり小さい。
湖から、ということはいつもの難破船による遭難者か。
ここ最近、難破船による遭難者がよく多発している。
この村に迷い込んでくる遭難者も少なくない。
「まってろ。今、村長に引き継ぎにいってやる」
少しばかり肌寒いのもあり、フードを深くかぶっているのも遭難者ならばうなづける。
そもそも体が冷えているはず。
ゆえに少しでも体を温めようと深くフードをかぶる行為は仕方がないといえば仕方がない。
湖から、という単語のみで目の前の三人を難破船による遭難者、
そう判断した見張りの村人がそのまま建物の中にとはいってゆく。
待つことしばし。
「待たせたな。村長がお会いになるそうだ。粗相のないようにな」
「はい。ありがとうございます。さ、いきましょ」
ぺこり。
先ほど建物の中にはいっていった村人が扉からでてきて三人に声をかけてくる。
そんな彼にお礼を言いつつ、頭をさげて、背後の二人に話しかけるティン。
とにかくここは素直に従っていたほうがよい。
ゆえにそのままティンとともに、そのまま村長とよばれる人物の家の中にと三人は足を踏み入れる。

家の中の作りは、これまたほぼ竹細工が主に占めている、といっても過言ではない。
引き戸にいたるものから、間取りの枠、さらには窓におけるちょっとした柵など。
全てが竹で作られており、なおかつその精密差が観ただけで誰もがわかるほど。
「お待たせしました。私がこの村の村長をしております。ミアジルと申します。
  聞けば、一晩の宿を、とのことですが。あなた方三人のみ、ですか?」
ミアジル、と名乗った人物はいまだ年若く、温和な顔立ちをしている見た目、二十代後半くらいの女性。
柔らかな毛並みの髪を肩のあたりで短く切りそろえており、
服装はゆったりとした上下続いている服を腰のあたりで紐らしきもので結んである簡易的なもの。
しかしよくよくみればその服の材質は絹でできていたりする。
この辺りにおける絹は比較的高級品、ともいわれており、
絹を身につけている、というだけで身分のあるものだということがわかるほど。
「はじめまして。私はティン・セレスと申します。こちらがフェナスとレニエル。
  湖からここまでどうにかたどり着くことができましたが…
  このあたりでの野宿はさすがに、とおもいまして。
  もちろん、ただで一晩の宿を、とはもうしません。
  ここに宿があればそこに泊めさせていただければ。
  資金のほうはさほど持ち合わせはありませんが、とりあえず魔硝石ならばいくつか持ち合わせがあります。
  それで代金の代わりとさせていただきたく思っております」
こういった小さな村などでも魔硝石は通貨の代わりを十分に果たすことをティンは知っている。
それゆえの言葉。
「それは災難でしたね。わかりました。それでは宿が一件ございますので。
  そちらのほうに泊まっていただければ。あと注意事項ですが。
  絶対に夜、宿からでないようにしていただきたい。…命の保証をしかねますので」
命の保証。
そう言われ、思わず顔を見合わせているフェナスとレニー。
「何かあるのですか?」
戸惑い気味に問いかけるレニーに、
「もしや、森のほうの頑丈すぎるほどの柵に何か理由が?」
ここにくるまでにその異様に頑丈すぎるほどの柵は嫌でも目についている。
それゆえにレニーに続きといかけているフェナス。
「いえ。旅のお方に心配をかけさすほどでは……」
それでなくても湖からどうにかこうにか逃れてきた旅人に、これ以上心配ごとを増やしたくない。
それは、村長でもあるミアジルの配慮。
少なくとも、アレは暗くなってからでないと行動しないことが今までの経験上わかっている。
だからこその忠告。
みたところまだ小さな子供もいる。
下手に恐怖をあおる必要もない。
「では、宿のほうに案内させましょう。何ぶん、何もない小さな村ですが。
  この村は見てわかったかもしれませんが竹細工が盛んでしてね。
  昔は竹細工物を旅人などに教えることもしていたのですが……」
アレが現れて以後、そのようなことはできなくなった。
すくなくとも、客人を危険な目にはあわせられない。
アレが出始めてから、昼間も狂暴な輩が増えてきたように思えるのは気のせいではないであろう。
「宿の主人が港町までの道のりは詳しいですので、帰る方法も知っているでしょう。
  しかし、森を突っ切って進むのはお勧めいたしませんよ?最近は物騒、ですから」
そう。
村の中にすら出現してしまうほどに、何かが完全に狂っている。
どうにか村の周囲に魔硝石にて簡易的な結界のようなものを施していなければ、
まちがいなく、村はすぐさま魔獣達の襲撃にあってしまう。
小さな村などが襲撃にあい、全員死亡した、という話しは今では日々当たり前のように聞こえてくる。
少なくとも…記録に残る限りは、数百年前まではこのあたりは平穏な土地柄だったらしい。
しかし、ある時を境にして、突如として増え始めた魔獣。
そして…狂ったとしかいいようのない野生動物達。
三人を完全に湖からの遭難者、とおもっているがゆえの台詞。
しかし、ティン達の目的は森の奥。
さらにその奥にある山脈につらなるとある山間の一角。
物騒だから近づかないように、といわれてはい、それではそうします、というわけにはいかない。
しかしそれはここで口にだすことではない。
それゆえに。
「わざわざありがとうございます。今晩一晩の宿を願えれば、私たちは明日にでも出てゆきますので」
「あまり十分なもてなしもできずにすいませんな。
  …ああ、宿のほうにも色々な竹細工物は売ってありますので、記念に一つ買っていかれてはいかがですかな?
  旅に便利な竹細工の袋や水筒なども売っていますので」
竹を材料に使った水筒は中にいれている水などがこぼれることなく、また腐ることもないので旅には重宝する。
伊達に村長を名乗っているわけではない。
ちゃっかりと商売を促進する言葉を発していたりする。
もっとも、竹細工ものの収入がこの村の主たる収入源である以上、
村長とすれば少しでも外の旅人に売っておきたい、というのもある。
そしてその旅人からこの村のことが伝わればそれだけ村の細工物がよく売れることになるのだから。

「…夜に出歩くな、とはいったい……」
とりあえず、宿屋に案内され、食事も主に牛のミルクと山菜、そして肉類。
小さな村にしてはけっこう豪勢ともいえる食事をだされ、割り当てられたのは一つの部屋。
部屋の中には三つのベットが設けられており…ちなみに、ベットもまた竹製。
しっかりしとした骨組みで、竹のすこしばかりここちよい匂いが寝転がると伝わってくる。
部屋の中にはペットの他に机といすがあり、それらもまた全てが竹で作られている、という凝りよう。
伊達に竹細工の村、と内外にかつて宣伝していたわけではない。
今でもその宣伝文句は通用するが、ある出来事をきっかけに、今はあまりそのことは吹聴されなくなっているらしい。
先ほどの村長の言い分と、そして宿の主人の言い分。
言葉は濁していたものの、すくなくとも夜、何かがある、というのは一目瞭然。
ゆえに今まで海賊、という家業を生業にしていたフェナスにはそのあたりのことがどうも気になるらしい。
「あの柵からみても、まあ無難なところで、瘴気に充てられた野生動物が狂暴化してるか。
  もしくは、瘴気にやられた魔獣がいるか、のどちらかじゃないかな?」
あむっ。
うん。
やはり竹の子の佃煮もいけるわよね。
そんなことをおもいつつも、夜食用に、と用意してもらった竹の子の佃煮を口に運びつつも説明するティン。
このあたりの竹林は年中生える竹と特定の時期に生える竹。
数種類の竹が群生している竹林となっている。
ゆえにこうして村単位で竹細工の仕事が要、となっていたりするのだが。
多種多様の竹があればその分、細工ものの範囲も広がる。
実際、このあたりで作られた竹細工ものはかなり高価な品、として他国に流通していたりする。
ゆえに商人達がこの村に仕入れにくることも多々とあり、こういった宿も村だというのに設置されているのだが。
「…魔獣が瘴気にやられていたらそれこそ大問題ではないのか?」
かつて瘴気にやられた魔物に町が一つ壊滅させられた現状を聞いたことがある。
それゆえに顔をしかめてつぶやくフェナス。
それでなくても魔獣と戦うには実力が必要となるというのに、瘴気にやられた魔獣はといえば、
その本能からしてマヒするのか、痛みも何も関係なく、下手をすれば肉体が死んでもまだ行動する。
いわば動く魔獣の死体、といったところ。
瘴気を完全に浄化しなければ死体はそのまま動き続け…
魔獣としての本能のままに破壊を繰り返す存在となり果てる。
瘴気を浄化するにあたり、精霊の加護が加わった聖具、という代物で倒さなければならないのだが。
もしくは、精霊の力を借りた術をつかうか。
しかし、一般の人々がそのような術がつかえるわけもなく、ましてや聖具、などといった代物はもはや伝説上のもの。
そういった存在が発生した場合、国に要請し、国から魔術師が派遣されやってくのるのを待つしかない。
「でも、それはない、とおもいますよ?」
「?なぜだ?」
きっぱりとありえない、という意味合いをこめて断言するティンの台詞に疑問の声をなげかけるフェナス。
ありえない、ことはない。
そもそもこの地はそれでなくても瘴気が発生しやすい地と聞いている。
なのにありえない、と言い切る理由がわからない。
「クレマティスがいる以上、そういった輩はこのあたりでは発生しないはずですしね~」
それは事実。
しかし、その意味がわかるのはおそらくこの場においてはティンのみ。
ゆえに、ティンのいっている意味は当然、フェナスにもレニエルにも理解不能。
そもそも、『クレマティス』という言葉の意味すらわからない。
まあ、判らなくて当然、といえば当然なのだが……
「まあ、今日は早くねましょ?明日も早いですし。それに久しぶりの陸で二人ともつかれてるでしょう?」
今までずっと船上で過ごしていたのである。
いくら元が大地に根付いた種族だとはいえ、船上と大地とでは疲れ具合も異なってくる。
それでもあまり疲れがみえないのは無意識のうちに大地より力を吸収しているがゆえであろう。
本来、森の民の一族はその大地より力を吸収し糧とする一族。
ゆえに大地に降り立っているだけで自然と力はついてくる。
そのことをティンはよく知っている。
「確かに、久しぶりではあるが……」
いいつつ、ちらり、とレニエルのほうをみるフェナス。
陸にあがってからこのかた、レニエルは常に興奮気味。
わからなくはない。
そもそも【レニエル】にとっては初めての陸ともいえるのだから。
それでもついてきたのは、彼の生まれもった役目を果たさんが故だというのも理解している。
「とりあえず、すでにもう日は暮れました。フェナス。私たちももう寝ましょう」
日が暮れれば自分達もまた眠りにつく。
それは彼らにとっては基本中の基本。
今までのように周囲を警戒することもなくその身をゆっくりと休めるというのはたしかに精神上にもよいことづくし。
太陽が照っている昼間は彼らは活発ではあるが、太陽が陰った夜は基本、動作は鈍くなる。
それは彼らの一族の特性であるがゆえに仕方がない、といえば仕方がない。
「…そう、ですね。とりあえず今日は休むとしましょう」
いろいろと追及したいことは山とある。
しかし何より、明日もまた早い、とティンという少女はいっている。
ならば体を休めるときに休ませておかなければ今後どうなるかわからない。
すくなくとも、いざとなったとき、レニエルを守れる体力がなければ話しにならない。
そう自分の中で結論づけ、互いにそれぞれのベットに横になるレニエルとフェナス。
横になると同時、つかれていたのか深い睡魔が二人に襲いかかり、彼らは瞬く間に眠りにと誘われてゆく……


パチ…パチパチ…
周囲に火が爆ぜる音が響き渡る。
村のいたるところに設置されているかがり火の爆ぜる音と、数名の村人たちの足音のみが周囲に響く。
「よっ…と」
ふわっ。
完全に二人が眠りについたのを確認し、ふわり、と柵の外へと降り立つティン。
村の中には警戒した村人たちが武装して見回っており、常に見張りを怠ってはいない。
「あの子からいるから瘴気に魔獣がこのあたりで冒されてるってことはないはずだけどね~。
  だけど確かにこのあたりの気が乱れてるのは事実なのよね」
それがどうも気になっていた。
しかし二人の手前、そのようなことをいうわけにはいかない。
そもそも、周囲の自然の【声】が聴こえることを彼らにいえばどんな反応がくるのか目にみえている。
一族でもないのに一族の一員だ、とおもわれるのもかなり困る。
万が一、自らの正体がわかったとき、面倒なことになりかねない。
「これはもしかして、久しぶりに【人】に瘴気が入り込んだ口…かしら?」
かつてきちんと精霊王達が世界を守っていたときには滅多と起こらなかった現象。
それでも、引きあうように瘴気に冒されてしまう存在は時折いた。
その時は精霊王達が選んだ存在に聖具を渡すことによりことなきを得ていたようだが……
別にそういったことをするように、と指示したわけではない。
基本、この地は彼らに任せているので自分は完全に傍観者。
管理者とはそういった物だ、とティン自身も自覚している。
「さて。歪んだ闇の気配がしているのはこっちだから、とりあえずいってみますか」
周囲より感じる魔獣の気配。
しかしそれらはティンのほうには近寄ってはこない。
彼らは本能的に感じ取っている。
自分達が絶対にかなわない相手である、と。
ゆえに近づかない。
そもそも気配を察知するために多少の自らの気配を解放しているティン。
だからこそ、魔獣達はともかく、野生の獰猛な夜行性の獣もまた近寄ってはこない。
圧倒的な畏怖すべき【気】を本能的に感じ取り、それらの存在達はただただ小さくなっているのみ。
真っ暗な竹林の中、道なき道をのんびりと歩くティンの姿が見受けられてゆく――


パチ…パチパチッ。
かがり火の火の粉が空にと舞い上がり、いくつかの炎の明かりが周囲を照らし出す。
「がははっ!野郎ども、楽しんでいるかっ!」
「「おうっ!」」
そんな中、かがり火を囲むようにして数名の男達が何やら集まり宴会らしきものを催している。
そんな彼らの周りには精気のまったく感じられない少女達が数名常に付き従っている。
彼女達にはすでに心はない。
何しろ彼女達は一度、殺された存在達。
その体に別の力を埋め込まれ、実験体として生み出された。
「しかし、お頭。女を都合してくれるのはいいんですけど、
  もっとこう、自我があるヤツのほうが楽しめるんですけどねぇ」
今いる女達は全員人形のようなもの。
「がはは。そのうちにそのあたりの村からまた浚ってくればいいさ。
  そろそろ次の商品を仕入れにヤツラがくるころだし、な」
まったくもっていい得意先だとおもう。
自分達に力やこういった道具を提供してくれる【得意先】。
見返りは至って単純。
彼らの創りだした道具などの性能を自分達が使うことによりそれらの使い心地を伝えるだけでよい。
相手が【エレスタド王国】だとは知っている。
しかも神殿の関係者だ、ということも。
しかし、それが何だ、というのであろう。
自分達にとって都合のいいことこの上ないのに追求するつもりはさらさらない。
何より彼らと協力体制になってのち、自分達の組織が格段に力をつけているのは疑いようのない事実。
「精霊石の力も残り少なくなってますからね」
精霊石。
彼ら神殿関係者が開発した、という精霊達の力を宿したとある石。
その石をもっていれば何の訓練もしていない人物ですら石に込められている力を使用することが可能。
まさに夢のような代物。
何しろ石を手にし念ずるだけでその力が扱えるのである。
当然、それに対するリスクは伴うかもしれない。
どうやらそのリスク云々を彼らは調べたいらしく、彼らのようなゴロツキにその依頼をもってきた。
その結果、彼らと取引を始めて、彼らの組織はあっというまにこのあたり一帯を支配する盗賊団にと成りあがった。
今では盗賊団、というよりはあるいみ組織、といっても過言でないくらいに人数は膨れ上がっている。
それでも、本部ともいえる彼らがこのような辺境な場所に本拠を構えているのは、
彼らの出発点がこのあたりであったことに由来する。
各地に支部のようなものができ、手下も多々とできている。
それらの支部にはそれぞれに代表者をおき、そのあたりのことは任せている。
巨大な組織に成長したとはいえ、元々は小さな盗賊に過ぎない彼ら。
盗賊であり夜盗であり、そして山賊でもあった。
今現在の狙いはこの地、グリーナ大陸の実質的な支配。
裏側での支配はほぼ半分手にいれたも同然であるが、しかしまだ半分は達成していない。
この地における巨大な港町とあとは竹細工で有名な小さな村。
その二点を抑えればこの地での勢力はもはや確実なものとなる。
この付近には竜が生息している、という噂もある。
実際にその姿をみたことはいまだかつてないが。
竜を捕えることができればもはや地位は動かない確定したものとなる。
何しろ竜の血は不老長寿をもたらす、といわれている。
そんな力を得れれば何も怖いものはない。
だからこそこのあたりから拠点を移すことなく活動しているのだから。
「では、明日再び、あの村に人口魔獣を使って襲撃を実行、だな」
「いい加減に村長もあきらめて我々の支配下にはいればいいものを」
あの村を手にいれるためにいろいろと策をめぐらせた。
かの地にはいってくる商人も徹底的に襲撃し、外からの情報を遮断した。
それだけでなく、村長の息子を捉え、与えられていた道具を使い、人口的な魔獣へと変化させることに成功した。
かの道具をその身に植え付けられた生き物は当人の意思とは関係なく、
植え付けた当人の命令をひたすらに実行する道具と成り果てる。
植え付けた道具のもっている特性によってその体が変化することは多々とあるが。
もっとも、その変化は副作用らしく、【彼ら】いわく、副作用がなくなってこと利用価値がある、とのこと。
つまり、自分達に廻ってきている品はあくまでも試作品。
試作品でも利用価値はある。
設定によりその意思を残したまま道具にすることもできるのでかなり重宝しているのも事実。
「やろうども!明日は祭りだ!」
『おおおっ!』
彼らの盛り上がりも絶好調。
と。
ドォォッン!
刹那。
周囲をとどろかす轟音が彼らのいる一体にと響き渡る。
それと同時。
「て…敵襲!殴りこみだぁぁ!」
次々に飛んでくる炎の矢とよべしもの。
それらは大地に触れるなりいくつもの小さな光の針となる。
それらの針は周囲にいる男たちに問答無用で襲いかかる。
「炎…だと!?魔道士か!?」
どこぞの国のお抱え魔道士が動いた、という可能性もありえる。
たしかに最近、ちょっとぱかり行動範囲を広げたのは事実。
使えないはずの術をしがない盗賊風情が使っていれば調査員として魔道士をよこす、という可能性もなくはない。
しかし、しかしである。
唯一の港町であるかの付近には子分たちを配置しているし、
また、何か不審な動きをするたびの一行がいればすぐさま襲うように、と指示はだしてある。
ゆえにこの攻撃がどこからもたらされたのか理解ができない。
可能性として…湖から港を通じずに入ってきた魔術師、もしくは魔道士、ということがあげられる。
それならば自分達の目を欺き、間者として入り込んできても不思議ではない。
「やろうども!水と氷の精霊石を!」
「へ…へいっ!」
常にいつも全ての精霊石を身につけているわけではない。
炎に対抗するには、水、もしくは氷の精霊石でなければ対処は不可能。
炎に炎をぶつけても、所詮マガイモノでしかない精霊石の力と、
本家の魔術師達が扱う炎とでは威力は格段にと異なる。
もっとも、【彼ら】がいうには、最終的には魔術師すらをも凌駕する精霊石を創りだすのが目的。
ということらしいが……
「くっ!襲撃者はどこだ!?」
攻撃がどこから飛んできているのかがわからない。
気配すらも隠しているのか、まったくもってつかめない。
そういった敵意などに関する勘は敏感だ、と自負していたのに。
攻撃は四方から飛んでくる。
複数による攻撃か!
そう判断し、
「野郎ども!ぬかるなっ!」
警戒もあらたにすぐさまに臨戦態勢にと突入する。
いまだに見えない襲撃者に対抗するために……

「まったく。ほんと、あの国の人間って何やってるのかしら?」
というか、
「ステラもステラ、よねぇ。同じ過ちは二度目・・っと」
そもそも、ステラが知識を教えたのが悪い、とはいわない。
確かに彼女が知識を伝えた当時はかの王国の人々はきちんと間違いなく使用していたのだから。
しかし、前回、といい今といい、どうしてこうして人とは同じ過ちを繰り返してしまうのか。
それを思うと気が重い。
過ぎたる力はさらなる過信を産む、とはよくいったもの。
そしてそれは外にいる彼らにもいえること。
こちら側に気をむけてない、というのが目にみえているものにしか警戒していない、というのがまるわかり。
「攻撃なんて、離れた場所からでもその気になれば簡単なのに」
外で行われている攻撃はあくまでも威嚇。
つまり、いるはずのない襲撃者に注意をむけさせているだけに過ぎない。
空に放り出した球体にはとある【命令】が加えられている。
すなわち、人のいない場所ではあるが人が集まっている場所にむかい常に攻撃をし続けるようにと。
どうやら襲撃者の報をきき、この中…つまりは本拠地の内部にいた存在達もまた外に出向いていったらしい。
普通ならば一人くらい本拠地である洞窟の内部に見張りとして残しておくであろうに。
もっとも、出入口が一つである以上、入口付近で警戒していれば中に入られる心配はない。
と高をくくっているのではあろうが。
「さてと……。まずは、戒めの楔より解き放たれ 大地に還りゆかん」
目の前にある牢屋らしき場所の中に閉じ込められている精気のない顔の人々。
中にはまだ子供の姿の存在もいるが、それをみて思わず顔をしかめる。
ここにいる存在達はその体が動いてはいても、心がない。
つまり、彼らには魂が宿っていない。
いわば物言わぬ動く死体。
一人からその肉体…つまり、脳が死ぬ間際まで記憶していた情報を読み取った。
それにより判明したのは、可の地において行われている非情な実験。
しかもこの実験を目にするのは二度目であったりするのだからたちがわるい。
だからこそ愚痴の一つもいいたくなる彼女の気持ちもわからなくもない。
少女…ティン・セレスがそうつぶやくと同時。
周囲に青白い炎が発生し、その炎はまるで円を描くように周囲にと広がってゆく。
『あ…あああああっ……』
心がない、とはいえ肉体は人のそれ。
声くらいは発生させることができる。
もっとも、この声は肉体が発しているものであり、彼らの意識が発しているものではない。
この炎は不死者ともいえる彼らのみを焼き尽くす。
「……安心して。あなた達の魂もすぐに安らかに逝かしてあげるから」
彼らの魂は【神殿】に囚われているらしい。
肉体と精神を分ける技術。
そしてその技術は力を取り出す技術へと発展し、かの【帝国】は力をつけ始めた。
さらに、精神体を捕らえる技術をも水の精霊王スティルより伝わるとされていた秘術にて完成させた。
そして吸いだした力は石にと閉じ込めて第三者が使用できるようにと加工した。
それが【精霊石】。
精霊石の元となるのは魂。
魂を物質化し固形化し、それを石の形にしたものに【力】を閉じ込める。
「アタバルジャイト帝国と同じ道をたどってるのよね。エレスタド王国……」
今現在、その帝国の名を知るものはまずいない。
いるとすれば精霊王達くらいであろう。
今ではその名残、としてアタバル湖という名でのこっている程度。
かの広大なる湖はかつて一つの王国であり、自ら滅びの道を歩んだ愚かなる国。
かの国もまた精霊王達を捕らえるまではしなかったものの似たような実験を繰り返していた。
かの国の装置の暴走でこの地の安定が一時期狂い、過半数以上の生命体が死に絶える結果と成り果てた。
その報告をうけたときにもおもいっきり呆れはしたが……
時を隔ててどうしてまた同じような行動を人は起こすのか、それが不思議でたまらない。
誰か止めるものがいなかったのか、とつくづく思う。
しかし今さらそれをいっても仕方がない。
また同じような過ちにたどり着くまでに自分がこうして出向いてきただけでもマシ、と思うしかない。
というか。
「…短い期間に問題が二度ってどうなんだろう?」
問題はそこにある。
時間率を確かにいじっているのは明らかなれど、かといって同一時間にするわけにはいかないのも事実。
そんなことをしていたら管理どころではなくなってしまう。
あまりにひどいような箇所は幾度か時間を巻き戻す形で簡易的な初期化もどきを施してはいる。
「…ここにも、別の管理が必要かな?」
自分がいつもこうして出向けるとは言い難い。
そもそも、常に確認しているわけではない。
今のところ、世界の管理者のようなものを仮に置いた場所はうまくいっている。
…もっとも、その管理者が暴走してしまった世界もあったりはしたが。
一人そんなことをつぶやいている最中、やがて青い炎はゆっくりと収束してゆき、
やがてその場に残るはいくつもの鈍く輝く小さな石のような物体のみ。
それらが彼らの器というか肉体に埋め込まれていた【道具】であり、
実験的に創りだされた【精霊石】のマガイモノ。
あくまでもこれらのマガイモノには命名を忠実に実行するように、との【術式】が封じられている。
簡単に説明するならば、この術式を用いれば、相手が何であろうが、
たとえそれが紙であろうが普通のそのあたりにころがっている石であろうが、
とりあえず命令を下した実行者のいうことを忠実に再現するように行動を起こす。
もっとも、この術式はいまだに研究途中であるがゆえであろう、難しい命令などはこなせない、
という欠点を持ち合わせているようではあるが。
そもそも、そんなものが大量に開発されればまちがいなく大問題になるのは目に見えている。
研究をやめるように、といってもおそらく力に取り憑かれている輩達は絶対にやめることはないであろう。
研究における犠牲は聖なる生贄に過ぎず、世界に貢献するのだから何の問題はない。
と言い切っている彼らがきくみみを持つはずがない。
「深遠の眠りを妨げられし 数多の輝き 安らぎと休息の果てに 道を指し示さん」
すっと左手を突き出し、静かに言葉を紡ぎだす。
それと同時、ティンの左手の中指にはめられている
ほのかに光の加減によっては淡い光を放つ銀色の指輪とその中央にはめ込まれている虹色の石。
それらがその声に反応するかの如くに淡く輝きを増し、
その輝きは、手首にはめられている様々な色彩を彩る腕輪を包み込み、
その光はティンを中心として虹色の光となり、静かに周囲を照らし出す。
その光景はあたかも、ゆっくりと薄暗い洞窟の内部に具現化した、
雲の隙間から覗いた太陽の光が差し込む現象、【神の降臨】のごとく。
【神の降臨】とはそのあまりの美しさと幻想的な光景をみて人々が付けた名前。
実際、そのような光景を目の当たりにした人々はそのような感想を抱く。
特にこの世界においては、セレスタイン教が普及している。
本部となっている国はともかく、その宗教における浸透率は伊達ではない。
薄暗い洞窟の中。
淡い、それでいて幻想的な虹色の光が洞窟全体を包み込んでゆく――

おかしい。
攻撃は常に繰り出されている。
が、こちらを完全に狙っているのかいないのか。
攻撃によるけが人はでているものの、さほど大事には至っていない。
といっても身動きができないくらいに怪我を負ったものはいるにはいるが。
やはり、というか精霊石で扱う術と、相手の術の威力は格段に異なる。
水で盾を創りだしても、相手が放ってくる炎にいともあっさりと蹴散らされる。
このままではラチがあかない。
本拠地としている洞窟の中に逃げ込み、敵を洞窟内に誘い込む方法も一瞬思いつくが、
万が一、襲撃者が洞窟を崩しにかかればそれこそ生き埋め。
そんな危険な賭けはしたくない。
「…お、おかしら!?」
どうするべきか悩んでいる最中、ふと背後がなぜか明るくなったような気がする。
次の瞬間、あせった子分達の声。
ふと振り向けば、視線の先に自分達の本拠地としている洞窟のほうから漏れ出している明かり。
自分達が使っている明かり、ではない。
あきらかに第三者の手が加わったであろう明かりが確実に洞窟内部から漏れ出している。
「・・ちっ!しまった!この攻撃はオトリか!本命は本拠地かっ!」
本拠地の奥には実験体としている器がいくつか存在している。
ついでにいえば、いまだに使用していない精霊石すらも保管している。
さらには、近隣の村や旅人、商人達から奪ったお宝もまた保管している。
この襲撃者の目的はどれが目当てかわからないが、すくなくとも、
外にいる自分達に攻撃をしかけていたのはあくまでもオトリ。
おそらく本隊は本拠地の中にどうやったのか入り込んだのであろう。
しかし入口は一つ。
されど、この攻撃の混乱を縫って別の場所から道を創りだすことは不可能、ではない。
すくなくとも、土を掘り進む術がある、というのは彼らは知っている。
もっとも、かなり実力のある魔術師以外がそれを行えば、彫りだしたときにでる土の処理に困り、
逆に自らが掘った大地の土に埋もれて窒息死…ということもおこりうる。
そのあたりの問題点は魔術師が複数いればどうにか対処は可能だ、と一般的には知られている。
もっとも、それを実際に行った、という話しはきかないのでおそらく理論上は、という注釈がつくのであろうが。
「やろうども!ここは任せた!お前らは俺につづけ!」
せっかく集めたお宝にしろ、あの場に保管している精霊石にしろ。
どちらにしても奪われるわけにはいかない。
本拠地にしている洞窟の中から漏れ出す光は見たこともないような虹色っぽい光のように感じられる。
そんな光を放つ術など聞いたこともない。
ないが自然界でそのような光を放つモノなど聞いたことがない以上、
何か知られていない術をつかわれた、とおもうほうが道理にかなっている。
いまだに飛び交う炎の矢の中を子分達にとまかし、数名の子分をつれ、
頭、と呼ばれた男性はそのまま本拠地としている洞窟の中へ向かい駆けだしてゆく。

精霊石と魔硝石を扱ったという人工的な【灯りランプ】。
仕組みは今いち説明をきいても理解できなかったが、便利な品であることは疑いようがなかった。
壁に埋め込んでいた光源確保のための石がことごとく消え去っている。
先ほどまであふれていた虹色の光はもはやない。
洞窟の中にはいると同時、真っ暗な空間が彼らの目前にと迫ってくる。
「てめえら、誰か松明をもってこいっ」
「ここにありますっ!」
外を照らしていたかがり火にくべていた木の一本を手にもっている一人の男性。
念のためにどうやらここにくるまで、一本、かがり火より引き抜いてきていたらしい。
松明の明かりだけでは心もとないが、それでも中を確かめないわけにはいかない。
敵がまだそこいらに潜んでいる可能性もある。
が、ここは自分達の本拠地。
どこに隠し通路があったり、いざという時のための隠れ穴の位置など、
目をつむっていても判るほどに把握している。
「俺達、盗賊団、ゾモルノクに対して舐めた真似しやがって……」
しかし相手はおそらく未知の力を扱う魔術師。
ゆえに警戒しつつも、真っ暗な本拠地の中へ松明の明かりを頼りに入ってゆく男が五人。
手前にまず二人が先にと立ち、その中心に頭、と呼ばれた男性、その背後にさらに二人。
周囲を警戒しつつも、洞窟の中へと入ってゆく男たち。

「…お、お頭!」
まず真っ先に確認したのは、道具となるべく輩を閉じ込めている牢。
しかし鉄格子はまったくもって壊された形跡もないというのに、そこにいるはずの【死人】達がいない。
さらにその奥に続く隠し通路の扉が開かれているのが目にはいる。
「ちっ!やはり襲撃の狙いは精霊石かっ!」
その奥に隠してあるのは、自分達が実験をしている精霊石。
取引先より常に死体は持ち込まれる。
それらの死体に精霊石を埋め込むことにより、簡単な傀儡が出来上がる。
おそらくこの時期に攻撃をしかけてきた、ということはこちらの道具が少なくなっている、と見越してなのだろう。
となれば念いりにこちらの内情を探っていたどこかの国か組織の関係者が攻撃をしかけてきた、とみて間違いないであろう。
これまでも、彼らの行動は様々な国や組織により監視対象になっていたが、
そのつど、それらの間者達は撃退してきた。
もしくは取引先の彼らがいい材料、とばかりに引き取っていった。
今まで誰ともすれちがっていないのをみても、いまだにこの中に敵は潜んでいるか、
もしくは自分達がここにくるまでに逃げ出したか。
しかし、入口を見張っていた部下は誰もでてきていない、といっていた。
ならばいまだに中にいる可能性が高い。
ここまでくるまで誰にも合わなかったことから、この奥にいる可能性は遥かに高い。
「やろうども、ぬかるなよっ!」
「「へいっ!」」
じりじりと松明の明かりが周囲をほのかに照らし出す。
どうやれば死人を奇麗さっぱり消すことができるのか、その攻撃もまた不明。
彼らは死人をここまで奇麗に消す術など聞いたことがない。
もしかするとどこかの魔道士がそういった術を完成させたのかもしれないが。
それはあくまでも憶測にすぎない。
相手の力が未知数であればあるほど、頭、と呼ばれた人物の笑みが深くなる。
もしかしたら、前回受け取った【精霊石】の効果を試すのに絶好の機会、なのかもしれない。
幾多とある小さな精霊石のみで今までの襲撃などには対処できていたので、
いまだに新たに実験材料として手渡されたソレを試したことは一度もない。
何でもかなりの力が込められている精霊石だ、という話し。
自分達の盗賊団をないがしろにするような行動をとる輩にはそれの実験体にふさわしい、といえるであろう。
そんなことを思いつつも、頭を筆頭に彼らはさらに奥に、奥にと進んでゆく……

洞窟の奥深く。
広々と広がるその空間は、まさに様々な実験や闘技場と化すのにうってつけ。
取引を行った際、実験する場があったほうがいいだろう、といって相手が作成したもの。
何でも闇の精霊の力を閉じ込めた精霊石を使ったとかで、闇に呑みこまれるようにして大地は消滅していった。
もっとも、それを利用した結果、利用者である人物もまた同じく闇に呑みこまれ、
そのまま行方不明になってしまったという事実があるが。
しかし別に使用したのは彼らの仲間ではなく、どこぞの旅人。
彼らが村を襲撃した際、刃向ってきた旅人を捕虜兼奴隷として扱っていたその彼を使用したに過ぎない。
ゆえに盗賊団にとって痛くもかゆくもない。
「…ほう。女が一人、か。仲間はどうした?」
そんな洞窟の奥にとあるちょっとした広間のような空間において、そこにたたずむ人影をみてとり、
口元に笑みを浮かべつつもといかける盗賊団、ゾモルノクの頭領。
「それはこっちの台詞。あなた達、ずいぶん好き勝手なことをしてくれてたみたいね?
  そもそも、死者を冒涜する行為ってかなり問題あるとおもうけど?」
そんな彼らに動じることなく、やってきた五人の男たちにむかってさらっと言い放つ一人の少女。
松明の明かりのみなので詳しく少女の容姿はわからないものの、
見たところどうもまだ子供、すくなくとも十四かそこらにしかみえない。
まあ、相手が魔術師の場合、その力をもってして成長具合や姿をも変化させることが可能。
それを知識として知っているがゆえに、相手の姿がいくら子供だとて警戒を緩めるわけにはいかない。
「ふん。モノもいえぬ抜け殻をどう扱おうと勝手だろう。
 そもそも、死人達を奇麗に消したのは、お前か?それとも仲間か?」
しかしここにくるまで気配も何も感じなかった。
となれば少女が一人でここにのこったか、もしくは仲間達は気配を隠してそのあたりに隠れているか。
「その問いかけには答えられないわね。
  というか、無理やりに閉じ込めた精霊達の力を使って悪事を働いている。
  それ事態が私は許せない、しね。それに安らかに眠りにつくはずの魂達をも冒涜してるし」
無理やりに【石】の形状にさせられてしまった魂に安息はない。
常に【石】からは魂達の悲鳴が発せられている。
すこし勘のいいものならばその気配に気づくであろうに。
その魂の悲鳴に呼応してこの周辺では魔獣の発生が比例するかのごとくに増えている。
すこしばかり周囲を【検索】してみたところ、そのような結果が得られている。
それゆえの言葉。
「答えるつもりは、ない。か、しかしお前が死ねば嫌でも仲間達はでてこざるを得ない、だろうな」
にやり。
目の前の少女はどうみても時間稼ぎのためにすぎないオトリ、であろう。
ならばこちらから攻撃をしかけ、相手の動揺を誘うのみ。
ゆえに、にやり、と笑みを浮かべ。
すっと懐に手をいれ、
次の瞬間。
「爆ぜ燃え柱となれっ!!」
鍵、となる言葉を発生する盗賊団の頭領。
次の瞬間。
ごうっ!!
瞬く間に少女を中心として炎の柱が出現する。
それは天上を突き抜けるかのごとくに巨大な柱となり、渦を描く。
「はははっ!さあ、お前らの仲間は燃え尽きたぞ!でてこ…な、何ぃ!?」
彼の中では、確実に少女の息の根をとめたはず。
そこにころがるのは黒こげになった少女の死体。
…のはずなのに。
まるでゆっくりと何かに吸い込まれるように炎は瞬く間に収束してゆき、
その場にたたずんでいるのは無傷の少女。
ありえない。
そもそも、この精霊石には中位の火の精霊の力を閉じ込めている、そう【ヤツラ】はいっていた。
実際、あるときある場所にて試し打ちをしたところ、かるくその地にクレーターが出来た。
大地がその熱に耐えられずにどうやら溶けたらしい。
なのに、なのに、である。
無傷、など絶対にありえない。
「……あなた、馬鹿?」
少女からしてみれば、馬鹿、としかいいようがない。
そもそも、ここは閉じられた空間。
そんな中で、酸素を大量に消費・・・・・・・・する攻撃を行えばどうなるのか。
結果は至って単純明快。
「…ぐっ……」
「お…おかし……」
ぐらっ。
バタっ。
ドサッ。
「て、てめえら!?…くそ!?どこからこいつの仲間が攻撃してきやがったか!?」
攻撃を仕掛けた頭領以外の人物。
一人はそのまま首を抑え倒れ込み、一人は胸を抑えるようにして足元をふらつかせ、
一人はそのまま意識を失い、前方へと倒れ伏す。
そんな部下の姿を視て怒りに燃えた声をだしている盗賊団の頭領。
「……わかってないし……」
そんな男の姿をみてさらに呆れざるを得ない。
そもそも、いくら火の精霊、とはいえ、彼ら自身はある物質に干渉して火を扱うにすぎない。
火を扱うためには、物質の酸素、というものが必要不可欠。
そういった科学知識を持たない輩が何も考えずに使用すればどうなるのか。
閉じられた洞窟の中で大量に酸素を消費する術を使えばおのずと結果は明らか。
…すなわち、酸欠。
人は、酸素がなければいきていかれない生き物。
しかし、酸素、という定義も知識もない彼ら盗賊達にとっては誰かに攻撃をうけたようにしか感じられない。
まさか自分が今行った攻撃が部下達を倒れさせた、と理解できるはずもない。
「この中で意識をもったまま、というのはやっぱり、取り込まれてるわね。あなた」
普通の人間ならばこの薄い酸素の中で意識を保つことは不可能。
そう、普通ならば。
しかし、瘴気に入り込まれた存在ならば話しは別。
その身は常に仮死状態に陥るために、当人が自覚していないまでもすでに普通の人ではありえなくなっている。
瘴気に入り込まれた肉体は浄化を施さねば、後の地、完全なる魔獣と成り果てる。
「…とりあえず、器はそのまま浄化するにして。あなたの精神はひとまず檻にいれて反省を促さないとね」
これまでどれだけの命をないがしろにしてきたのか。
先ほどの言葉からしてみても、命を命とおもっていない。
そういった輩は自分の命と他者の命が同じ重さをもっている、ということに大概気づいていない。
それゆえに。
「氷結洞」
ぴしっ!
少女がそうつぶやくや否や…周囲が完全に氷にと覆われてゆく。
「な…何…く…炎…って、きかないっ!?う…うわぁぁっ!?」
ピシピシと凍りついてゆく洞窟。
その氷はその場に倒れている部下達、
そしてわめいている頭領すらをも取り込んでゆっくりと洞窟全体にと広がってゆき、
洞窟全てを呑みこんだ氷はやがて、そのあたり一体をも包み込んでゆく……


                                   ―― Go To Next

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あとがきもどき:
薫:長くなってきたので分けました(汗
  ちなみにこれだけで約160Kあります……

2011年3月7日(月)某日

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