まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。
あれれ?うちこみしてたらけっこうこれ長い!?
…こりゃ、前、中、後編では終わりそうにないか!?(汗
ひとまず全部頑張って打ち込みしてみます・・・
※今回のこれは222k(汗
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前回までのお話し:
世界神セレスタインによって創られた、という様々な種族が共にいきる世界。
しかし、全ての命が平等に、という神の願いもむなしく、
いつのころからか、人類は自分達こそ選ばれた種族、と他種族をないがしろにした宗教概念を生み出した。
世界を守っていたはずの精霊王の加護もいつのまにか消えてしまい、はや数百年。
セレスタイン宗教の総本山、ともいわれているとある国家より聞こえる不安要素。
そんな中、ティン・セレス、と名乗る少女の姿をした旅人があらわれて?
彼女は、とある海賊を行っていた頭領ともう一人とともに旅にでることに。
旅の中、立ち寄った村はなぜか物々しい雰囲気で…?
WOLD GAME ~守護せしもの~
ざわざわ……
「?何かあったのかしら?」
目が覚めると、何やら外が異様に騒がしい。
ゆえに思わずつぶやくフェナス。
窓から入り込む日差しはいまだにきつく、どうやら日が昇ってまだ久しいらしい。
この地は東に湖があるがゆえに、日の出は早く、そしてまた日没もまた早い。
背後には高い山脈が連なっていることから日は早く沈んでゆく。
ここで気にしていても仕方がない。
とりあえず、二人部屋と一人部屋しかない、というので、ティンのみ別の部屋にとまり、
そしてフェナスとレニエルが同じ部屋にという割り振りになった。
ふとみれば窓際にたち、朝日を全身に浴びているレニエルの姿が目にはいる。
「あ、おはよう。フェナス」
そんな目覚めたフェナスに気がついて、にこやかな笑みを浮かべるレニエルの表情は、
こころなしか昨日よりも輝いているようにも垣間見える。
「おはよう。よくねむれた?」
「はい!人の寝床ってこんなものだったんですね」
そういう彼の言葉におもわず心がちくり、とする。
仕方がなかったとはいえ、彼がいまだに身動きとれないときから船上で育てるしかなかった。
陸に上がってしまえばいつ危険が及ぶかわからなかった。
ようやく自力で動けるようになった彼が自由に動き回りたい、とおもうその願いは彼女とてわからなくはない。
しかし、しかしである。
彼の存在は、彼女の…否、一族にとっての希望。
このたびのことでも、本当ならば彼には安全な場所にいてほしかった。
しかし、彼の決意は固かった。
自分が動かなくて何とする、と。
クラリスの襲撃より偶然に助けてもらった謎の魔術師。
こちら側に敵意がない、というのは今のところの動向をみていればわかる。
わかるが油断はできない。
自分達のことを森の民だ、と見抜いていたことからも油断は許されない。
どこまで知識を知っているのか知らないが、もしかしたら、もしかしたら、である。
レニエル、と名乗ったその名の真実に気づいている、とも限らない。
宿屋は至って簡単にできており、
部屋の中には竹でできた二つの寝具にこれまた草木にて編みこんだ敷物がひかれている。
枕もまた竹細工であるらしく、人によってはその固さに不満があるであろうが、
逆に竹で編みこんでつくられているゆえに、隙間も相まってちょうどよい弾力性をかもしだしている。
小さな木を彫ってつくられたのであろう机とこれまた竹で作られた椅子。
部屋の中をぐるり、とみわたしても、ほぼ竹細工物がかなり目立つ。
さすがは、竹細工の村、として有名なことだけのことはある。
そう素直に関心するフェナスとは対照的に、
「それより。フェナス。外が先ほどからにぎやかなんですけど。何かあったんでしょうか?」
ざわざわと朝から人々が騒がしい。
窓からみているだけでも、数名の村人らしき人々が村の裏口のほうにむかって走っていっている。
「さあ?」
そんな会話をしている最中。
コンコン。
部屋を叩く音が二人の耳にと聞こえてくる。
と。
「二人とも、おきてますか~?とりあえず朝食をとったらすぐに出発しますよ?
あまり遅くなったら野営地に付く前に森の中で野宿、となりかねませんから」
部屋の外から二人にむかって声が投げかけられてくる。
がちゃり、と扉をあけてみれば、そこにはにこやかにすでに支度を整えているらしきティンの姿が。
扉があき、中にいる二人の姿を確認したのち、にっこりとほほ笑み、
「おはようございます。よくねられましたか?
とりあえず、私は食堂でまってますので。用意ができたらきてくださいね。
あ、あまり遅くなったら本当に野営地にする予定の泉にたどり着く前に野宿になってしまいますから。
なるべく早くしてくださいね?」
とりあえず二人の足並みを考えて、早く出発するに越したことはない。
もっとも、早く出発するのは面倒事に巻き込まれないため、という理由も大半をしめているのだが。
しかしそんなティンの事情は当然、フェナスもレニエルも知るはずもなく、それゆえに、
「あ、ああ。わかった…というか、泉?」
この先に泉がある、というのであろうか。
こんな山脈が連なるふもとに?
ゆえに思わず眉をひそめてといかける。
そんなフェナスに対し、
「ああ。あのアダバル湖はこの地下にその水脈を伸ばしてますからね。
それゆえにところどころその地下水が湧き出ている場所があるんです。
かの湖の力の作用も相まって、このあたりの木々は異様に成長してるんですよ?
…まさか、知らなかった、とはいいませんよね?」
まがりなりにも、森の民。
そのくらいのことは把握しているはず。
それゆえにきょとん、と首をかしげてといかけているティン。
…もっとも、そこまで詳しく他に知っているものがいるのか、といえば答えは否。
異様に早く育つ木々は昔からなので、人々はそのようなものだ、と思いこんでしまっている。
それが現状。
「むろん、それは知っている。…というか、そのあたりまで詳しい、となると地理学者か何かか?」
まあ、国に使える魔術師となればそのあたりの知識も嫌でも身につけねばならないであろう。
魔術師とは文字通り、様々な知識が必要とされる職である。
魔道士に至ってはその知識が偏っていたりする場合が多々とあるらしいがそれはそれ。
いまだにティンをどこかの国に所属している魔術師だ、と疑っているがゆえにそのような結論に達するフェナス。
「最近はそういったこともあまり知ろうとする存在がいなくなってるんですよね。
さみしいですよねぇ。真理をしればおのずと自らの在り方もわかってくる、というのに」
それは本音。
真実をしり、世界の真理を知る。
そうすればこの世界はよりよく発展してゆくであろう。
しみじみつぶやきつつも、にこり、と再び笑みをむけ、
「では、私は先に食堂でまってますね。それでは、また後で」
いいつつも、二人に対してかるく会釈をし、その場を後にしてゆくティン。
そんな彼女の後ろ姿を見送りつつも、
「…とりあえず。私たちも準備をしましょうか」
「ですね」
自分達はあくまでも彼女に案内してもらう立場である。
彼女が一人でいくところについていっているに他ならない。
本当に彼女がいうような抜け道のような洞窟があるのかは不明だが、
その言葉に嘘はないように感じられる。
互いに顔を見合わせつつも、それぞれがそれぞれに旅立ちの用意をすることに――
しぃん……
文字通り、静寂。
そういっても過言でない。
というかこの宿に他の客はいなかったとはおもうが、
ここまで静寂に満ちている、というのもかなり不気味といえば不気味。
「すいません。何かあったんですか?
少し考えても朝ご飯とか食べにくる村人も少しはいるとおもうんですけど」
ここの自給自足体制がどうか、はわからないが。
すくなくとも、全員が全員自分の家で毎日のように自炊をしているわけではないであろう。
それゆえの問いかけ。
実際問題として、最近旅人がやってこない、と見張りの村人がいっていたにも関わらず、
いまだに宿屋がこうして健在でいられる、ということはすくなくとも、誰か客がいるから成り立っているに他ならない。
…もっとも、それ以外に趣味なので収益がなくても続けてます。
という可能性もなくはないのだが。
ティンの感覚からしてみれば朝から別の場所でご飯を食べたりするのは当たり前。
しかしティンの感覚がここに住まう存在達と同じ、と思うのはかなり間違っている。
一応ティンもそのあたりのことは十分に把握している。
いるが、それでも問いかけたのにはわけがあり……それは……
「ああ。旅人さん達は朝、そとが騒がしかったのに気がついただろう?
それがねぇ。今まで盗賊団に誘拐されていた村人や、行方不明になっていた人々が、
つい先刻、ふらふらと歩いているところを発見されてねぇ。
彼らは皆、なんか夢うつつ、のような状態になっていて。怪我も何もないようなんだけど。
村人の姿をみて安心したのか全員が全員、その場で気絶してしまってねぇ~……
気絶する前に意識がかろうじてまともだったとある男性がこういったんだよ。
『盗賊団は壊滅した』と。今はその確認と、それと保護した人達の対応で大騒ぎになってるのさ。
ゆえに、朝からこんな宿に食事をとりにくる暇はないんだよ。
もっとも、朝ご飯をたべないと力がはいらないので、きちんと差しいれはしているがね」
ティンの質問に、戸惑いつつも、しかし隠しておくこともできない、とおもったのであろう。
丁寧に今、この村におこっている現状を説明してくる宿屋の主人。
「盗賊?ああ、それで森側、というか山脈側の柵がしっかりとした作りになってたんですか?」
昨夜、自分がさくっと盗賊達を壊滅、そして撃退したことを表情に微塵もあらわさず、
今初めてきいた、とばかりにそんな宿の主人にと問いかける。
「ここしばらく、その盗賊団にいろいろとこのあたりは被害をうけててね。
何しろどうしてなのか、彼らは魔術師様や精霊の加護をうけた存在でしか使えないはずの術。
それらを多様して悪事をはたらいていてね。おかしなことだよ。
普通、悪事などに自らの力を使用する場合、精霊様の力は絶対に貸し出されないはずなのに」
噂ではかの帝国が素人でも術を扱える品をつくり、それの実験をさせているのではないか。
という噂がまことしやかに飛び交っている。
しかし、悪人が術を使用できている、という不可解な現象を考えれば、
その噂も馬鹿にはならない、とおもう。
彼らの認識には、いまだに精霊石、というものは存在していない。
ゆえに盗賊達がどのようにして術を扱っていたのかしるはずもない。
その説明をうけ、一人顔色を悪くしているフェナス。
「…まさか……」
そのまま小さくつぶやく様は何かおもいっきり心当たりがあります、といっているようにしかみえない。
実際、彼女もこれまでの経験上、精霊石を目の当たりにしたことがある。
否、彼女の両親がその石の材料にされていた。
たまたま彼女がかかわったとある事件にその精霊石がつかわれていたのだが……
石の形にされてしまった魂を解放するために泣く泣くその石を割ったことは記憶に新しい。
ゆえに顔色を悪くするフェナス。
「ほんと、世の中どうなってるんですかねぇ」
「いや、まったくだよ。それはそうと、お前さん達はすぐに出発するのかい?」
しみじみというティンの言葉にうんうんうなづき同意しつつ、ふと気がついたようにと問いかけてくる。
そんな主人の言葉に、
「はい。あまり長いをするわけにも」
少し申し訳なさそうに答えるティン。
「そうかい。まあ、先ほど盗賊団が確かに壊滅している、
という確認にいったものが戻ってきてたみたいだし。
遠回りでなく森をつっきっていけば港町にたどり着くのもかなり早いよ」
かの盗賊団が壊滅したのならば、森の道も安全が保障される。
もっとも、盗賊の残党がまだ残っているかもしれないが、
昨夜の今日で残党達が組織だって仕掛けてくる、とはおもえない。
それゆえに、早めに森の道を抜けて港町にたどり着いたほうが遥かによい。
何しろまだ見たところ小さな子供をつれての旅である。
どうみても少年の歳はまだ十歳にも届いていないであろう。
わざわざ遠回りするよりも、二日で通り抜けられる森の街道を通ったほうがはるかによい。
森の街道沿いには途中、休める小屋なども存在している。
それらの小屋には簡易的な結界も施されているので魔獣が入ってくる心配もない。
実際、盗賊の本拠がある、とおもわれている場所に行ってみれば、
なぜかそのあたりは氷づけになっており、
しかも地面に盗賊らしき男たちが閉じ込められている状態となっていたらしい。
水の精霊の眷属である氷の精霊でも怒らせたのであろうか?
というのは村人たちの意見。
しかし、精霊が傍目にわかるほどに干渉してくる、というのはかなり珍しい。
ゆえに朝からしばし村全体がざわざわとしているのだが。
よもや、彼らは知るよしもない。
それが一人の少女の手によってもたらされている現象だ、ということに。
しばしたわいのない会話を二言、三言かわしつつも、簡単に朝食を済ませてゆく――
「何かざわついてますね」
言われるまでもなく、実際、宿の外にでてみればざわざわとした空気が伝わってくる。
幾人もの村人がせわしくなく走り回っており、声をかけるのもはばかられる雰囲気。
「とりあえず、村長さんのところにいって、ご挨拶してから出発しましょ」
周囲をみつつ、すっぽりと体を覆わんばかりのローブに身をつつんだレニエルが周囲を見渡しつつぽそり、と呟く。
そんな彼とは対照的に、さくさくと村長の家にむかって歩きはじめているティン。
ざわめく村人たちをほぼかきわけるようにと進みつつ、やがて前日立ち寄った、
ちょっとした大きめの建物にとたどり着く。
「うん?なんだ。昨日の旅人か?」
ふとティン達に気づき、昨日、村長に取り次いでくれた青年が声をかけてくる。
「はい。昨日はありがとうございました。とりあえず今から出発するので、
村長さんにお礼を言おうとおもいまして立ち寄らせていただきました」
そんな青年にかるくお辞儀をし、ここにきた用件を完結に述べるティン。
「そうか。それは殊勝な心がけだ。少しまっていろ。村長に取り次ぐのでな」
いって、そのまま建物の中にはいってゆく見張りの青年。
待つことしばし。
「村長がお会いになるそうだ。くれぐれも粗相のないようにな」
この忙しい中、時間を割いて旅人に会うと判断している村長の人柄の大きさに感動しつつも、
ティン達にむかっていってくる見張りの青年。
「はい。ありがとうございます」
いいつつ、背後にいる二人に視線を向け、そのまま建物の中へとはいってゆく。
中にはいると数名の村人がどうやら重要な会議でもしていたらしく集まっており、
一斉に彼らの視線がティン達三人にと向けられる。
彼らは全員、床に敷かれた小さな人一人分ほどの敷物に座っており、
どうやらみたところ、その敷きものもまた竹を編んでつくられているらしい。
「おお。昨日の湖よりの難民、じゃな。ゆっくりねれましたかの?」
どうやら湖から避難してきたと勘違いしているままらしく、ティン達の姿をみてそんな声をかけてくる村長。
ざっとその声にその場にいた人々も振り向きざま、
「ああ。昨日やってきた、という湖からの。…小さいこもいたというのに災難でしたな」
「しかし、不幸中の幸い、というか。今ならおそらく森の街道もとおれますし。
森の街道をとおれば港町にも早くつけますからよかったとおもいますよ?」
まだ幼い、どうみても十にみたない子供、見たとろの年齢はおそらく七歳か八歳そこら、であろう。
ゆえにレニエルをみて気遣った言葉をかけてくる女性に、湖からの難民、と
信じているがゆえに何ともいえない表情をむけてくる数名の姿。
湖を航行していて、船が難破する、というのは今に始まったことではない。
それでもまだ岸にたどりつけた、というだけ幸運とおもうしかない。
何しろかの湖には多々と肉食生物がすみついている。
中には人肉を好むのか船を主に襲う生物もいる、という現状は誰もが知っている。
ゆえに、三人だけでも無事に岸にたどりつけ、あまつさえこの村までたどり着けた。
そのことすらが奇跡、ともいえる。
さらに、昨夜、どうしてかわからないが、このあたりを荒らしまわる盗賊達が壊滅した。
それにより、今まで使用不可能となっていた森の街道もおそらく普通に使用できるはず。
幸運、といわずこれを何というのであろう。
「はい。先ほど宿の方にそのことはお聞きしました。
それで森を抜けてなるべく早くに出発しようとおもいまして。
こうして一晩お世話になったお礼を、とおもい参上した次第です」
彼らが勘違いしているのは一目瞭然。
しかしその勘違いを訂正する気はさらさらない。
どうして勘違いしているのを訂正しようとしないのか、不思議にはおもうものの、
かといって自分達の目的をここでいうわけにはいかない。
もし下手に『帝国』に不法侵入しようとしている、というのが判れば、
彼らの中から報告がいき、つかまりかねない。
それだけは何としても避けなければならない。
ゆえに、フェナスとしてもその勘違いを訂正する気はさらさらない。
「それはまた、ご丁寧に。宿の主人に聞かれたようですが、
なぜか昨夜、このあたり一帯を荒らしまわっていた盗賊団が壊滅したようでしてな。
とはいえ残党共がいない、ともかぎりません。しかしすぐにすぐに行動が起こせるわけでもないでしょう」
頭領が逃れているかどうかはわからない。
しかし、頭領が逃れていたとしても、おそらく事態の収拾にしばらくはかかるであろう。
おそらく事がおこったのは昨夜。
少しでも早い方が無事に森の街道を抜けられる確率が高い。
「そうですね。でも、助かりました。おかげでゆっくりと休むことができましたし。
また御縁があれば今度は客としてお伺いさせていただきますね」
にこやかにいうティンの言葉に笑みを浮かべつつ、
「何の。こまったときはお互いさまですじゃ。…では、お気をつけて」
「ありがとうございました」
「あ、ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
ティンが頭をさげたのをみて、あわてて同じく頭をさげてお礼をいっているフェナスとレニエル。
そんな三人をほほえましくみつつも、
「本来ならば誰か護衛でもつけてあげたいのですが…」
「いえ、おきになさらず。それでは、これにて失礼します」
今の状態で護衛をだせるほど村に余裕はない。
それでなくても、残党がいないか、もしくは盗賊団の状態がどうなっているか。
動ける若者はこぞって森に視察にでているのが今の現状。
ティンからしてみても、わざわざ村人についてこれらてはたまったものではない。
何しろ、彼女が向かう先は森の街道沿い、ではない。
むしろその奥。
ゆえに付いてこられても説明にこまるというのが本音。
ひとまず一晩の宿を提供してくれた村の村長にとお礼をいい、
ティン達はそのまま、村の裏口へとむかい、そのままその先にと広がる森の中へと出発してゆくことに。
どこぞの要塞か、とおもえるほどの頑丈な柵。
もはやこれは、柵、という代物ではなくむしろ、壁、といってもいいであろう。
それほどまでに幾重にも竹で組まれた壁が背後に広がる森すらみえないほどに覆い尽くしている。
見送り、という見送りは別になく、その場を守っている見張り番の村人が軽く挨拶してきたのみ。
別れつげ、そのままその先にある森の中へと進んでゆくことしばし。
「あれ?街道はこっちですけど?」
森の中に続いている、どうみても人の手がくわわっている街道らしき道。
その道から外れてゆこうとするティンに首をかしげてといかけてくるレニエル。
「レニー。そっちにいったら、それこそ普通の街道につづいているわよ?
私たちが向かうのは、山脈のふもと。この道をたどってもたどり着けないわよ?」
実際、この道をたどっていくと再び湖の近くに出ることになる。
「しかし、道はない…のか?」
ティンが進もうとしている先にみえるのは、鬱蒼と茂る竹林と、そしてそれに連なる森の木々。
この地は竹林と森が共同に生えている場でもあり、場所によっては竹林のみの場所と、
木々だけの場所とに分かれている。
ティンが進んでいる先は、奥すらもみえない鬱蒼と茂る森林のほう。
「まあ、方向は木々の葉っぱでわかりますし。とりあえずいきますよ?」
そんな二人の戸惑いをさくっと無視し、すたすたと歩きはじめるティン。
この場でのんびりとしていても意味がない。
むしろ、逆に村人にみつかれば面倒なことこの上ない。
おそらく、彼らが覚醒すれば、ティンが盗賊を壊滅した、ということが伝わってしまうであろう。
それまでに何としてもこの場から少しでも遠くに離れておきたいのが本音。
すたすたと迷いなく歩きはじめるティンに遅れてはまちがいなく迷子になる。
そう確信し、あわててついてくるフェナスとレニエル。
鬱蒼とした木々は太陽の光すら通さないのか周囲はかなり薄暗い。
それでも迷いなく進んでゆくティンに対し、
「ティンさんは暗闇でも目がきくのか?」
自分達はどちらといえば暗闇は苦手といえば苦手である。
それゆえの問いかけ。
とはいえ、完全に見えないほどの暗さではない。
うっすらとした暗闇なので明るくもなく、暗くもなく、といったところであろう。
これが夜になればどこまで深遠なる空間が広がるのかは想像に難くないが。
「まあ、一応。あまり暗くて見えないようでしたらいってくださいね。
光源の確保くらい何でもないですし。でもあまり明かりの多様はお勧めしませんけどね。
ここにも魔獣は存在してますし。明かりがある、ということはそこに獲物がいる。
というのを暗に示しているようなものですし」
事実、明かりをつかうような存在は限られている。
ゆえに、あまり抵抗できない餌がそこにいる、と思う野生動物もすくなくない。
彼らにも彼らなりの知性がある。
動物に知性がない、とおもっているのは愚かな存在の考えでしかない。
しかしそのことに下手に文明をもった輩はなかなか気づかない。
「たしかに……。余計な戦いはしないに限る、からな」
そんなティンの言葉に思い当たる節があるらしく、しみじみとうなづくフェナス。
「それはそうと。どれくらい歩くようになるんだ?」
何しろ道なき道。
それでも迷いなく進んでいることをみれば、目的地とする場所の方向はしっかりと把握しているのであろう。
それゆえの問いかけ。
「そうですね。とりあえず、私は別に疲れとかあまり関係ないんですけど。
というか、フェナスさん達、空はさすがに飛べませんよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そういや、ティンさんは空…とんでたな・・・・・」
始めてあったときに空中に浮かんでいたことを思い出し、どこか納得したような声をだす。
「私たちはさすがに飛べはしないな」
とはいえ、レニエルが完全に成長した暁にはそのあたりもどうにかなるであろうが。
そのことは口にはださず今の現状のみを答えるフェナス。
「まあ、休憩する場に決めている箇所まではさほどかからないとおもいますよ?
今日の夕方くらいまでにはつけるとおもいます」
にっこりと、そんなフェナスに対していいきるティン。
空から行けばさほどかからない距離ではあるが、歩きだとそうはいかない。
かといって、二人に飛行の術をかけて飛んでゆく方法も出来はするが、なるべく目立ちたくはない。
そもそも、第三者に術をかける方法など、いまだにここでは認識されていないはず。
もっとも、少し目を離していた間にそのあたりの研究が発展しているのならば話しは別、だが。
「そういえば、どうしてあの村をそうそうに立ち去ったのだ?」
気になっていたのはもう一つ。
あれだけ何やら騒がしかったのだから、もう少し現状をきちんと確認しておきたかった、というのもある。
しかし、ティンはその騒ぎを気に留めることなく、出発のほうを優先した。
「あのまま手伝ってたら、まちがいなく、他の村や町などの連絡係りや、警備隊。
それらの事情聴取にかかわるはめになってどれだけ日程がつぶされるかわかりませんし」
しかも、盗賊団をつぶしたのは、ティンである。
捕えられ、道具として扱われていた捕虜達は、その過程でティンの姿を目視している。
もっとも、究極の状態の中できちんと把握できていたか、といえば答えは否。
彼らの目には神の使いが自分達を助けにきた、と映っていたことであろう。
あるいみ、その感覚は間違ってはいないのではあるが。
しかし、ティンが盗賊団をつぶしたという事実はフェナス達は知らない。
「…まあ、たしかに、な」
一日でも早く、できうるならば目的を達成したい、とおもうのは仕方がない。
こうしている間にも捕えられている存在達がどのような目にあっているのか想像に難くない。
「ま、レニーのこともありますし。疲れたらいってくださいね。休みつついきましょう」
「わかった」
自分は足に自身がある。
しかし、レニエルはまだ幼い。
それに何よりいまだにその身を自在に操ることすら難しいかもしれない。
それがわかっているからこそ、ティンの言葉に同意しつつも、
そのまま何を話しつついけばいいのかわからずに、しばし無言でひたすらに道なき道を進んでゆく――
気のせいであろうか。
すでに日は陰ったのか、周囲をみればみるほどに漆黒の空間が広がっている。
にもかかわらずに、自分達が進む方向に限り、薄明かりがともっているように感じられる。
何よりも周囲を見渡しても横にあるはずの木々すらも見えない漆黒の空間になっている。
にもかかわらず、進む方向の木々や大地がしっかりとぼんやりとながら見えているのはどういうわけか。
このあたりに生息しているのが普通の木々であることから、自分達に協力してくれている。
という可能性も否めなくはないが。
しかし、周囲の木々より感じる感覚は、いつもとは異なる。
それは森の中を進んでいるときからずっと感じていた違和感。
レニエルに対して、敬意を示すのならばまだわかる。
しかし、この地に生息している木々達はどうもティン・セレスとなのった少女に対しても敬意を示しているように感じる。
だたの魔術師ではないのか?
自然界より敬意を示される存在といえば、ごくごく限られている。
すなわち、精霊王と契約している存在。
そういった選ばれた存在ならば自然界における全ての存在がその存在に対して敬意を示す。
そういえば、とおもう。
目の前の少女は、精霊王達の真名を知っていた。
普通なら知りえるはずもなく、通称として広まっている名をしっているかいないか、というところなのに。
しかし、しかしである。
精霊王達が姿をけしてはや二百年以上。
対するティンの外見はどうみても十代そこそこ。
もっとも、外見と実年齢が伴わない種族がいる、というのはフェナスとて身にしみてわかっている。
実際、自分達の種族もその部類にふりわけられる。
長寿たる種族ならば外見と実年齢が伴わない、というのは通常的におこりうる。
しかし、みたところ、エルフのようにもみえない。
何かの特殊な術を用いているようにもまったくみえない。
しばらく進んでゆくと、やがて周囲が鬱蒼とした木々ではなく、今度は竹林へと姿を変える。
そしてその先にきらきら輝く何かが竹林の合間を縫って見え隠れしているのがみてとれる。
「そろそろつきますよ」
すでにつかれたレニエルはフェナスがおぶって進んでいる。
周囲が暗闇につつまれた後も歩き続けていったいどれほどの時が経過したであろうか。
それすらもわからない。
やがて竹林を抜けると突如としてぽっかりと開かれた空間が広がっており、
その中心に小さな湖がコンコンと湧き出しているのが見て取れる。
そして、その湖の中心に小さな盛り上がった丘のような場所があり、
その丘の周囲にはきらきらと金色の光の粒が絶えず舞うように満ちている。
「これは……」
思わずその光景をみて絶句しているフェナス。
話しには聞いたことがある、でもしかし、いやまさか・・・・・・
フェナスが一人、混乱しているそんな中。
『おひさしぶりです。ティンク様。お目にかかれまして光栄です』
ゆらり、と目の前の泉の水面が光輝いたかとおもうと、次の瞬間。
そこに水色の姿を模した一人の女性がたたずんでいたりする。
「久しぶり。ケティヒ。あ~。まだクリノは成長してのいのね~。
ということは、クロアもまだ成長してないってことか。
だからあんな不浄なる気が侵入してきていたわけか」
思わずちらり、と丘の中央に小さく生えている小さな『筍』をみつつも
目の前に浮かぶ水で出来ているとしかいいようがない『人』にとはなしかけるティン。
グリーナ大陸。
そこに存在している、といわれている、かの地を守護せし存在。
クリノと呼ばれる存在と、クロア、と呼ばれし存在。
それらがどういった姿をしているのかいまだかつて認識できたものはいない、とされている。
一説には聖なる地においてその身を大地にゆだね、大陸を見守っている…といわれている伝説上の存在。
『もうしわけございません。休息の間を付かれている形となっておりまして……
あちら側からの瘴気などはクレマティス様がどうにか抑えてくださっていますので、
かろうじてこの地はどうにかもっているようなものですが……』
ティンのことを、ティンク、と呼んだ水の女性は申し訳なさそうに答えてくる。
しばし、そんな二人のやり取りを眺め、唖然としているフェナス。
水の…精霊!?
目の前の女性はおそらく、まちがいなく水の精霊。
精霊王がどこかに消えた…正確にいえば捕えられた後、人の前には姿をみせなくなった。
ともいわれている精霊が目の前にいる。
しかも、あっさりとでてきたような気がするのはおそらくフェナスの気のせいではない。
「あ~。あっちの瘴気はやっぱりクレマティスが頑張っているからか。
となるとだいぶ疲労してるかな?」
かの正確をかんがえれば、役目放棄は絶対にしていないであろう。
しかし、彼とて食事をする必要性はある。
おそらくだいぶ疲れがたまっているであろうことは容易に予測ができる。
まあ、彼のことなので、まず瘴気に取り込まれたりすることはないであろう、とはいいきれるが。
「…あ、あの?ティンさん?えと…その、そちらの方は…水の精霊・・様…ですよね?」
思わず恐る恐る、二人の会話に割ってはいるすら何となく畏れ多いような気がする。
しかし、聞かなければ先にはすすめない。
それゆえに恐る恐る問いかけるフェナス。
そんな彼女にときづき、
『おや。これは【森の民】の方ですか。…あら?【輝ける王】もご一緒ですか?
お初におめにかかります。私はケティヒ。この泉を守護する水の精霊です』
フェナスの背後に背負われている少年が【何】なのか一目で見抜き、
ゆったりとした動作で挨拶してくるケティヒ、となのった水の精霊。
「とりあえず、私たちは聖殿に向かおうとおもってね。
で、とりあえず、今日はここで休ませてもらおうとおもって。問題ないわよね?」
そんなケティヒとなのった精霊ににこやかに語りかけるティンに対し、
『問題どころか。こんな場所で心苦しいばかりです。
しかし、申し訳ありません。あなたさまのお手をわずらわせることになろうとは……』
精霊からしてみても、このたびのことは非情に心苦しい。
そもそも、彼女の手を煩わしてしまったことこそ、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
精霊に敬語を使われているティンの姿にかなり驚きの表情をうかべざるを得ないフェナス。
普通、精霊にここまで下でにでられる存在などそうはいない。
いくら精霊王と契約している存在ですらここまで彼らが下でにでるか、といえば答えは否。
それに…ティンク?
ティン・セレス、と目の前の少女は確かなのっている。
ティンク、という名には聞き覚えがない。
否、あるといえばある。
しかし、その可能性は瞬時に頭の中で切り捨てる。
ありえない。
そう、ありえるはずがない。
この【世界】そのものの名。
【ティンクセレクタ】…世界の名の一部と同じ。
そんな馬鹿なことがありえるはずがない、のだから。
ティンと水の精霊による会話は驚愕しているフェナスとは対照的に、
淡々としばしの間語られてゆく……
ピション……
どこからだろう。
とてもここちよい水の感触。
ああ、この感覚。
いつも動けなかった自分に向けられていた温かな感情と、定期的に与えられる新鮮な水。
「…ん…あれ?」
ぼんやりとした意識を覚醒してみれば、そこはどこか見知らぬ場所。
あれ?船の中じゃ…
そうおもいかけ、
ああ、そういえば、謎の少女とともに仲間を助けるために、とおもって一緒にきたんだった。
今自分が置かれている現状をすぐさまに思い出す。
ゆっくりと開けた目に移り込んできたのはフェナスが自分を見下ろしている姿。
「あれ?フェナス?」
みればどうやら自分はフェナスの膝を枕にして眠っていたらしい。
そのことに気付いて思わず顔があかくなる。
この状況ははっきりいってかなり恥ずかしい。
どうやらフェナスの膝を枕にして丸まるようにして眠っていたらしい。
まるで母のぬくもりを求める子供のごとく。
「お目覚めになられました?」
向けられてくる視線がとてもここちよく、だからこそ恥ずかしくなってしまう。
…自ら動けるようになって、自分できちんと行動できるようになったのに、
まだ彼女にはどうやら迷惑をかけているらしい。
「うん。…って、ここ、どこ?」
感じる空気がとてもここちよい。
魂の奥底にある神聖なる空間に似通ったその空気。
ゆえにおもいっきり横になったまま上半身を起こし背筋を伸ばす。
吸い込む空気も多少ひんやりとしているものの、どこにも穢れはかんじられない。
どこまでも神聖なそれは、精霊達が加護をしている特殊な空間を思わせる。
「レニーは歩くのに慣れていませんでしたからね。途中から私がおぶったのは覚えていますか?」
「う…うん」
かなり渋ったが、自分のせいで足の進みが遅くなるのも嫌なので、
あえてフェナスの提案にのったところまではおぼえている。
レニエルが自らの記憶をひっぱりだしているそんな中。
「あ、レニーも目がさめた?とりあえず、もうすぐ日がのぼるし。
二人とも、そこの泉で水浴びしてきたらいいですよ。
そういえば、何か朝食、いります?いるなら用意しますけど?」
常に亜空間収納パックの中には必要最低限以上の食べ物をいれるようにしてある。
もっとも、その中にはこの世界には存在していない食べ物なども多々とはいっているのだが。
そこはそれ。
どうやら泉の傍で眠っていた…といっても、一人はレニエルを守るためにほとんど寝ていないが。
とにかく二人が目覚めたのを確認し、
竹林の中へちょっとした用事があっていっていたティンがそんな二人に声をかける。
このあたりの竹林の精霊は自分達の王がまだ幼いこともあり、その力のすべてをもってして、
このあたり一帯に簡易的な結界を施している。
ゆえに、このあたりには普通ならは近づくことすら許されない。
一歩、竹林に足を踏み入れただけで、その存在はしばらく竹林の中において迷うこととなる。
もっとも、聖なる地で誰かが死ぬようなことがあってはならないので、
自然と竹林の出口に誘うように処置を施していたりするのだが。
しかし、意思ある精霊が宿っている竹、というのもそうそういない。
ゆえに、一応注意するように伝えるために林の中にはいっていっていたティン。
とりあえず、ケティヒにより強い力の媒体を渡しておいたがゆえに、
ここが侵略される心配はあまりないではあろうが、念には念を、というのがティンの信念。
「いえ、大丈夫です。でも…いいんですか?」
精霊が宿っている神聖な泉。
さらに正確にいうならば、
この泉の中央には、この地を守護せし存在の一角である、クリノと呼ばれし存在が眠っている。
正確にいえば眠っているというよりは今現在は成長過程にあり、ゆえにまどろんでいる状態。
その状態はフェナスとてよりよく理解している。
そんな神聖なる泉に自分達がはいっていいものか、
というか精霊の許可もなしにそのようなことをしてもいいものか。
ゆえに戸惑いを隠しきれない。
「いいのよ。ケティヒには話しはとおしてあるし。それにあなた達なら何の問題もないでしょ?
何しろ、二人とも森の民、なんだから」
逆をいえば、森の民である二人が泉につかることにより、よりクリノに注がれる力は増えることとなる。
…正確にいうならば、レニエルがつかることにより力は格段に強化される。
輝きの王、と呼ばれし存在。
レニエル。
彼の存在は自然界にとって、また植物達にとっても希望に他ならない。
まだ完全にその力を発揮することはできないものの、いずれは完全にその力を自分で発揮するようになるであろう。
もっとも、覚醒を果たした後に、嫌でもティンの正体が一体【何】なのかを理解することとなる。
ゆえに、今現在のレニーにわざわざティンも説明するつもりはさらさらない。
「…?ケティヒ?」
眠っていたがゆえに、その名前には聞き覚えがなく、ただ首をかしげるレニエルに対し、
説明していいものか迷いつつ苦笑だけにとどめ、
「ならお言葉に甘えさせていただきましょう。今日もしばらく歩くようなんでしょう?」
聖なる泉の水を体内に吸収することにより、より能力もたかまる。
彼らは基本、普通に水につかるだけで、その肌より水分を吸収することが可能。
もっとも、大気中の水分も吸収することができはするが、それらは自らの意思でコントロールが可能。
「まあ、お昼ごろまでにはつけるかな?」
話しあいの末、迷いの霧がかの近くに道が繋がることになっている。
本来、この周囲に常に漂っている霧は、侵入者の感覚を狂わし、
その力をもってして別な方向にと導くもの。
時折、その霧に魔力をこめ、短距離ならば簡単な空間移動も可能、となっている。
もっとも、それらを行う場合は、大気中の霊力をかなり扱うことになるがゆえに、
滅多と精霊達は行わないが。
このたびにおいては、その力の提供者が別にいる。
ということもあり、彼らの力の疲弊には結びつかない。
むしろ、ティンが力を発揮することにより、逆にこの地の精霊達により力が補充される。
ティンが提案した条件はただひとつ。
彼らに霧を発生させてもらうこと。
ただ、それだけ。
その霧に霊力を充満させることにより、フェナス達に気づかれることなく、
短距離ではあるが空間移動を行ってしまおう、という魂胆。
すでに、この泉以外の周囲にはゆっくりと霧が深くたれこめはじめている。
朝霧、とでも表現すればいいであろう。
うっすらとした明かりの中、霧が発生し、周囲を真っ白な空間にと変化させていっている。
「そうですか。…しかし、霧が深い、ですね…大丈夫なんですか?」
あまりに霧が深いと前後不覚になり迷う可能性が高い。
この状況で出発しても大丈夫なのか不安におもい、とりあえず確認の意味をこめて問いかけるフェナス。
「まあ、この霧は害意あるものだけに反応する性質のものだし。
フェナスさん達は別にこのあたりに対して害意はもっていないでしょう?」
自然を傷つけようとする輩やこのあたりの生態系を狂わそうとする敵意あるものには容赦がない。
しかし、そうでけなればこの霧はだたの霧でしかない。
つまり、まったく関係なのいティン達にとっては普通の霧と同様、
別段、何も気をつける必要性はさらさらない。
「は…はぁ……」
精霊と知り合いであることにも驚愕したのに、さらっと何かとてつもないことをいわれ、
ただただ何といっていいのかわからない。
しかし、その言葉に嘘はない、となぜだか確信がもてる。
精霊が敬意を示している謎の少女。
それだけでも十分、信用するに値する。
しばしそんな会話をやり取りしつつ、
とりあえず、二人してその身を泉で一度、清めることに――
よく、地上の海、とは誰がいったものであろうか。
周囲を見渡せど霧が深く、その霧はどうやら竹林の上のあたりにまで及んでいるらしく、
霧に反射して鬱蒼としている竹林の中においても白い光が充満している。
といっても、霧に太陽の光が反射し、きらきらと輝くその光景は、
まるで光の中を押し進んでいるかのごとく。
もしも空からこの場を眺めたならば、雲を突き抜ける山脈の下。
そこにもまるで雲のごとくに広がる霧の海を垣間見ることができるであろう。
本来、常にこの場はこのような深い霧に覆われており、ティン達がこの地にやってきたときに、
霧がなかったのは森に立ち入った時点でティンがその来訪をわかるようにそっと木々に伝えたからに他ならない。
それゆえに一時的に霧は取り払われていた。
その歩みの妨げにならぬように。
ティンの波動はこの地にいきるものにとっては特殊すぎるもの。
その大いなる波動を間違える輩はまずいない。
それでも、フェナス達が気づかないのは、あくまでも外見にとらわれているがゆえ。
伊達に知能をもった輩はどうしても、その内面ではなく外見で判断してしまう。
物事の本質をなかなかにつかめない。
もっとも、その身に透視できないように結界を纏っているティンの事情は、
知ろうとおもっても知りえることすらできないであろう。
「は~。すごい、霧、だな」
油断をすれば白い空間にそのまま放りだされてしまいそうな、それほどまでに深い霧。
ゆえにその光景を眺めつつも足をすすめ、周囲の竹の感覚だけを頼りにひたすら歩くフェナス。
迷子になってはいけないから、というのでフェナスとレニエルは先ほどからずっと手をつないで歩いている。
これほどまでに霧がふかければ、どれほどあるいているのかすらわからない。
しかし、霧、というのは基本的、その主成分は水。
水と大地、そして適度な光。
ゆえにフェナスとレニエルからしてみれば、この条件はあるいみ幸運、といえる。
普通にあるいていても、自然と周囲に満ちている霧から必要なだけ水分を吸収することができ、
光も適度にあることから、つかれも感じない。
基本、彼らの種族は光と水があれば多少の栄養素がなくてもどうにかなる種族。
しかも、この霧にはかなりの【力】が秘められているらしく、霧に囲まれているだけで、
何だか力が湧いてくる、そんな感覚におちいってしまうほど。
実際に、彼女達の力は満ちているのだが、その事実に気づくことなく、
「そうですね。でもとてもここちがいいです」
感極まったようにつぶやくフェナスに続き、深呼吸しながらもにっこりといっているレニエル。
そんな二人の様子をみつつ、
「そろそろ、この霧をぬけますよ。この場を抜けたら洞窟はすぐそこですから。
とりあえず、洞窟の入口のところで一度休んでからいきます?それとも中でやすみます?」
洞窟の中にも多々と休める場所は存在している。
しかし、それは通常の状態ならば、という注釈がつく。
今、どのような状態になっているのか、実際に確認してみなければ何ともいえない。
どうやら周囲の竹の精霊達がいってくるには、洞窟の入口付近に今現在はいるらしい。
ここ百年以上、そこから動いていないと報告は一応うけている。
いるが当事者から話しを聞かなければ何ごとも進まない。
そんなことを思っているとは微塵も表情にださず、
背後からついてきている二人にむかって振り向きざまに確認をこめてといかけるティン。
ティンがそう問いかけたとほぼ同時。
さぁっ。
先ほどまで前も後ろも、横もまったく霧の白い空間しか見当たらなかった景色。
今までの光景がまるで嘘のようにさっと白く輝く空間が取り除かれる。
ばっと背後を振り向けば、そこには霧の壁がしっかりと存在しており、
どうやらとある一角を起点として霧の発生条件が決まっていることが見て取れる。
背後を振り向けど、そこには霧の壁ともいえるべき、奥すらみえない真っ白い壁が存在しているのみ。
先ほどまで歩いていた竹林の姿は影も形も確認できはしない。
それほどまでに白い霧は深く、深く垂れこめている。
その白い壁は見上げてみればどこまでもつづくかのごとくに続いており、
どうやらかなりの高さまで霧で覆われているらしい。
そのことにある意味感心しつつも、逆にあるいみ納得してしまう。
おそらく、この霧はあの泉の聖地を守るためのものであり、
自分達があの地に入り込んだ時霧がなかったのはたまたまだったのか、
はたまた何かの意思がはたらいたのか…それはわからない。
しかし、この霧があるからこそ、あの泉の聖地は発見されることなく守られていたのであろう。
そう簡単に予測がつく。
かつて、彼女達が暮らしていた地もそのような森の聖地であった。
しかし、王が死去し、次が誕生するまでの間、その隙をつかれて侵略されてしまった。
それでも、かろうじて【王の卵】を持ち出せたのはあるいみ幸運、といえたであろう。
ふと、今はかつての面影すらとどめない故郷のことを思い出し、感慨にふけるフェナスとは対照的に、
「とりあえず、ここからもみえますよね?あそこの山のふもと。そこに入口があります」
みればたしかに、森の先に存在している山のふもとのような壁のようなものが見て取れる。
切り立った断崖絶壁のようなその岩肌は、周囲の何も寄せ付けない雰囲気を醸し出している。
にこやかに、とある一点を指し示すティン。
ここからでは木々にさえぎられ、そのふもとに何があるのかはわからないが、
しかしその壁の周囲に水晶らしきものが垣間見えているのは気のせいか。
ふとそんな疑問をいだくフェナスに対し、
「あの地は水晶を含んだ地脈でもありますからね。
なので洞窟の中も水晶と鍾乳洞とが混合してとてもきれいなんですよ?」
実際、そのようにしたのはほかならぬ彼女自身。
きらきらと洞窟内に設けられている光りゴケがそれらをほどよく照らし出し、
いわば幻想のような光景をかもしだしていたりする。
その光景をふと思い出し、口元に笑みを浮かべ、
「ま、百聞は一見にしかず、ですよ。さ、いきましょうか」
霧が晴れたことにより、ようやく空に青空がみえている。
しかし山の近くということもあり、当然太陽の姿はみえないものの、
霧を抜けてみれば、周囲はどうも薄暗くなってきていることから
どうやらかなりの時間、あの霧の中を歩いていたらしい、と自覚する。
霧は常に太陽の光を反射していたがゆえに、どうしても感覚的に感じる時間の概念が狂っていた。
ゆえにどれほどの時間歩いていたか等、フェナスもレニエルも自覚していなかった。
霧を抜けた段階で、かなりの時間歩いていたことに気づき思わず驚きの表情を浮かべている二人に対し、
にこやかに話しかけているティン。
ここからも切り立った山肌はしっかりと目視することができる。
すなわち、もうさほど目的の場所まで距離がないことを指し示している。
口にだしていないのに、こちらの不安を見透かされたようで、そこまで自分は表情がわかりやすかったか。
と思い、自らを戒めるフェナス。
そしてまた、
「どうやらかなりの時間、あるいていたんですねぇ」
そのことに逆に驚きの言葉を発しているレニエル。
霧の中をあるいている間、なぜか疲れを感じなかった。
おそらくは、あの霧に自分達の力の源となる【力】が含まれていたのであろう。
そういえばこころなしか体調もすこぶるよい。
常に線上にて生活していたときよりも、体の感覚がかなりはっきりと感じ取れる。
そんな二人に対し、
「とりあえず、じゃ、いきますか」
今現在、洞窟の中がどのようになっているのかまではティンとてわからない。
それゆえに、二人を伴い、それ以上説明しないままにと、
視界にはいる山肌にむかい、ひとまず足を進めてゆく――
「「…すごい……」」
思わず漏れ出した声は二人同時。
木々が生い茂る場を抜けるとやがて見上げるほどの切り立った岩肌に、
それでいて、その周囲に生えているのか、それともつきだしているのか。
様々な色彩をもっている水晶の原石らしきもの。
紫、青、桃、黄、黒、赤等。
小さなものから大人の背丈ほどもあるであろうかとおもわれる原石らしきものが
ところせまし、と周囲にあふれかえっている。
そしてまた、切り立った山肌の地面と接触しているあたりの部分。
そこにちょっとしたぽっかりとした空洞らしきものがあいており、
おそらく、何ものかの手が加わっているのであろう。
その穴の周囲には奇麗に整えられている同じ大きさの水晶が奇麗に一直線にとならべられており、
まるで水晶の道のような雰囲気を醸し出している。
実際、その目的でこのような配置になっていたりするのだが、
始めてその光景を目の当たりにするものは大抵、そのあまりの美しさに絶句する。
周囲には魔力が満ち溢れているらしく、その魔力に反応して、
水晶の原石達はよりきらきらと簡易的ではあるが輝きを放っている。
水晶と魔力は愛称がよく、ゆえによく魔力の媒体、としても使用される。
もっとも、ここにある水晶はこの地に満ちている魔力と呼応しているだけであり、
各水晶群に特殊な力が宿っている、というわけではない。
きのせいか、山肌にぽっかりと開いている穴の周囲には、
どうみても模様?とおもえるような水晶の配置となっており、
ちょっとした特殊な芸術のようにもみえなくもない。
よくよくみれば、その山肌に埋め込まれているのか、もしくは生えているのかは不明なれど、
大小様々な色彩の水晶の原石達がとある一つの生物を表現しているように見えなくもない。
そして、それは、穴の左右、そしてその上部分にとそれぞれ、左右は対となるように、
そして上の部分のそれらは見降ろす形で形勢されている。
「「…竜?」」
それらはどうみても竜の姿にしかみえない模様。
両脇の竜にみえるそれらは何かそれぞれ対となるようにその手に何かの球をもっているように、
その部分のみの水晶が奇麗に丸く形どられ、よりその模様が何ものかの手によりつくられている。
という信憑性を物語っている。
それゆえに思わず同時につぶやいているフェナスとレニエル。
あの霧を抜けて人がここまでたどり着ける、とはおもえない。
ならば精霊達がこのような模様をわざわざ作り出すか、といえば答えは否。
ならば別の何ものかがこれらをここに刻み込んだに他ならない。
しかし周囲に何ものかが暮らしている痕跡はまったくない。
「ここはクレマティスの守護聖域だからね~。さ、いきますか。
ちなみに、この穴がこの山脈をつきぬけている鍾乳洞の入口ですよ」
ここより奥にはすでに雲をも突き抜ける山脈群しか存在していない。
普通ならば、その山脈をこえるには、遠回りして海路を通ってゆくしかない。
しかし、ティンが示しているこの道は、山脈の地下を通るものであり、
ゆえにわざわ山を一周しなくとも、そのまま目的の場所にたどり着くことができる。
その名は、昨日の【泉】で聞いた。
ここでその名を再びきくとはおもわなかったが。
しかし、しかしである。
この話しの流れからして…まさか、その名をもつものもまさかまた精霊…とかいわないわよね?
そんなことを思わずフェナスは思うが、しかしあくまでも推測。
あの精霊に出会っていないレニエルにきちんと説明できるかもどうかわからない。
結局のところ、かの地を出発するまで、あの精霊は二度と姿をみせることはなかったのだから。
つまり、裏をかえせば、ティン・セレスに挨拶するためだけに姿を現した。
と考えたほうが無難である。
湖にて窮地にたっているところをすくってくれた魔術師…の認識であったが、
もしかしたら違うのかもしれない。
そもそも、精霊達に敬意を示される魔術師などいまだかつてきいたことがない。
精霊王と契約を交わした、という魔術師ならば名前は絶対に世間に知られている。
しかし、ここ数百年、精霊王は人前に姿をみせたことすらない。
その理由はいうまでもなく……
「ここが、入口…なんですか?」
どうみても普通の洞窟…といったら多少の語弊があるが、
入口付近にどうみても何ものかの手がはいっている飾り細工のようなものがある場所が、
どうして普通の洞窟である、といえようか。
戸惑いつつも問いかけるレニエルに対し、
「まあ、入口、といえば入口だけどね。さ、いきますか。
あ、つかれてたらここでしばらく休むこともできるけど、どうします?」
おそらく、あの霧に含まれている【力】もあり、二人はさほど疲れていないどころか、
逆に元気がありあまっているであろう。
そう予測がつくものの、とりあえずレニエルとフェナスに問いかけるティン。
自分一人ならばこんな道を通らずともさくっと移動も可能なのではあるが、
同行者が加わっている以上、普通の陸路をゆくしかない。
もっとも、ティンがここにきたのは、クレマティスの状態を確認する目的もまたあるのだが。
「レニーはどうする?」
あくまでフェナスとしてはレニエルの意向を尊重したい。
それゆえに、レニエルに対してといかける。
そんなフェナスに対し、
「僕のほうは大丈夫です」
そもそも体調的にも何の問題もない。
むしろ元気が有り余っているようにも感じられる。
「というわけだ。私たちのほうは問題ない」
遠慮していっているのではなく本気でいっていることを悟り、心のうちでほっとしつつも、
その表情を表にだすことなく淡々とティンに対して返事を返す。
「わかりました。それじゃ、いきましょうか」
いいつつ、洞窟の中にはいってゆこうとするティンに対し、
「しかし、洞窟の中での光源確保はどうするのだ?」
おそらく山脈が山脈。
どこからか太陽の光が入ってきているなどと都合のいいことはないはず。
つまり、いくら鍾乳洞というのが事実だとしても、洞窟内はかなり暗いであろう。
かといって、閉じられた空間内で炎などをつかえば何がおこるかわからない。
「ああ、それは大丈夫ですよ。この洞窟。ある場所からきちんと光りゴケが自然群生してますから」
「「・・・・・・・・・・・は?」」
光りゴケ、とはすでにこの世界では滅多と見なくなったあるいみ幻の植物、といわれている品。
実質的には菌類に入るのであるが、その姿形、として世間一般では植物として認識されてしまっている。
嘘かまことかはわからないが、精霊王達がその住み家としているとある神殿にその植物は群生、
しているらしい。
もっとも、精霊王達のその神殿をみたものはまずいないのだが。
まあ、暗いのが面倒、という理由でそのようにしたのはほかならぬティン自身、ではあるのだが…
そのことは別に説明する必要はまったくない。
さらっと答えた後、そのままそれ以上のつっ込みをまつことなく、
すたすたとぽっかりと開いている穴の中へと足を踏み入れてゆくティンの姿。
「おいていきますよ~?」
「あ、ああ」
すたすたと先にすすみつつも、いまだに入口付近で躊躇している二人にと語りかける。
そんなティンの言葉にはっと我にもどり、あわてて、レニエルの手を握り、
洞窟の中にと足を踏み入れてゆくフェナス。
「・・・・?」
何かこの奥から強い力を感じるのは僕の気のせいでしょうか?
一方、一人その感覚を感じ取り、多少なりとも首をかしげているレニエル。
それぞれがそれぞれ様々なことをおもいつつも、三人はそのまま洞窟内部へと進んでゆくことに。
入口にと装飾されていたとしかおもえない水晶でできた竜。
この世界の竜には二種類あり、竜とよばれしものと、龍、とよばれしものがいる。
【龍】と呼ばれしものは、一般の人々にも認識されており、
時には人に害を及ぼすこともあり、知能をもった誇り高き龍、という認識でまかり通っている。
一方、【竜】、とよばれし存在はといえば、それらは精霊神の使い、ともいわれており、
その姿もまたどちらかといえば大型の蛇に似通った形をしている。
その長き体に四本の手足。
竜の属性によって色彩は様々で、逆にその姿をみることができればいいことがある、
とすらいわれている神聖なる存在。
そして、入口に装飾されていた姿は文字通り、神聖なる竜の絵姿としかみえなかった。
洞窟の中に足をふみいれると、うっすらとで入口のほうから明かりが差し込んではいるものの、
中はどちらかといえば薄暗い。
洞窟の横幅もちょっとした広さがあり、三人が並んで歩いていても余裕があるほど。
斜め下にむかって洞窟の道らしきものは続いているらしく、
その下のほうからほのかに明かりらしきものが漏れ出してきているのが見て取れる。
ゆっくりとした傾斜の道の角度は歩くのに疲れもせず、かといって早歩きにもならずといった角度であり、
普通にあるいていてもあまり疲れない程度。
足元の土もさほど固くもなくそれでいて柔らかくもなく、
踏みしめる感触は大地のそれとあまり変わり映えがしない。
異なるのは天上、そして左右より、ところどころ水晶の原石らしきものがつきだしている、ということくらいであろう。
ザァァ……
ふと歩いているとどこからか水の音らしきものがきこえてくる。
しかしこのような場所で水音などするものなのか。
それゆえに、思わず首をかしげるレニエルとフェナス。
そんな二人にと気づき、
「ああ。この水音ですか?これは地下水がこの下に地下水脈となって流れてるんですよ。
この山脈の地下には雪解け水などがたまってますからね」
実際、この山の頂上部分は常に万年雪が積もっている。
ゆえにいつも溶けだした雪解け水が地下にとたまり、豊かな地下水をうみだしている。
それらは山の内部を通り、やがて山肌より滝のごとくに大地に降り注ぐ。
そして降り注がれた地下水は川となり、それらは泉、または海にむかってながれゆく。
地下水がある云々はまあわかる。
わかるが、どうしてここまで水音がしているのか。
その答えを二人としては知りたいのだが、どちらにしろ説明しなくともすぐにわかること。
ゆえにそのまますたすたと立ち止まることなく歩みを進めるティン。
進むたびにだんだん水音が強くなってきて、始めは軽い音だったそれが、
進むにつれ、
ズドドド…
何だかかなりの量が流れているのではないか?とおもえるような音にとかわってくる。
やがて、進むにつれ、だんだん視界の先が明るくなり、
あるくことしばし。
やがてその視界の先がぽっかり開く。
そこはどうやらかなり広い空間になっているらしく、ぐるり、と周囲を見渡しても左右の壁が視えないほど。
その壁にはいたるところに光りゴケらしきものが群生しているらしく、
その空間全体がほのかにほどよく光っており、視界にまったく困らない。
ふとみてみれば、どうやら先ほどまでの轟音は、壁の一角より流れ出ている水の音だったらしく、
まるで滝のごとくにゴウゴウと音をたてて、水が壁より湧き出しているのが見て取れる。
そしてその水はそのまま一つの流れとなり、地下だ、というのにかなり広めの川を作り出していたりする。
しかも、光があり、さらには水があるせいなのか、
その周囲にちょっとした木々もまた生えていたりするのが何とも不思議といえば不思議な光景。
開かれた空間のいたるところに水晶の原石群が顔を覗かしており、
さらには滑らかな洞窟の天井や壁面には
この地の主たる成分である石灰岩の溶食によってできた特徴的な溶食形態が見うけられる。
といってもここはいまだに完全なる鍾乳洞の入口付近になるのであろう。
地表における溶食形態はさほど目立つようなものはなく、
どちらかといえば三角錐のような突起物が多々とめだっている。
それらの突起物は滑らかな金色っぽい輝きを保ちつつ、
それでいて、天上から絶えず落ちてきているとおもわれる水滴らしきものをうけている。
思わずその幻想的、ともいえる光景に絶句するものの、
ふとその場にて違和感を感じるフェナスとレニエル。
よくよくみれば、開かれた空間の一角。
なぜか段差になっている場所があり、それらは巨大な岩のように見えなくもない。
まるで、先にすすむのを拒むかのような形のこんもりとしたその巨大な何か。
それらはどうやら奥につづくとおもわれる穴の前の部分に存在しており、
それを超えてゆかなければこれより奥に進めそうにない。
しかし、しかしである。
その山のようなそれにはなぜか滑らかというか艶やかな輝きをもついくつもの小さな何か、
が存在し、さらにいえばそれより感じる圧倒的な何かの気配。
洞窟の天井部分にすら届くのではないか、というその巨大な何か。
二人が絶句しそれより感じる気配に圧倒されているそんな中。
「あ、いたいた~。クレマティス。お疲れさま~」
のんびりとしたティンの声が、【それ】にむかって発せられる。
と、同時。
ズッ…ズズズ…
洞窟全体が揺れるような振動がおこり、次の瞬間。
『…ティンク様!?どうしてこのような場所に!?』
ゆっくりと巨大な顔らしきものを頭上よりもたげてきたソレより発せられてくる声。
それから声が発せられたのかどうかすらわからない。
しかし、なぜかわかる。
直接心にひびいてくるようなその声には圧倒的な力が含まれている、ということが。
ゆえにその場にて硬直するより他にない二人に対し、
「どうして。って。なんか面倒なことになってたからね。
しかし、クレマティス。あなたも律義よねぇ。わざわざあなた自身でここの瘴気の浄化を図らなくてもいいのに」
彼の眷属に命じても問題はないはず。
なのに彼自らがおこなっている、ということから彼のまじめさ具合がうかがえる。
『我はここを守るべき責務がありますゆえ。
しかし、申し訳ありません。あなた様の手をまさか煩わせる結果となるとは…
……我としては見きりをつけたほうがいい、とはおもったのですが…
何ぶん、彼らが否、といっていたものでどうしようもなく……』
今でも自分達が解放されると眷属達に被害が及ぶ。
とばかりに唯々諾々と捕えられている現状。
それを思うと思わずため息をつかさざるをえない。
よくよくみれば、何かの巨大な山のようにみえたそれは胴体、であり。
長い蛇のようなその胴体はかるく数千年の樹齢を得た大木ほどの太さがあり、
その背にはびっしりと背びれらしきものがついており、
そして腹側以外にびっしり全身をうめつくしている巨大な鱗の数々。
手足とおもわしきそれらは、前部分と後ろ部分、二か所のみについており、
その指の数は三本。
指の先に生えているとがった爪は何ものをも切り裂く頑丈さを持ち合わせている。
頭の部分に生えている角らしきそれらは金色にと輝いており、
その存在が通常の生物ではないことを暗に指し示しているようにみえなくもない。
口を完全に動かしていないにもかかわらず、伝わってくる『声』。
しかし、それからしてみれば当然、といえば当然のこと。
「でしょうね。彼ら、甘いからねぇ。ま、とりあえずそのあたりの話しはまたあとにするとして。
とりあえずさくっと用事だけでもすませようとおもってね。
あ、あと竜玉に力を補充しておくからそれに任せてわざわざここにいなくてもいいわよ?」
本来、瘴気の浄化程度ならばちょっとした竜玉一つでどうにかなる。
にもかかわらず、竜玉をも、眷属をもつかわずに我が身をもってして瘴気を浄化していたこの【クレマティス】。
「…あ、あの?…もしかして…聖竜…様、ですか?」
聖竜。
それは精霊達とは別に自然界を見守っている、といわれている四代元素と同等の位置にといる聖なる存在。
もしくは神竜、神獣、ともよばれ、世界神の使い、ともいわれている聖なる存在。
…そんな存在である竜とさらっと親しげに会話しているティンを信じられないようにみているフェナス。
昨日の精霊のことといい、このたびの神獣のことといい。
どうみてもそれらは神話などにでてくる神獣の姿そのもの。
この洞窟の入口に刻まれていた姿そのもの。
恐る恐る問いかけているレニエルとは対照的に、その場にて硬直するしかないフェナス。
『…うむ?輝ける王、か。いかにも。我はクレマティス。
この地をまもる霊獣なり。まだ幼き若き王よ。汝がこの地に出向いた目的は何ぞ?』
どくり。
問いかけられ、魂そのものが震える感覚に陥ってしまう。
しかし、自分に対してといかけられたその問いに答える義務が自分にはある。
それだけはわかる。
それゆえに。
「僕は…いえ、私は私の役目をはたすべく、仲間の救出にむかうべくこの地にでむきました。
何ごとも受け身でいるわけにはいきません。
私は私の果たすべき使命を行うためにここまきました」
そう。
自分が動かなければ話しにならない。
守られているだけ、それでは一族の未来はない。
今こそ変革の時。
自ら考え、そして全てをうけいれ、そして成長してゆく。
今まで自分達の一族にかけていたもの。
『よくぞもうした。しかし、よもやティンク様と共に来訪するとはおもっていなかったぞ』
「クレマティス。どうでもいいけど、先を急いでいるんだけど?
あ、そういえば例の船はかってに使っても問題ないんでしょ?」
これ以上会話をさせていては余計なことを話しかねない。
ゆえにさくっと会話の続きをさえぎり、クレマティス、と名乗りし【竜】へと問いかけるティン。
『それは問題ありませんが…では、その地まで我が案内いたします』
そう、クレマティスと名乗った竜がつぶやいたその刹那。
周囲にまばゆいばかりの光が満ち溢れる。
「改めて、人型にて失礼いたします。ティンク様」
あまりの眩しさに目をつむっていたフェナスとレニエルが目を開いたその視界に入ってきた光景。
それは…
それまでいなかった黒き髪に黒き瞳をもつ二十歳そこそこくらいであろうか、
異様に整った顔立ちの青年がその場において、ティンの目前で膝まづいている姿。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
その青年が【何もの】なのかすぐさま理解し、しばしその場にて再び沈黙し硬直するしかないフェナス達。
ありえない。
そう、絶対にありえない。
神の使い、ともいわれている霊獣である竜族が。
なぜにどうして、ティン・セレスの目前でひざまづいているのか。
しかしそのありえないことが実際に今目の前にておこっている。
ゆえに、しばし二人の思考は完全に停止状態となりはててゆく……
「……は?ねえ、おもいっきり馬鹿としかいいようがないんだけど……
そもそも私、本末転倒って言葉、昔から散々つかってたとおもうんだけど……」
頭をかかえる。
とはまさにこのことなのかもしれない。
とりあえず、事情が詳しいであろうクレマティスより彼らが幽閉された経緯などを問いただした。
聞けばきっかけはとても些細なこと。
とある出来事により人質を取られ、
彼らが躊躇し身動きが取れなくなった所でさらに人質がどんどん加速的に増やされていった。
つまり結果的にいうならば、人質達の命を盾にして精霊王達を脅したらしい。
というか、本気で人質になった存在達を助けたいのならば、
その気になって力を使えば自分達のみの力で人質達を解放する…
すなわち、助けだすことなどたやすかったであろうに。
…どうやら話しを聞く限り、そんな方法をまったく考えていなかったらしく、
いわれるがままにその言葉に従ってしまったらしい。
「それに関しては我らも十分に理解してはいますが……
しかし彼らは基本的に生命体が好きですし。
そもそも彼らは生命の営みを身守り続ける義務がありますし」
命を慈しむように本質そのものが創られている。
それは絶対的な掟であり理。
彼らにとっての存在意義。
「というか。問題があるようならば、自然界の力をつかって生命体に対し、
きちんとしたそれなりの対処を。というのもあったはずなんだけど?」
彼らがその気になればこざかしい小細工をする人間などどうとでもなる存在。
そのように設定し、また生みだしているはずである。
にもかかわらずに、さくっと愚かともいえる罠にはまってしまったその心が情けない、といえば情けない。
それでなくてもかつての出来事ですこしは人を疑うこと、を学んでいる、とおもったのに。
…どうやらいまだに底抜けに疑うことをしない性格は一部のものはなおっていないらしい。
「疑心暗鬼になりすぎるな、とはいわないけど。
…まあ、それでこざかしい小細工をした人間達が
追い詰められようがどうしようが関係ないといえばないけど。
このたびはそんな小細工をした存在より他にも影響がではじめてるからねぇ。
なんで同じような歴史を繰り返そうとするかな?あの一族の血筋は。
…さくっともう、手加減せずに消し去ったほうがいいのかな?」
何やらとてつもなく物騒なことをいっているような気がするのはおそらく気のせいではないであろう。
「…い、いや、ティンク様、さすがにそれは……」
その気になればさくっと【創りなおせる】ことができるのがわかっているがゆえに言葉につまるクレマティス。
そんな二人の会話の内容は、フェナスもレニエルも話しの半分も理解できない。
そもそも、二人がつかっている言葉はフェナス達も聞きなれない言葉。
それでもかろうじて多少とはいえ聞き取れることができるのは、彼らの種族の特徴といえば特徴。
元々、彼らの種族は【言葉】で会話するのではなく【心】で会話をしていた種族。
今のように人型をとれるように進化したのちは心の会話ではなく言葉による意思疎通が主流とはなっているが。
「破滅と再生を司る存在。を何か考えてみるかな~」
「……というか、創る気満々のような気がするのは気のせいですか?」
ぽそっとつぶやいたティンの表情は冗談をいっているようではない。
とはいえクレマティスとてティンのことをよく知っているというわけではない。
ただ、クレマティス達を始めとした主要たる存在達は、
彼女に【創りだされた】経緯より絶対に彼女には逆らえない。
また、逆らう気にもならないのは、彼女の存在の意味を彼らなりに理解しているがゆえ。
「私がいつも手をだせる、というわけではないのよ。そもそも私だって暇じゃないんだし」
ここでの異変に気づいて、それで時間をさかのぼってきてみても、
異変からかるく年月は経過している。
できうれば、何か不測の事態がおこればそこそこで対処してほしい、
とおもうティンの気持ちはおそらく間違ってはいない。
それでなくても、ここはあるいみ実験的に創りだしてみた箇所といっても過言でない。
いつもは要望にあわせて創り上げた場所の管理にとおわれている。
もっとも、他の存在達からしてみればそんな彼女の事情を知るよしもない。
できれうれば、その場のことはその場の判断にて処置を施してほしい。
そう願い、これらをうみだした。
「それは十分に理解しております。と、そろそろ到着するようですね」
話しをしつつ歩くことしばし。
いつのまにかどうやら目的の場所にとたどり着いたらしい。
ごうごうとした水音が先刻よりもはっきりと響いており、水音で全ての音がかき消される。
ティンとクレマティスの会話に割って入ることなく、
ただただ黙ってついてきていたフェナスとレニエル。
何しろ相手が相手。
彼らにとって聖獣とは信仰する神につかえし聖なる獣。
そんな大それた存在と行動を共にしているだけでも畏れ多いのに、会話をするなどもってのほか。
だからこそ、親しげに話しているティンがいったい【誰】なのか余計に気になってしまう。
少しばかり高い位置から水があふれ落ち、ちょっとした滝のような場所となっている開けた場所。
強いて例えるとするならば地下にある滝壺、といったところであろう。
さすがに水の勢いゆえであろう。
水が流れている付近に水晶の原石が壁より飛び出している場所は垣間見えない。
普通の川などにおいては川の底には大小様々な石などが存在している。
しかし、この地下に流れている川はどうやら普通の川と少しばかり勝手が少々異なっている。
たしかに、普通の石らしきものも垣間見えはするものの、
そのほとんどの石がきらきらと光に反射しているのがみてとれる。
この川底にひしめきあっているのは普通の石にあらず。
全ては様々な水晶の欠片、というべき品々。
中には水晶だけでなく様々な鉱物といった原石などが水の力によって磨かれ、
鉱石そのものの輝きを発揮しているものも多々とある。
さすがに水の中にまでは光りゴケは群生していないらしいが、それでも、
川となり流れている両脇の【壁】にはびっちりと、光りゴケがきちんと群生しており、
その光によってさらなる幻想的な光景を周囲にもたらしている。
ここより、ざっとみたかぎり、洞窟の道らしき場所は緩やかな斜面から急激な斜面にと切り替わっている。
それでも普通に歩けない、という斜面ではないにしろ、すこしばかりどうしても早歩き、
もしくは走りだしてしまうほどの急斜面。
さすがに垂直、とまではいかないものの、それにちかい急斜面らしき道が続いているのが見て取れる。
滝壺ともいうべきその開けた場所にはどうやら川のほうに降りる道らしきものがあり、
水面にいくつか浮かぶ足場でもある水晶石を渡りつつ、ごうごうと流れ落ちる滝の麓にとたどりつく。
対岸には狭く切り立った細い道らしき場とその背後には水晶の森、ともいえる光景が広がっている。
「召喚:『箱舟』【Select1】
ほとんど滝の真下に位置している水晶の足場。
そこはちよっとした広い足場となっており、少々の人数がそこにたっても有り余るほどの広さを有している。
この川幅がかなり広い、というのを物語っている証拠といえば証拠ともいえる。
数メートルはあろうか、という横に連なるちょっとした流れ落ちる滝のカーテン。
その流れがティンの言葉とほぼ同時。
ザ・・・ザザザ……
ゆっくりと左右に分かれ始め、やがて完全にまるで二枚組のカーテンを開いたときのごとく、
奇麗に滝のカーテンは左右にハゼ割れる。
滝のカーテンの背後にみえるのは、薄明かりに照らし出されたぽっかりと開いている空間。
そこからゆっくりと滝のカーテンに守られているかのごとくに姿を現す【何か】の姿。
ゆっくりとでてきたそれは、薄紫と薄桃色に彩られており、その先端部分は多少彎曲し、
なめらかなる曲線を描きだしている。
強いて表現するならば、その姿は夜空に浮かぶ、三日月のごとく。
その中央部分に生えているよえにみえるそれらは、遠くからみれば巨大なハープとしか言いようがない。
それは銀色に輝いており、不思議な音ともいえない旋律を自然に鳴り響かせている。
水音とその音色が重なり合い、それに光が追従しさらに幻想的な光景をより強めていたりする。
一瞬、何が出てきたのかと思わず唖然とするものの、しかしその姿には覚えがある。
というかよく聞かされていた伝説上の乗り物の姿によく酷似しているのに気付き、
「…箱舟?…まさか…そんな……」
茫然と一人つぶやいているフェナスに対し、
「あの?これ…もしかして、伝説の神々の乗り物、ともいわれている箱舟…なんじゃぁ……」
どこか恐縮しつつも、問いかけてきているレニエル。
そんなレニエルに対し、
「そういえば、いつのまにか神々の乗り物、と認識されてたっけ。別にそうではないんだけど」
さらっと何でもないように言い放つティン。
実際、この乗り物は神々のために創りだしたわけでなく、だた移動に便利というのと、
あとゆっくりと遊覧するために遊び心を兼ねて創りだしてみたのだが。
いつのまにやら噂に尾びれがつき、そのような神話になっていたりする。
別に勘違いされていても問題はない、というので精霊王達もそのままほうっておいていたここ数千年。
結果、その噂はあるいみ神話の真実としてこの世界に定着していたりする。
「まあ、この【Select1】の乗り物は基本、水上を移動するためのものだし。
さて、と。じゃ、クレマティス。あとはよろしくね。私たちはあっちにひとまずいってくるから。
どうせあなたのことだから、【水晶宮】をほうっていたりするんでしょ?ここしばらく」
神獣たる竜族の聖地であり、神殿。
それはこのアロハド山脈のより一番高い位置にとある山脈の頂上に存在する聖なる地。
この【惑星上】において地上から繋がる位置において一番高い場所に位置する場所。
そこより、【天空殿】にと虹雲の道が伸びている。
【セレス】とはこの世界そのものの、というよりも惑星の名であり、
また天空の神殿は文字通り、惑星そのものの名をもっている。
【タイン】、とはすなわち、見守るもの、という意味を指し示す。
ゆえに世界を見守る存在の名が【セレスタイン】という名にて落ち着いた。
その結果、【世界神セレスタイン】、という名がこれより発生したのではあるが……
しかし、世界神の名が【セレスタイン】、と信じている存在達はその事実を知はずもなく。
そういう名の神が存在している、と信じてやまないのも事実。
ちなみに、太陽等を含んだ全ての星々を含んだ銀河がある世界、その一つのまとまり。
その【世界】を【ティンクセレクタ】と呼ぶ。
一般的には、太陽やほしぼし等を含んだ全ての世界の総称、ともいえるその言葉。
その名をしっているものもごくわずか。
「…うっ」
図星を差され、しばしその場にて硬直してしまうクレマティス。
さすがにごまかしは一切合財通用しない。
わかってはいるものの、きっぱらりといわれればおもわず硬直してしまうのは仕方がない。
「まあその事情については大体察しがつくから追求はしないけど。
とりあえず役目はきちんと果たしておいてね。さて、と。
フェナスさん、レニー。とりあえず【コレ】でこの洞窟を抜けますけど、何か質問がありますか?」
突如として話題を振られ、その場にておもわず固まるフェナス達。
何しろ目の前に伝説、ともいえる形状の船が存在しているのである。
これだけでも唖然とする理由は十分なのに、
何かいま、この目の前の少女はこの【聖船】にのって移動する。
みたいな言い回しをしなかったか?
いくら何でも気のせいだろう。
否、そう思いたい。
心より切実に。
「…あ、あの?どういう…?」
伝説級の聖なる神々の乗り物。
きょうび小さな子供とて、この乗り物の姿形は絵物語などでしっている。
また、これらの姿は様々な場所に象徴としても描かれている。
レニエルが育った船上にとてその絵姿を描いた絵画がまつられていたほど。
だからこそ恐る恐る問いかけるレニエルの気持ちは、
おそらく誰しも同じような状況になれば同じ思いを抱くであろう。
「歩いていけばそれなりに時間がかかりますけど。かるく一日以上はかかります。
ですけどこれを使えば一日もたたずにこの洞窟を抜けることができますし。
もともと、ここのコレはこの洞窟の遊覧のために創っ…もとい、あるんですし」
実際、この場のこの船はこの洞窟を遊覧するためにあえて創ってみた品。
ゆえにティンの説明は間違っていない。
もっとも、他者に説明するのにそれを説明するわけにはいかないのであわてて言い直す。
さらっといいきるティンとは対照的に、
何か、今、『つくった』とかいいかけませんでした!?
もしも、こちらの予測通りならば、目の前の少女は魔術師などではなく、
世界神の関係者、という可能性も。
その場にてどう反応していいのかわからずに戸惑いを隠しきれないフェナスとレニエル。
二人の脳裏に浮かぶはほぼ同じこと。
どうやら二人して同じような突っ込みを心の中でしていたらしい。
そんな二人の動揺をさくっと無視し、
「まあ、とりあえず。するべきことを先に済ましたほうが楽ですし。
時間をかけていくより、このほうがはるかに速いですしね。というわけで。
さ、それじゃ、いきましょうか。【封式解除、スティラ】」
何が、と、いうわけ、なのかはわからない。
フェナスとレニエルの返事を聞くよりも先に、自己完結したらしく、にこやかにほほ笑みつつ、
何やらすっと左手を掲げて船のほうにむけて言い放つティン。
刹那。
ぱうっ。
手を掲げたティンの腕につけられている色とりどりの色彩をもった石によってできたブレスレット。
そのブレスレットがほのかに淡く光り輝く。
光は淡く虹色の線を紡ぎ、目の前の船の一角にとむかってゆく。
虹色の光が船に突き当たるのとほぼ同時。
シュ…フィィッン…
ごうごうといまだに流れ落ちる滝の音が周囲からしているのにも関わらず、
薄い、それでいて何か優しく響き渡るような音が周囲に満ちあふれる。
虹色の光はその音と共鳴するかのようにゆっくりと光をましてゆき、
光の線はやがてゆっくりとその姿をかえてゆく。
ただの光の線、であったはずのそれらは段差ができはじめ、
驚愕しているフェナスとレニエルの目前においてやがて目の前に光の階段が出現する。
目の前で起こっている現象が信じられない。
光の階段、など、それこそ本当に神話にでもでてくるお伽噺の中でしかありえないもの。
しかし目の前にあるのはどうみても、そのお伽噺にでてくる光の階段、そのものにしかみえない。
目の前でおこっている現象があまりにも信じがたくその場にてただただ硬直するしかないフェナス達。
そんな二人に対し、
「さ、いきましょ。…って、フェナスさんもレニーも何、固まってるの?」
まだ【転送】でないぶん、だたの階段なのだから驚く部分はどこにもないであろうに。
ティンの基準とフェナス達の認識の基準。
その差は大きく果てしない。
もっとも、ティンからしてみれば森の民であり、輝ける王であるレニエルにはこれくらいの知識を教えているであろう。
そう判断しての問いかけなのだが。
しかし、レニエルは実質、いまだに【王】としての教育をまったくもって受けていない。
いまだ覚醒していない彼はそれゆえにフェナス達一族が彼に教えた知識しか持ち合わせていない。
覚醒すれば数多の知識がレニエルのものになるのだが、今はまだその時期ではない。
そんなティンの言葉にはっと我にと戻り、
「というか、なんなんですか!?ティンさん!?あなたはっ!!」
今までずっと心の中でおもっていた疑問。
それらがいっきに噴き出る形で思わず叫ぶフェナス。
そけはそうであろう。
水の精霊は敬意を示すわ、聖獣である彼らにとっては神の使いといっても等しい神獣。
その神獣ですらティンにはどうみても敬意を示している。
さらにいえば神々の乗り物、として伝承されている、
いたるところに伝えられている絵そのものといって過言でない【箱舟】。
その特徴的な姿を見間違えるはずもない。
だからこそ叫ばずにはいられない。
「?私は私。ティン・セレス、ですよ。名乗りましたよね?それより早くのってくださいね。
でないと船をだせませんから」
まったくもって説明になっていないティンの返答。
たしかに名前はきいている。
しかしその名前だけではその問いかけの返事になっていない。
しかしそう思うのはフェナスとレニエルのみ。
ティン・セレスという名の意味を完全に理解していれば、
ティンが正確なことをいっている。
とすぐに理解したであろう。
【ティン】、それは【創りし存在】、もしくは【創造せし存在】といった意味を指し示す。
つまり、【ティン・セレス】名に隠された本来の意味。
それは【世界をつくりし存在】という意味に他ならない。
ゆえにティンは嘘はいっていない。
その名をもって真実を述べているのだから……
「クレマティス。この内部に生息している魔獣達の始末はあなたにまかせるからね」
ざっと検索してみたところ、どうやらこの洞窟内部にもかなり魔獣が発生しているらしい。
それらは全て、反対側。
すなわち、エレスタド王国領土より侵入してきているらしい。
つまり、裏をかえせば王国領土内はそれほどまでに魔獣があふれているということなのだろう。
なぜかティンからしてみればいまだに動かないフェナスとレニエルを不思議におもいつつ、
今出現させた光の階段にと足をかけつつその場にいるクレマティスにとひとまず言付けるティン。
「かしこまりました。あなた様にこういうのは無意味とはおもいますが、お気をつけて」
ティンの言葉をうけ、その場にてうやうやしくお辞儀をし、
光の階段に足をかけるティンにと語りかけるクレマティス。
そんな彼の行動もまた、フェナス達の混乱ぶりを余計に加速させる結果になっていたりするのだが。
神の使い、ともいわれている神獣にすら頭をさげられる【ティン・セレス】。
どう考えても絶対に普通の魔術師などではありえない。
しかし、ティンが魔術師、といったことは一度たりとてない。
それは勝手にフェナス達が勘違いしてそうだ、と思い込んでいるだけのこと。
そもそも、ティンは一度も、自分が魔術師だとも、魔道士だともいっていない。
たしかに聞かれたときにそれにたいしての問いかけは【否】と答えている。
似たような存在ではあるけど、少し違う。
初対面のとき、たしかにフェナス達にはそのようにティンは説明している。
ティンが光の階段に足をかけてゆくと同時、
~♪
周囲に響き渡る澄み切った音色。
それはこの周囲に満ちている水音よりもはるかにすみきり辺りに響き渡る。
光の階段を一歩踏みしめるごとに様々な音色を醸し出す。
やがて、完全に階段をのぼりきり、
「二人とも、のぼってきてくださいね?動かないのならこっちから風でむりにでものせますよ?」
にこやかにさらっと見下ろす形でフェナスとレニエルに対して話しかけるティン。
そんなティンの台詞をきき、横にていまだに固まっている二人に対し、
「…あ、あの?ティンク様との御関係はよくわかりせんけど……
とりあえず、素直に従っておいたほうがいいですよ?
あの方はやる、といったら本当にやりますっ!」
最後の言葉にかなり力をこめてきっぱりといいきり、
「…あ、あと、どうもあなた方の反応をみるかぎり、あの御方がどなたなのかわかっておられないようですが。
…まあ、何です。何をみてもティンク様だから、で済ましておいたほうが無難です」
彼らの反応をみるかぎり、絶対に正体を話していないのは明らか。
まあ、話していたら話していたで大騒ぎ、もしくは恐縮しまくるのがめにみえているからだろうか。
しかし、無知なるものが彼女の力を目の当たりにしたときどのような行動にでるかわからない。
心のどこかで多少なりとも覚悟がなければ心を壊す結果にもつながりかねない。
それゆえに彼らを思いやっての精いっぱいの忠告を紡ぐクレマティス。
「あ…あの?それはいったい……」
戸惑うフェナスが問いかけるよりも先に、
「…仕方ありませんね~。じゃ、こっちからいきますよ~?【舞風】!」
パチン♪
軽く右手の親指と人差し指を鳴らしたその刹那。
「「…って、んきゃぁぁぁっ!?」」
突如としてフェナスとレニエルの周囲に風が纏い、それらはまたたくまにちょっとした竜巻にと変化する。
そのままその風の竜巻に巻かれて浮き上がるそんな二人をみつつ、
「…ですからいったのに……」
どこか悟りきった表情でぽそっとつぶやくクレマティス。
二人は竜巻に巻き込まれる形でふわり、と浮かびあがり、そのまま風とともに船の上にと運ばれる。
二人がそのままぽてっと風に呑みこまれる形で甲板に落ちて…否、乗り込んできたのを確認し、
「さて。と。あとはこの二人を【艦橋】のほうに移動させて…と」
この箱舟の【艦橋】はこの甲板の中心、
さらにいえばハープの弦のように視えているその中心に位置している。
遠目からみれば、弦楽器であるハープそのものをささえる柱というか土台のようにも見えなくはない。
実際、弦のようにみえるそれからは常に様々な音色がでており、
弦楽器、という表現もあるいみ間違ってはいない。
そのまま二人が目をまわしていることには気にもとめず、
ふわふわと二人をそのまま浮かび上がらせ、そちらのほうにまで移動させるティン。
ティンもまたそんな彼らを引っ張るようにふわっと浮かびあがりその位置にまで飛び上がる。
そこは周囲を見渡せるちょっとした空間を設けた見張り台のようになっており、
中心に小さな台座のようなものがみてとれる。
その台座に手をかざすとほぼ同時。
キィィッン…
済んだ音とともに、何もなかったはずの床からいくつかの椅子と机。
そしてまた台座を中心として別の台座が浮かび上がり、
その中心にはちょっとした大きめの水晶玉が出現する。
片手でもちきれないが両手では持てる、それくらいの大きさの水晶。
「よし。舵も万全…っと。あれ?なんで二人とも気絶してるのかしら?…ま、いっか」
ふとみれば、ここに浮かび上がらせたフェナスもレニエルもなぜか目を回して気絶しているのが見て取れる。
まあ、面倒だし。
そう思い、そちらに近づくことなく、かるくふたたぴパチン、と指を鳴らすティン。
それと同時。
二人の体は水の膜のようなものに包まれ、そのままふわふわと浮かびあがり、
先ほど出現した椅子の上にと移動してゆく。
その間、常にティンの腕につけられているブレスレットが淡い光を放っていたりするのだが。
この場にいるのはティンのみであるがゆえにその事実に気付いたものは誰もいない。
そもそも、フェナスもレニエルも気絶しているのでそのことには気づかない。
そのまま二人を椅子の上に安全装置をかねて水のベルトにて固定した後、
「さてと。じゃ、後はまかせたからね。クレマティス」
「は!」
ひらひらと手をふるそんなティンに対し、いつのまにか浮かんでいたらしく、
そんなティンの真横にあたる空中に浮かんでいるクレマティスが方手を旨につけて敬礼する。
「じゃ、いってみますか!出発進行~♪」
いまだに二人が目覚めないものの、いいつつ、台座の上にある水晶にかるく手をかざすティン。
刹那。
水晶が淡く輝きを増し、その輝きは船全体にと及んでいき、
ふわり。
とかるく船全体が浮かび上がったとおもうとほぼ同時。
やがて船体そのものがゆっくりと浮かんでいる川もどきの上をすべりだす。
この水晶そのものがこの船全体を管理している装置であり、
ゆえに船の舵などこれ一つで操作が可能。
この構造はどの箱舟にも共通している。
静かに進んでゆく遊覧箱舟の姿を見送りつつ、
「さて…我もまた忙しくなるな……」
そもそも、ティンクこと創造神が降臨するなど数百年ぶり、といって過言でない。
以前は声だけではあったが、実際にこの地におりたったのは数千年ぶりのような気がする。
あまりに永き年月をいきているがゆえにそれがいつのころだったのかよく覚えてはいない。
しかし、彼女が降臨してきている、というのは紛れもない事実。
「…さて、他のものにもこの旨を連絡しておかないと…な」
彼女が行動することにより、様々なことが起こりうるであろう。
しかし、彼女のことを知らない下級の存在も多々といる。
それで何かしらのことで彼女の不快をかうわけにはいかない。
少なくとも、何があっても対処できるように構えておく必要性はあるであろう。
そうつぶやきつつも、その姿は瞬く間に光につつまれ、
やがて光の粒子ともいえる形式をとり、そのままその形も人のそれから竜のそれにと変化し、
光の竜、となったクレマティスの姿は洞窟の天井にむかって昇りだす。
物質形態をとっていないクレマティスのその姿はやがて壁にと吸い込まれ、
後にのこるは光の残像、のみ。
ジェットコースター♪
ふとそんな言葉が脳裏をよぎる。
「…ま、これ某テーマパークのアトラクションを元にしたし……」
脳裏を横切ったとある言葉を反復しつつ、ぽそっとつぶやくティン。
おそらくこの場にいる誰もティンの言葉の意味を理解できないであろう。
「って、何何!?何これぇぇ!?」
「って、えええええ!?」
突如として体に感じる冷たい風。
それとともに飛び散ってくる冷たい水滴。
ふと気がつくと体の自由があまりきかない。
ゆえにおもわず混乱し叫ぶフェナスとレニエル。
「あ、二人とも、きづきました?とりあえず問題ないようならベルトを取り外しますけど。
こことりあえず甲板よりは高い位置にありますから気をつけてくださいね。
まあ、目の前のハープに登ったりしてみてもいいですけど」
そんな二人の背後よりのんびりと話しかけているティン。
ちょうど船は急降下、といっても過言でない川の流れを下っており、
あるいみ絶叫マシン、といっても過言でないスピードをかもしだしている。
そんな中、のんびりと説明するティンの言葉は当然、二人の耳に聞こえるはずなく…
「んきゃぁぁぁ!?」
「ええええええええええ!?」
何が何だかわからない。
わかるのは体に感じる突き刺すような風と、両脇、そして前方より降りかかる水。
さらには目前に差し迫る天上部分より突起しているのであろう。
金色にみえる突起したまるでつららのような何かや、水晶の原石らしき突起物。
それらが目前に差し迫ってくる光景。
…いきなり目がさめて、そんな状況になっていれば誰しも驚きのほうが先にくる。
これですぐさま自分の置かれている状況を理解できたほうがすごいといえよう。
よくよく注意してみてみれば、自分達は先ほど出現した【箱舟】にのっており、
さらにはその船は洞窟内部を流れていたあの川を進んでいる。
というのがわかるであろうが。
さすがにこの状況で二人の思考はそこまで働かない。
「もうしばらく急降下は続きますからね~」
そんな二人とは対照的にのんびりとそんなことをいいつつ、
水晶にと手をあて、上手に船を操っているティン。
この川は常に舵をとっていなければまちがいなく対岸にと船がつきあたる。
まあこの船全体が光の粒子によるシールドに覆われているので壊れることは絶対ないが、
それでも衝撃はつたわってくる。
川もまたいくつもの奔流に別れており、目的の場所に向かう流れを確実に捉え、
上手に船尾を操るティン。
「「わきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
…しばし、フェナスとレニエルによる絶叫ともいえる悲鳴が洞窟内部に響き渡ってゆく……
帆の変わりともいえるものがこの船にとってはハープにあたる。
巨大な三つのハープは動くたびに奇麗な音色を奏で、その音色は洞窟内に静かに響き渡る。
大、中、小の大きさをもつ帆変わりのハープはそれぞれに繰り出す音程が異なり、
動くたびにちょっとした音楽が鳴り響く。
「…う…うわ~……」
しばし放心状態であったレニエルがようやく船の揺れが安定したのをうけて、
息を整えつつふと周囲を見渡し思わず感嘆した声をあげる。
きらきらと色とりどり、ともいえる水晶の原石が天上、そして地面より突起しており、
さらには様々な形をした鍾乳石がところせまし、とそれらと重なるようにみてとれる。
さらにこのあたり一帯の洞窟全体において光りゴケが常に光輝いており、
その輝きが淡く光を放ち、水晶と鍾乳石。
それらが呼応するかのごとくに洞窟全体が柔らかな幻想的な空間に包まれている。
その光景をみて思わず声をあげ先ほどまで座っていた椅子から腰をあげるレニエルに対し、
「こ…これは……」
フェナスもまたゆっくりと口を唖然、とあけつつも椅子から立ち上がる。
彼らの体を固定していた水のベルトは彼らが立ち上がると同時に解除され、
そのまま椅子の中に吸い込まれるようにと消えてゆく。
先ほどまでの揺れは今は感じない。
むしろゆったりした流れに沿い進んでいるのがわかる。
よくよく目をこらせば船が進んでいる洞窟内の地下水脈であるこの場以外。
すなわち、様々な水晶や鍾乳石が垣間見えているその場に黒い何かがうごめいているのが見て取れる。
それらは王国側より入り込んできている魔獣なれど、この場に彼らが主食とするものはまずおらず、
ゆえにそれらはこのあたりに数多と生えている水晶をがりがりと削っては喰らっているのがみてとれる。
しかし、船から発せられる音楽が鳴り響くとともに、ぴくり、とそれらの体が反応し、
まるで何かにおびえるかのごとくに川の傍より離れてゆく。
「あ、あの?ティンさん?これは……」
ようやくここにきてはっと我にと戻り、水晶らしきものに手をおいているティンに気づきといかけるフェナス。
いきなり竜巻のように呑みこまれ、船に乗せられたかとおもうと、
さらには滝のような急斜面を下っていった。
それはどうにか覚えている。
どうやら多少なりとも意識が飛んでいたらしい。
ふと気付けばいつのまにか船は穏やかな進み方をしており、
周囲にみえる光景もはっきりいってこの世のものとはおもえないほどに幻想的なもの。
「あ。ようやく気がつきました?ここはもう、例の洞窟の中、ですよ。
この地下水脈をたどっていけば山脈の向こう側につきます。
普通にあっちを通ってもたどり着けますけど、距離が距離ですからね」
いいつつも、洞窟の床らしき方向を視線で指し示すティン。
よくよくみればどうやら地下水脈は今進んでいる場所だけではないらしく、
少し離れた場所にも同じような水脈が流れているのがみてとれる。
今フェナス達がいるのは、船の中でもちょっとした高い位置。
ゆえに、いくら水脈が大地より低い位置にながれている、とはいえ彼女達がいる位置は、
基本、その足場となる地面より高い場所。
つまり、高い位置より洞窟全体を見下ろせる位置にいる、といっても過言でない。
高い、といっても完全に高い、というわけでなく。
天上より伸びているつらら型の鍾乳石などが時折あたりそうになるていど。
建物でいうなれば、ちょうど二階と三階の中間地点より大地を見降ろしている感覚。
アロハド山脈はその高さもさることながらその幅も果てしない。
幾重にも重なった山脈の連なりであることから、いくら地下をぬけるとはいえ距離もまた半端ない。
馬車などといったこの世界の一般的な乗り物で移動するにしても軽く三日以上はかかる。
しかし、こういった洞窟内部においてそういう乗り物は使用できない。
使用するとするならば、小さな翼竜、くらいであろう。
その翼竜も戦闘能力、というものはほぼ皆無であることから、
今この洞窟に入り込んできている水晶を喰らうような魔獣に太刀打ちできる術はない。
空を飛ぶ魔獣もいる。
それでもそういった魔獣がこの船によってこないのは、
船が魔よけの音楽を奏でているからに他ならない。
「…こんな場所があの山脈の下にあったんですね……」
聖なる山。
もしくは死の山、としてあがめ畏れられているアロハド山脈。
その地下にこのような幻想的、ともよべる空間が広がっているなど一体だれが想像したであろうか。
先ほどまでのティンに対する疑念も全て忘れ去ってしまうほどの神秘的な空間。
幻想的でかつ神秘的な空間が今現在、フェナス達の前にと広がっている。
「ゆったりとした流れはあと数十分続きますし。
それまで景色を堪能してくださいね。私は舵とりなどがありますから」
「その水晶で舵をとっているのですか?」
いわれてふときづく。
ティンが手をおいている水晶は淡い光を放っており、呼応するかのように、
ティンの左腕につけられているブレスレットらしきものもまた淡く光っているのがみてとれる。
「そうですよ。まあ自動操縦にしてもいいんですけど。それだとちょっと心もとないですしね」
一応、自動操縦機能、というものももたせてはいる。
しかし、魔獣などによる破壊活動により地下水脈の川の流れも多少異なっている。
やはりここは確実に舵をとったほうが危険も少ない。
「…水晶の舵……」
それだけでこの【船】が普通と異なる、というのがわかる。
聞きたいことは山とある。
しかし、舵をとっている今のティンにいろいろ質問するわけにはいかないであろう。
先ほどから視界にうつるのは、川の中よりも突起物が多々とでており、
それらを上手にティンがよけて操縦しているのが見て取れる。
「とりあえず、こんな機会はあまりないでしょうから。
しっかりと景色を楽しんでくださいね」
元々、ここはいずれは観光の目玉にしよう、とおもっている場所でもある。
ゆえに第三者の意見は多ければ多いほどよい。
二人の反応次第によっては多少手を加えることも必要であろう。
そんなことを思いつつも、にこやかにフェナスに対しいいきるティン。
確かにティンの言うとおり。
詮索などはいつでもできる。
今は何よりもこの景色を堪能するより自分達にできることはどう考えてもない。
景色と船の構造。
船の構造を少しばかり視るだけでも自分達の海賊船の性質が向上するかもしれない。
頭上より響いてくる音色はまちがいなく魔よけのそれに違いない。
ここちよい、それでいてかつてはよく聞こえていた『自然界』からの音色。
精霊王達が幽閉されて以後、まったく聞かれなくなっていた音色。
とりあえず、今はただ、この風景を堪能しつつ、
またこの船の構造をより目にやきつけよう。
そう心にきめ、ティンの邪魔にならないようにしばしその場を離れるフェナス。
一方。
「うわ~。すごいっ!」
甲板の端まで出向き、身を乗り出すようにして周囲を見渡しているレニエル。
彼にとって自分が育った船上以外の光景をみるのはこれがほぼ初めて、といっても過言でない
三者三様。
様々思うことは様々なれど、船は静かに地下水脈をゆっくりと進んでゆく――
ドドド……
どれくらいの時間が経過したのか。
ゆっくりとであった船のスピードがだんだん上がってきているのが感じられる。
それと同時に何やら不安がよぎるような大きな水の音すら聞こえてくるのは気のせいか。
「…ねえ。フェナス?この水音…何だとおもう?」
「き、きっと別の水脈の音、ですよ」
レニエルの問いに答えるものの、一瞬フェナスの脳裏に浮かぶのはこの水脈の出口のこと。
まさか、まさかとはおもうが、山脈の最中より湧き出る滝…とはいわないわよね?
山脈の遥か上空から水が流れ落ちてきている、というのはこの世界の存在にとっては常識中の常識。
しかし、この水脈がそこに続いている、とは断じて違う、といいたい。
切実に。
そんな二人の思いを知ってか知らずか、
「あ。そうそう。いい忘れてましたけど。
この水脈からでるとき、数百メートル上空から滝にのって降りることになりますので♪」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
ドドドドドド……
にこやかにさらっというティンの言葉を肯定するかのごとく、どんどん水音が大きくなってくる。
一瞬、ティンの言葉の意味を計りかね、そして。
『ええええええええええええええええええええええええ!?』
…本日、何度目かわからないフェナスとレニエルの叫びが再び響き渡ってゆくのであった……
遥か見上げるかなたより流れ落ちてくる様はまさに圧倒的というより他にない。
しかし、それは傍からみている場合において、そのように言えるわけであり……
「んきぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!」
「うえええっっっっっっ!?」
何ともいえない言葉になっていない叫びが聞こえているものの、
それらの声は周囲の水音に物の見事にかき消される。
ポロロン、ポロ、ポッン……
彼らの叫びとは裏腹に澄み切った音色が水音とともに響いているが、
その音色は周囲の大気にとけこむかのように水滴となって地表へと降り注ぐ。
地表数百メートルの上空より一気に大地に降り注ぐ水の奔流。
轟音ともいえる滝の音が周囲の音全てをかき消している。
しかし、三人が乗っている【箱舟】は水の流れに完全に沿っているわけではない。
ふわふわと多少なりとも浮力を伴い、ある程度水の流れに逆らいつつも落下している。
ゆえに船にかかる重力は普通に落下するよりもかなり軽減しており、
感覚的にはちょっとした急降下における衝撃をうけている程度でしかない。
しかしその事実を知っていればさほど混乱しないであろうが、フェナス達はその事実を知らない。
ゆえに、突如として視界が開けたその先にみえたのは、
眼下にみえている雲と、そして大地すら見えない落下している滝の流れ。
そしてさらにいうならばその滝の流れに自分達ののっている船もまた沿っている。
それらが指し示すこと、すなわち。
自分達ののっている船ごとこの滝を落下する、という事実を瞬時に理解し、
何ともいえない叫びが二人の口より発せられる。
二人の口より叫びが発生するのとほぼ同時、船はゆっくりと滝にと差しかかり、
そのまま地表へむけて急降下。
当然のことながら船全体に特殊結界が施していることもあり、
乗客に負担がかかるほどの衝撃はかからないようになっている。
高度と流れによる速度からしても、落下するまでの時間はごくわずか。
ちなみにこの早さは船全体の制御を変化させることにより決めることが可能。
すなわち、ゆっくりと落下を楽しむ場合はスピードをより遅くすることも可能となる。
水晶そのものが舵であり、また制御装置でもあるがゆえに、水晶一つでどのような操作も可能となっている。
ゆえに、この【箱舟】は【遊覧船】としても十分に利用可能。
異なるのは他の【箱舟】とは異なり、普通に空を飛んで移動などが出来ないという事実がある。
大地、もしくは着水している場より少しばかり浮くことは可能なれど、
普通の大気中のみに浮くことはまずできない。
しかし、【Select1】によって召喚される箱舟がそのような形式であるだけで、
他の【Select・NO】にて召喚した箱舟は、
空中を飛ぶことができるものから、宇宙空間をも移動できるものまで存在している。
あくまでもこの【Select1】によって召喚される【箱舟】は遊覧船用に創られており、
長時間利用するような仕様にはなっていない。
同じ箱舟、といってもその用途に伴い仕様は異なっている。
もっとも、そのことを知るものは精霊王、もしくは竜王といった世界を任されている存在達のみ。
なぜか放心状態になっているレニエルとフェナスをひとまず下ろし、
…もっとも、話しかけても反応がないので仕方なしに再び風を纏わせ船より降ろさせたティン。
「召喚。解除」
ゆらっ。
ティンが箱舟の召喚を解除するのと同時、箱舟の周囲の空間がゆらり、と揺らぎ、
次の瞬間、川の上に浮かんでいた【箱舟】はそのまま虚空の中へと溶け消える。
正確にいうなれば、元あった場所にと空間を移動し戻ってゆく。
召喚の解除、すなわち元のあるべき位置に戻す必要性がある場合、
解除により自然と空間そのものが彎曲し、離れた場所同士が繋がる仕組みとなっている。
無事に滝を下り終え、その先に流れる川にとたどり着いているティン達一行。
滝を下る途中でなぜかフェナスとレニエルが放心状態になってしまい、
きちんと地上に着水したのちも正気を失ったままま放心状態が続いている。
船が完全に元の場所に戻ったのを確認したのち、
「さて…と。【冷水】」
いまだに放心状態のままでその場に転がっている二人をみつつ、
ため息と同時に軽く手をかざし、一言つぶやくティン。
と。
ぽっ。
ティンの前にて転がっている二人の頭上にちょっとした大きさの水の球体が出現する。
すっとティンが手をかるく下げるのと同時。
パシュッ。
ティンの手の動きに合わせ球体はそのまま空中より地上へとおりてゆき、
その場にころがっているフェナスとレニエルの体それぞれを包み込む。
水に取り込まれるときに何やら小さな音がしていたりもするが、
それは少し離れた位置より聞こえてくる滝の音にかき消されていたりする。
「「…んきゃぁぁっ!?」」
いきなり、といえばいきなり体に冷水を浴びた形となり、思わず叫びはっと我にともどるフェナス達。
さもあらん。
何しろ今、ティンが行ったのは氷水よりも冷たい水を形成し、
その水の中に二人を放り込んだ、といっても過言でない。
いきなり冷たい水の中に放り込まれて、意識を取り戻さない輩がいるはずもなく。
…もっとも、彼らだからこそ無事なわけであり、他の種族、
特に人間などにこれを行えば逆に心臓発作などをも誘発しかねない行為ではあるのだが……
「あ、やっと気づきました?あの程度で気絶って…まだまだ修業がたりませんね」
いいつつも、パチン、と軽く指を鳴らすと同時。
バシャっ。
フェナスとレニエルの体を包んでいた水の球体がそのままその場にはじけ飛ぶ。
さすがにいきなり冷たい水の中に放り込まれたがゆえに、意識はしっかりと戻っているらしく、
「って、いきなり何をするんですかっ!普通の人なら死んでますよっ!」
思わず抗議の声をあげるフェナスはおそらく間違ってはいないであろう。
絶対に。
「…はっ!?ぼ、僕は…って、あれ?いつのまに…って、ここ死の国?」
抗議の声をあげているフェナスとは対照的に、何やら自分が生きていることが信じられないのか、
茫然とそんなことをつぶやいているレニエル。
「冷や水をかぶせたほうがてっとり早いでしょ?
まさかあの程度で気絶するとは私もおもってませんでしたし。
あ、あとここは死の国ではないですよ?レニー。もうここは帝国領土内です。
山脈のふもとに広がる迷いの森の傍、です」
ティン達の横には並々と山脈より湧き出ている滝水によって出来た川が流れており、
その流れをそっていけばいずれは海へと繋がっている。
このあたりは水が豊富、ということもあり、また山脈のふもと、という理由もあり、
鬱蒼とした木々が生い茂っているのが見て取れる。
かつて火山が噴火したときにできた溶岩の上に木々が茂ったものであり、
この地においては通常普及している方位磁石なるものもまったくもって通用しない。
常にこのあたりには磁場が満ちており、ゆえに方向感覚が狂うものも数知れず。
もっとも、わざわざそういった道具を使わずとも方向をしる術は自然の中に確実に存在する。
「…え?帝国内の…迷いの…森?」
その言葉をきき、思わず聞き間違いかとおもいといかえすフェナス。
かの地で迷ったものは二度と生きてはもどれない、と人間達の中ではよくいわれている。
ちなみに獣達の間でもそのようなことが伝えられているらしい。
迷いの森の中には多々と魔獣が存在し、さらに迷った生き物の魂すら悪鬼になってしまう可能性が高い。
悪鬼、とはいわゆる生き物の魂がその負の心をもってして生きているものを自らと同じ立場。
すなわち、死者へと引き込もうとする輩の総称。
ティン達いわく、【悪霊】とも呼んでいるそれらは、力がつよければ強いほど、
誰の目にも視える存在としてそこいらに存在している。
そして目的ともいえる【聖殿】もまたそんな【迷いの森】の中にある、ともっぱらの噂。
一般的に【聖殿】として公表されている仮初めの施設ではなく、本当の意味での聖なる場。
逆をいえば幽閉の間、ともいうべきか。
「とりあえず、聖殿を封じている五か所の結界。それをまず解除しないと。
私だけならそのまま結界内部にもはいれますけど、フェナスさん達は入れませんしね。あれは」
ティンにはどのような結界も通用しない。
むしろ全てが無効化される。
しかし、この世界に産まれて存在しているフェナスとレニエルについてはそれらの結界は正常に作用する。
かといって、一つ一つ結界を解いていけば相手側に気づかれる可能性は高い。
下手をすれば今捕えられている存在達の存続すら危うい。
「…まあ、聖殿にいってから解除、でも遅くはない…か」
戸惑いを隠しきれないフェナスとは裏腹にぽそり、とつぶやき、そのまますっと左手を前にだす。
「構造解析」
ティンがつぶやいたその刹那。
ぽうっ。
ティンの手の上にくるくると回る球体のようなものが出現する。
その球体の中には五つの点をもつ星とその中心に点らしきものがみてとれる。
「逆五紡星による結界か~。というかこの程度のもの、その気になればさくっと解除可能でしょうに」
それは本音。
というか彼らの力をもってすればこの程度の結界はものともしないはずなのに。
捕えられている存在達の命を優先した結果、唯々諾々と捕えられているこの在り様。
点を線として逆五紡星の形を形作っているその光は黒く光を放っており、
その光は何だかみているものを不快にさせるような感覚を伴っている。
その球体の上部にこれまた光の矢印のようなものが突起物のごとくについており、
それがとある方向を指し示しているのがみてとれる。
「さてと。聖殿の位置はこっちか…?二人とも、どうかした?」
ふと気付けば二人して唖然としてティンをみている様子が視界にはいる。
ゆえに首を多少かしげてといかけるティンに対し、
「どうか…って、それ、何ですか!?」
何もない空間から突如としてティンの手の平の上に出現した…
今ではティンの目前をくるくると何もせずとも廻りつつ浮かんでいる球体をみて思わず叫ぶフェナス。
どうもここしばらく叫んでばかりのような気がするのはおそらくフェナスの気のせいではないであろう。
しかし叫ばずにはいられない現象が続いているのだからそれはそれで仕方がないといえる。
「新たに手が加わった場所を解析してそれらを形に表しただけだけど?」
ティンが始めから【知りえる】ものは限られている。
世界は常に様々な手が加わり変化している。
特に構造物などに関しては日々変わっているといっても過言でない。
変わらないのは世界の仕組みとそのありよう。
「【霊力の流れ】を感知しつつ進んでもいいけど、これで示したほうが間違いないですしね」
実際、このあたりには不自然なまでの力の流れが感じ取れる。
それはこの【世界】に反する力の流れ。
ティンだからこそそれらがわかるわけであり、普通はその流れの違和感など感じ取れるはずもない。
さらっと言い切るティンの言葉にどこからどう突っ込んでいいのかわからないフェナス。
さきほどの【箱舟】のことといい、先日の【精霊】、さらには【神獣】のことといい。
目の前の少女についてはわからないことだらけ。
それでもなぜかはわからないが、彼女が悪意あるものではない、というのは断言できる。
逆をいえばなぜかわからないが出会ったときよりどこか懐かしい感じを抱いているのもまた事実。
その懐かしい感じはフェナスよりもレニエルのほうが強く感じており、
ゆえにレニエルはどちらかといえばティンのすることに対してなぜか違和感を抱くことなく受け入れていたりする。
「【霊力】の流れ…って……」
先ほどきいた、神獣、クレマティスと名乗っていたかの存在の言葉が脳裏をよぎる。
『何があっても驚かないように』
たしかそのようなことをいっていた。
かの崇高なるものが敬いの言葉をつかっていたことも気にかかる。
まちがいなく、目の前のティンは普通の魔術師、もしくは魔道士などではない。
しかし、ならば魔術師以外にさらっと高度な術を使いこなせるものがいるのか?
そう自分に問いかけてみるものの、答えは否。
世界と繋がりをもつ精霊の加護をうけ、
さらには契約を履行しなければ【世界の力】ともいえる【術】は使えない。
それはこの世界における常識中の常識。
「あの?その球体に浮かんでいる星の光とその上の矢印のようなものは?」
戸惑いの声をあげているフェナスとは対照的に、ふよふよと浮かんでいる球体に興味があるらしく、
首をかしげつつもそれでいて目をきらきらさせつつ問いかけるレニエル。
世の中、様々自分の知らない事が多々とある。
【船】よりほとんど出たことがなかったがゆえに、
この短期間で様々なものを見聞きしているレニエルとすれば、
何もかもが新鮮でそれゆえに興味をひかれる。
ふわふわと手も添えずに浮かんでいるちょっとした大きさの球体。
それの中心に浮かんでいるのは黒き点を拠点とした黒き光の線にて繋がった星の形。
そしてその星の中心にこれまた鈍く光り輝く点のようなものがみてとれる。
「これはこの地における精霊達を捕らえている結界の位置を指し示しているもの。
この中心が目的地の聖殿の位置ね。
それでもってこの矢印が指し示す方向が聖殿のある方向よ」
何やらさらっとこれまたとてつもない内容。
かなり重要なことをさらり、と目の前の少女はいっていないであろうか。
ゆえにその説明をききさらに頭をかかえざるをえないフェナス。
聖殿の位置や結界の拠点となっている【場】を示す【魔道具】など聞いたこともない。
そもそもそんなものがあればとっくに精霊王達は幽閉から解放されている。
すくなくともどこに捕えられているかがわからないがゆえに各国も動けないでいるのだから。
そんな便利な品があればこっそりと間者にでもその品をもたせ、
それぞれの国が協力し精霊王達をたすけだしていても不思議ではない。
「すご~い!そんな品物があるんですか!?話しにきく魔道具ってやつですか!?」
魔道具、とは精霊の加護をうけ世界の力の一部を行使できる、といわれている特殊な品のこと。
話しにはきいたことはあるが実際に目の当たりにするのは初めて。
ゆえにきらきらと目を輝かせて問いかけるレニエル。
この場でこの異常性に気づいているのはまちがいなくフェナスのみ。
「ん~。私からすればこういった品は当たり前のものなんだけどね~」
事実、ティンからしてみればこのような品は差して珍しいものではない。
もっとも、この世界においてこのような特定の場所を指し示す道具はいまだに開発されていない。
「いや、当たり前って……」
さらっとさらにいいきるティンの言葉にさらに絶句するより他にないフェナス。
目の前の少女はどうみても人のそれ。
もしも伝説にある神の使いならばその背に光の羽がついているはず。
しかし、しかしである、もしも本当に神の使い、ならば容姿を変えるくらい簡単なのでは?
そう。
自分達が本体である【体】から今の体に変化させているように。
「とりあえず。この矢印が示す先に目的の場所があるわけですけど。
フェナスさん達はどうします?聖殿に私は用事がありますけど。
フェナスさん達は聖殿より他の結界地点に用事があるのでは?」
彼らの仲間が主に捉えられているのは結界の拠点ともなっている五か所の地点。
さらっというティンの言葉に思わず目を見開くフェナス。
自分達の目的は一度もティンに話したことはない。
彼らの仲間が捕まっていることも話してなどはいない。
もっとも、森の民がかの【帝国】に捕えられている、という話しは有名なので知っていても不思議ではない。
ないがその民がどこに連れていかれているのか知っているものはまずいない。
フェナス達とて永き年月の果てにようやく仲間が捕えられている箇所をしったばかり。
それも幾人もの犠牲を得て判明した事実。
それをさらっと始めから知っているように言われれば、
今まで自分達が知られないように気をつけていたのが馬鹿らしくなってしまう。
裏を返せば始めからティンは全てを知っており、ゆえに二人の同行を許した、とも考えられる。
「…いや。私たちも聖殿のほうにいこうとおもう。どちらにしてもそれ以外に方法はないとおもいますし」
確かに捕えられている同胞のことは気にかかる。
だがしかし、一か所に出向きその場にいる仲間を救出できたとしても、
その他の場所にいる仲間の安否はわからない。
下手をすれば拠点となっている施設にいったばかりに他の施設にいる仲間に危険が及ぶ可能性も。
たしかに仲間をたすけだすのはフェナス達一族、森の民の悲願ではある。
だがしかしそれ以上の悲願は、聖殿に捕えられている精霊王を解放すること。
そのためにこの数百年、森の民の種族は様々な手段をもちい行方を追っていた。
…その過程で森の民が相手の捕獲対象になってしまったのは予想外ではあったが……
「そうですか?まあ、いいですけど。ですけどここから先は覚悟しておいてくださいね?
聖殿にむかうにつれて【霊力の流れ】が狂っているのでそれなりに強い魔獣なども多発してるでしょうし」
世界における力の流れが狂っている。
ゆえに結界内部においては様々な【理】からはみ出た生き物が誕生しているらしい。
無理やりに他の【命】を利用し流れを歪め、この結界を創りだしているかの国。
その報いは必ず自らの身に降りかかる、というのに力のみを求めた人々はそのことには気づかない。
そもそも、魔獣は本来自然界において昇華しきれなかった力が結晶化し実体化した存在といって過言でない。
自然界の浄化能力そのものが狂っている場所においては当然のことながら歪みと淀みはたまってゆく。
結果として【迷いの森】は別名、【死の森】とすらいわれるほどに【死】の力が充満している。
森における精霊達もまたすでにその【霊力】を穢され、ほぼ力をふるえない。
逆に【歪み】の力に翻弄される駒と成り果てている木々も多々とある。
本来ならば同じ【種族】に位置するフェナス達【森の民】と大地に在る【植物】は相性がよく、
逆に力を借りることすらできる間柄。
しかし、かの【森】の中ではそんな世界の常識すら通用しない。
ティンの言い分もわかる。
何よりかの森の危険性はフェナスとて仲間が命がけで伝えてきた念波で十分に理解しているつもりである。
「わかりました。…しかし、何も準備しなくても大丈夫なのですか?」
何かですます口調になってしまうのは仕方がない。
ティンがもしかしたら【神の使い】かもしれない、という疑念を持ってしまった以上、
今までのように普通に接することなどフェナスとしてはできはしない。
何より【神】はフェナス達一族にとってはいわゆる【母】のようなもの。
自分達をはぐくむ大地が【母】ならばそれらを生みだした【神】はさらなる【大いなる母】であろう。
「?」
いきなりのフェナスの口調の変化に首をかしげるレニエルをみつつ、
「ま、下手に固くなられても面倒なんだけどね~。こちらとしては。
とりあえず、まあ向かいくる輩は浄化…もとい排除してゆきますけど。
きついようならいってくださいね?」
自分の正体に何となく予測がついてきたのか口調を改めているフェナスをみて苦笑せざるを得ないティン。
もっとも、その予測が間違っていることは容易に予測がつくが、
まあ、使いと勘違いしているならそれはそれ。
そのほうが面倒なことにならなくてあるいみよい。
自分はきちんと【名】にてこの世界にとっての【何者】なのか、というのは指し示している。
こくり、とティンの言葉をうけてうなづくフェナスを確認し、
「というわけで。レニー。今から私たちは【迷いの森】にはいっていきますけど。
その自分自身の目で何がおこっているのかしっかりと確認してね?
あなたはおそらく知らなければならないこと、だから」
そう。
彼は知る必要性がある。
【歪み】に取り込まれてしまった同族がどのような結末を迎えるのか、ということを。
そして、そんな彼らを守る力を【輝ける王】は与えられている。
それは【浄化】ともいえる能力。
【穢された歪み】のみを消し去る聖なる力。
彼にまだその自覚はない。
しかし、いずれはその役目を担うべく【王】として覚醒する。
そのとき、取り込まれた存在がどのように変わるのかを知識としてしっているのと、
実際で見知っている。
それだけでも今後において役にたつ。
そんなティンの言葉にティンの横にてさらに驚愕の表情をうかべているフェナス。
かの【精霊】が【輝ける王】と言っていたことから、おそらく知っているのかもしれない。
そうはおもってはいたが、今まで彼女がそのことに触れたことは一度足りとてなかった。
名前を名乗ったときにも何の変化もみせなかった。
しかし、今の言い回しは始めから名前を聞いた直後から【レニエル】が【何】なのか知っていた模様。
つくづく自分の洞察力のなさを思い知らされる。
これでは、【王】を守る【盾】の役目も果たせない。
ティンが特別だからかもしれない、という言い訳は通用しない。
今、【王】を失えば、森の民は確実に滅びの道をたどることとなる。
それだけは何としても避けなければならない。
だからこそ本当ならば安全な場所で自分達に全てを任せてほしかったのだが……
「うん」
話しには聞いたことがある。
穢れに捕らわれた存在がどのような存在になるのか。
しかし話しをきくのと実際に経験するのとではまた違っているのであろう。
世界がここまで光り輝いている、というのも船の上からでは知るよしもなかった。
自分が【何】なのか知ってこのようにいっているのか、はたまたまだ幼い自分は知る必要性がある。
とおもっていっているのか。
そこまで詳しいことはレニエルにはわからない。
しかし、いろいろ自分の目で見聞きし、知りうることは何よりも必要。
何も知らないままでは先へと進めない。
今まで一族は【知る】ことをしなかった、とおもう。
ただ【守り】に徹していた。
ゆえに精霊王が捕えられたときもすぐさま対処ができなかった。
そしてまた、同族が捕えられていったときも。
それではだめなのだ、と思う。
だからこそ自分の目で耳で、そして足でいろいろ見聞きする必要性を感じていた。
ようやく動けるようになっている今こそその自分に課した課題を果たすとき。
ゆえにティンの言葉に対し大きくうなづくレニエル。
そんなレニエルの態度に満足しにこやかにほほ笑み、
「でもあまり無理はしたらだめだからね?さ、じゃ、いきますか。
日がくれたらそれこそ森の中は危険、ですからね」
今はまだ太陽が上空にあるがゆえに周囲は明るい。
近くに高い山脈があるせいで太陽の姿は垣間見えないが。
フェナスとてそんなティンの言葉に反対する道理はない。
そもそも、夜の森に入り込む、など自殺行為もいいところ。
普通ならば周囲の木々が危険を知らしてくれるが、
おそらく迷いの森の木々はそのような心すらもはや持ち合わせてはいないであろう。
中には強い意思をもつ存在はまだその自我を保ってはいるであろうが…
そんな強い自我をもつ同族がいったいぜんたいどれだけ生き残っているのか。
それはフェナスにもわからない。
それぞれがそれぞれに様々な思いを抱きつつ、
三人は川より離れ、その先にみえている森へむかってその足を進めてゆく――
いまだに太陽はおそらく上空に差しかかるか、もしくは少しばかり差しかかり始めているか。
おそらく周囲の明るさから察するにそれくらいの時刻であろう。
人の世界でいうならば時のころは昼のヴァレリー。
ゆえにまだ日はたかく、ゆえに周囲もほのかに明るい。
やがて日が陰り夜の帳につつまれる前に森にはいり、安全なる場にたどり着く必要性がある。
もっとも、森の中に安全な場があるかどうかは誰にもわからない。
この世界の時刻はそれぞれの刻にあわせてそれぞれの名により区別されている。
昼の刻、夜の刻、と呼び称されはするが、それぞれにおける大まかの時刻はほぼ同じ。
ヴァレリーの刻、というのはとある世界においては昼の二時、を指し示す。
この世界における刻の区切りは二十四に別れており、それぞれ十二を一区切りとして考えられている。
とはいえ、【分】という概念はいまだにこの世界には存在していない。
刻の概念をもっていたのは元々、精霊王達世界に通ずる存在達、といわれている。
それらがいつのまにか世界に広まり今では一般的となっている、と伝承ではなっている。
ある世界の法則において説明するならば、
1刻【ネオトス】。2刻【ヴァレリー】。3刻【トウキ】。4刻【ウェリン】。5刻【タレン】。6刻【ミアジル】
7刻【ヴェゼリ】。8刻【ビリジン】。9刻【サフロ】。10刻【トロイ】。11刻【イライト】。12刻【イネス】。
以上のような刻限の名において示される。
もっとも、ここまで細かな時を刻むのは特殊ともいえる場でしかなく、
ほとんどの民においては【ミアジル】、【イネス】そして【トロイ】といった刻限のみ。
一番鳥が鳴く刻限が【タレン】であり、二番鳥が鳴くのが【ミアジル】。
ちなみに、夜鳥ともよばれる【夜の帳:ナクライト】が初鳴きするのが、
日も暮れかける【ミアジル】であり、二番手になくのが【ヴェゼリ】の刻限。
普通に過ごしている人々はそれらの鳥により大まかな時刻を知り生活の一部と成している。
「太陽が沈みきる前にとりあえず森に入るのに依存はないですよね?」
念のためにフェナスとレニエルに確認をとる。
おそらく噂に名高い【迷いの森】に入る、ということもあり緊張しているのであろう。
二人の表情はどことなく固い。
「しかし、森にはいっても…迷いませんか?」
噂では森に一度はいれば森に漂う様々な魔獣や悪鬼達が迷い込んだ命あるものを迷わせ狂わせる。
そのようにいわれている。
川の周囲をたどれば森の近くまでたどり着くことは可能。
しかしそれは聖なる山ともいえるアロハド山脈より湧き出ている地下水脈。
それに連なる川が流れていることから川の付近に穢れし存在は近寄れない。
しかし、川から離れれば一転、そこはすでに魔獣の巣窟。
「案内版ともいえるこれがありますからね」
レニエルの言葉に答えるようにいまだにふわふわとティンの目の前に浮かんでいる球体を指し示すティン。
先刻、ティンがどこからともなく取り出した球体はいまだにとある方向を矢印にて指し示している。
その方向はティンいわく、目的の聖殿であり聖廟がある位置を指し示している、とのことなのだが。
しかし嘘ではないのであろう。
それだけはなぜか判る。
そもそもそんな嘘をつく必要もなければ、なぜかそれに関して疑う心もわいてこない。
元々、レニエルは他人を疑うことを知らない心の持ち主といっても過言でないが、
それとこれとはどうやら勝手が異なっているらしく、このたびの一件についてはフェナスとて同じこと。
なぜか疑う余地がない。
否、疑えない。
疑う気になりかけても、心のどこかでその疑いは間違っている、という心が働く。
このようなことは産まれてこのかた一度もなかったこと。
おそらく、その心は【自然界】の心をうけた無意識のうちの反応、なのだろう。
それだけはわかる。
自分の意思とは裏腹に心に思い浮かぶこと、すなわち【自然界の心】に他ならない。
いくら大地より離れているとはいえ、基本、彼女達【森の民】の本体は大地に根付いてこそありえるもの。
ゆえにいくら大地からはなれてもその繋がりが簡単に切れるはずもなく、
永き年月を得ても心の繋がりは絶えることなく続いている。
それは人によっては直感、ともいうべきもの。
しかしその直感が今まで間違っていたことは一度たりとてない。
それは一族における歴史からも証明されている。
「それってどこにいても場所を指し示すんですか?」
「この中心の点が精霊王の光を指し示しているんですよ。
もっとも、周囲の光が精霊王が放つ光をさえぎっているのが見て取れますけど。
だからこの光は何かとてつもなく鈍い、でしょう?」
まるで強い光を無理やりに何かで遮ったかのような黒く鈍く輝く点が確かに球体の中には存在している。
この球体も不可思議としかいいようがなく、手を球体にのばしても、
そこに何も存在しないかのごとくにすっとその手は球体をそのまま突き抜ける。
そもそもこれは立体映像のようなものなのでそこに実体は伴わない代物なのだが、
そのようなものに対して認識のないフェナス達にとっては不思議な物体としかいいようがない。
「拡大してみたらよくわかりますけど。どうやらここに捕らわれているのは二精霊王達みたいですね。
ステラとクークの気配ですね。これは」
ここには二人以外の気配は感じられない。
おそらく別の場所に幽閉されているのであろう。
まあ、それがどこなのか用意に予測はつく。
しかしそれを今ここでフェナス達に説明する必要はない。
水の精霊王と土の精霊王。
土と水といった精霊王が捕えられているがゆえにこのあたりの土壌の質は果てしなく悪い。
まだ加護をうけている水がながれている川の近くならばましといえるが、
その川の水の加護をうけられなくなった大地は目に見えてやせ細っている。
それは力を逆に流していることにより、全ての力が結界を維持するために使われている結果であり、
ゆえにこの地において新たな命は望めない。
そこまでひどい負の空間がこの場には出来上がっていたりする。
「人はどうして自らのよくのためならば他者の命をないがしろにするのかしら……」
それは何もこの世界においていえることではない。
むしろティン達のいる世界でもそのようなことは多々とおこりえていた。
全ての命が平等にいきる世界。
始めのころはうまくいっていたのに、
ある程度の知能や文明を持ち始めた人類がなぜか毎回同じような過ちを繰り返す。
過ちから学んで二度と愚かなことをしないように心掛けるのならまだよい。
しかし同じ過ちを二度、三度も続けていればさすがに呆れるより他にない。
ここまで蔓延してしまった負の連鎖はそろそろこのあたりで断ち切らなければ、
おそらくそれに付随した心弱きもの達が我も我もと続いてしまう可能性が高い。
「…ま、全員をたすけだした後に関係者達にはそれなりに処罰はうけてもらいますか」
何やらぽそり、とある意味恐ろしいことをいっているティンであるが。
そのティンのつぶやきは幸か不幸かフェナスとレニエルには聞こえていない。
「…つまり、土の精霊王様と水の精霊王様が捕えられている…と?
それでそこまでわかるのですか?」
自分達にはただの光にしかみえないそれでそこまで確定できるものなのか。
ゆえに思わず驚きながらもといかけるフェナス。
神獣であるクレマティスが言っていたとおり、毎回驚いていては精神がもたない。
ゆえに【彼女だから】という概念をもって接していかなければ、
今後も理不尽極まりないことは多々とおこるであろう。
心のどこかで割り切れてはいないが表面上はそのように割り切りつきあってゆくしかない。
内心の心の動揺をどうにか押し殺し、戸惑いつつもといかけるそんなフェナスに対し、
「あ~。そういえば、精霊王達の【光の色】はあまり認識されてないんだっけ?
まあそれは仕方ないけど。強い光だからただ眩しい、という認識しかないでしょうしね~」
基本的に彼らにはそれぞれ特性である【色】を持たせている。
とはいえその力の大きさによって光もまた大きくなるがゆえに、
認識できる光はどの精霊王も同じ強烈な光、という認識でしかない。
そんな会話をしつつも、やがて大地が川の加護をうける範囲から外れたらしく、
目にみえるほどに先ほどまで大地に生えていた小さな草木が枯れ果て、
さらには大地そのものがひび割れている様が目の前にひろがってゆく。
その先に鬱蒼と茂る森らしきものが目にはいるが、それもさらにちかづいてゆくと普通の森ではない。
というのが一目瞭然。
昔はそこに生えている木々は通常の木々が生えていたのであろう。
しかし、今そこに生えている木々はそれぞれの形が歪にまがりくねり、
さらにはかろうじて葉っぱらしきものがあるにはあるが、
それらの葉の色も全て黒、もしくは茶色に彩られている。
木々も触れれば瞬く間にもろく崩れ去るものから、朽ち果て簡単に折れるもの。
ゆらゆらと何か木々が動いているようなものが視界の端にはいるような気がするのは気のせいか。
ごくり、と思わず無意識のうちにノドをならしたくなるような光景が目の前には広がっている。
森の近くまでたどり着くと、その先は果てしない暗闇に包まれており、
いまだに明るいはずなのに森らしきその中はなぜか光が一筋もはいりこんでいない様子が見て取れる。
「これが…迷いの森…別名、死の森……」
この地に入り込んだ同胞がそのまま取り込まれてしまったという話しもきいた。
なすすべもなく仲間が取り込まれてゆく様を見捨てて逃げ出すより他になかった仲間達。
今もまだ生きているのかすらわからない。
しかし彼らの寿命から考えれば生きている可能性も捨てきれない。
生きているかぎり、そして【王】がいる限り、いずれ助けだせる可能性も捨てきれない。
話しにはきいていたが実際にその光景を目の当たりにし思わず茫然とした様子でつぶやくフェナス。
「…命の息吹が…一切感じられない…もり?」
そんな場所は今までなかった。
そこにたしかに森は存在しているはずなのに、そこに命の息吹がまっくたもって感じられない。
強いていうならば静寂。
まさにそのひとことにつきる空間が目の前には広がっている。
ゆえに戸惑いを隠しきれずにつぶやいているレニエル。
そんな二人をみつつ、
「さ、二人とも。入口で茫然としてないで。さくっといきますよ。
たしかにこの中は光の加護もはいりこみませんけど。
ここからはすでに暗黒結界の中。心してくださいね」
この森すべてが逆五紡星の結界の中に組み込まれている。
ゆえにこの結界の効果はある程度の上空まで作用している。
山の頂上から見下ろせば巨大な黒き星がこのあたりに存在しているのが見て取れるであろう。
もしも、フェナス達が滝より船にて落下するとききちんと目を見開いて目視していたならば、
その過程においてこの地を包んでいる黒く光る星の存在を確認できたであろうが。
しかし気絶していたフェナス達は当然そんなものはみていない。
森の入口付近において思わず立ち止まるそんな二人をそのままに、
そのまますたすたと歩きはじめてゆくティン。
ティンにとってはこんな結界はあるいみ子供だましのようなもの。
ひとまずこの結界の中だけ、ならばフェナスやレニエルも入り込める。
もっとも、入り込んだとたんに捕獲対象、として認識されることとなるが。
まあそれらも覚悟の上でついてきているはず。
ゆえにそれらを説明することなく、そのままティンは森の中へと足を進めてゆく――
「……何?ここ……」
こんな場所は知らない。
全ての命の息吹が感じられない。
このような場所があるなど、信じられない。
否、命はたしかにあるのであろう。
しかし、その全てが細い。
か細く、それでいてかろうじて生命を保っている、そんな感覚。
小さな悲鳴が心に響く。
助けて、助けて。
誰か…タスケテ。
誰にともなく願われているその声はすでにもう意識すらないのかカタコトにただそれだけを紡ぎだす。
「レニエル。大丈夫ですか?」
森にはいってすぐに思わずその異質ともいえる空間に圧倒され、
その場にて硬直するレニエルに対し心配して声をかけているフェナス。
ここは、死の匂いに満ちている。
自分でもかなりくるのに、純粋なる力といっても過言でないレニエルはさらにきついであろう。
ゆえにいつもの愛称ではなく、正式な【名】にてレニエルにといかけているフェナス。
踏みしめる土にも精気がまったく感じられない。
まるで何かに押し殺されているかのごとくに。
「あ~。これはクークの力を逆流させて土という土から精気全てを奪い取ってるわ。
ステラの力も逆流させてるから水分もまったくこのあたりからは感じられないし」
伊達に土の精霊王と水の精霊王をこの場の結界にて捉えている、というわけではなさそうである。
水分とそして精気の全てを奪われたこの地における植物等全て。
それらは全て瘴気に蝕まれ、【帝国】による実験区域の一角として利用されているらしい。
まったく、いつの場所、いつの時代においても【人】はどうして自らの首をしめることを発明するのか。
意図的に【そう】したわけでもないのに、不思議と知能をもった種族はほとんどが同じ道をたどる。
もっとも、理論上のみでそれをおこなった場合、何がおこるかを予測し、行動に移さないものも多々といる。
だがしかし、よくに目がくらんだ存在は必ず後には自らの破滅すら誘いかねない【技術】を扱おうとする。
そう、今この地における【エレスタド王国】のように。
全てが正常の状態とは逆の状態となりはてているこの場所。
つまりは普段は浄化されるべき力もこの場には逆にたまってゆくわけで……
ギ…ギ…ギィィ…
そんな会話をしている最中、四方から何かがきしむような音が響いてくる。
周囲を取り囲む無数、ともいえる枯れ果てた木々。
その木々の中心には小さな結晶のようなものが埋め込まれており、
ゆらゆらと枯れているはずの木々はゆっくりとその根っこを足のようにしてティン達のほうへむかい距離を狭めてきている。
さらにいえば、その無数にもあるとおもえし枝は蔓のように細くなっており、
ゆらゆらとまるで何かをつかむかのごとくにゆらいでいる。
その枝の先が鋭くとがっていたり、ギザギザなまるで何かを刻むのに便利のような形をしていたり。
そういった細かなところまで目をむければ歩いてきている枯れ木の容姿は他にもいいつくせない。
つまり、本来在るべき姿の木々、ではなくあきらかに何かの力が加わっている、と見て取れる。
枯れ木の空が上部に二つと下部に一つあることから、三つの穴がある、というだけで、
その幹がまるで人の顔のように見えるのだから、人の視界、というものはあるいみ面白い。
三点が三角の形を形成しているだけで、人は面白いことに、それを人の顔とみなす傾向がある。
そしてそれはどうやら【人】あらざる存在にも有効な法則であるらしく――
「って、何ですか!?これは!?」
「ま…まさか、話しにきいたことがあるが、これは【屍木】か!?」
精気を失った木々に別の何かしらの【邪気】ともいえる悪意ある気を埋め込んだもの。
悪意などをもった【念】と呼ばれしものが他者の空っぽとなった器にはいりこむ現象は知られている。
いるが滅多とそういうことはまずおこりえない。
それらを防ぐためにも一般的に死者は火葬して埋葬することになっている。
普通の動物などが死した場合、それらを食料とする別の動物がその死体をきちんと始末する。
しかし、草木や木々が枯れ果てた…しかも周囲にそれらを浄化するだけの力がなければ結果はいうまでもなく。
目の前に広がっている光景のように、空っぽとなった器には様々な【念】や【気】が入り込む。
ましてや今、目の前にいるこれらの【屍木】は人工的なもの。
「あ~。このあたり一帯は全部実験場として使われてるみたいね~」
完全に精気を失っていない木々も利用されている。それらは力がないがゆえに強い力に抗えない。
か細く救いをもとめる声が切なすぎるほどに悲哀を帯びている。
しかしそれらの【声】も聞こうとしなければ聞こえない。
草木における【王】ともいえるべき【レニエル】とてその声は完全に捉えきれていない。
「さてと。とりあえずお二人に質問。彼らをこのまま実験体として生きながらえさせるか。
それとも、一度【昇華】することにより救いだすか。浄化はまだ彼には無理でしょう?」
さらっと二人に対し問いかけるティンの言葉に思わず目を見開くフェナス。
たしかに神獣とすら知り合いであるらしいティンには【レニエル】の力など始めからしっているのであろう。
しかし、直接に知っていることを告げられればどうしても警戒してしまう癖がでてしまう。
伊達に【輝きの守護】を受け持っているわけではない。
そんなフェナスの心の動揺を知ってかしらずか、
「…すいません……」
知らず誰にともなく謝ってしまう。
その懺悔の言葉はティンにむけてのものなのか、はたまた周囲の木々にたいしてのものなのか。
それすらレニエルには曖昧であり、どちらにむけての懺悔なのかいまいち理解できない。
おそらくは両方、なのであろう。
自分に力があれば彼ら…同族ともいえる【邪気】に操られた木々を救いだすこともできるであろうに。
しかしまだ自分にはそれだけの力がない。
否、力の使い方がよくわかっていない、といったほうが正しい。
「ん~。まあとりあえずまだ、精気がのこっている木々はどうにかなるとして。
しかし、残っていない操られている木々が多いのも難点ね。
あと人工的な魔獣も多々といるようだし。で、二人からすればどうしたいですか?
このまま彼らと対峙しつつ、黙々と進んでゆくか。
それとも先ほどいったどちらかを選んで苦痛を早くおわらせるか」
すでに精気を失っている木々はただの抜け殻の器にしかすぎない。
しかし、それは逆をいえば死者を冒涜している行為である、としかいいようがない。
瘴気に蝕まれたそれらの体は他への流用がまったくきかない。
逆をいえば蝕まれているものが近くにあればその瘴気はいまだ精気に満ち溢れているものへと伝染する。
どれかを選べ、といわれてすぐに選べるものではない。
自分達の手で同胞である彼ら…いくらすでにその【心】がない、とわかっていても手にかけるのは心苦しい。
かといって、ティンのいった【昇華】という言葉の意味もわからない。
何となくとてつもない力のような気がするのはフェナスの気のせいか。
そうこう話している最中にも、ゆっくりといつのまにやら三人は完全に取り囲まれており、
ゆらゆらと三人に向かって木々の枝がのびてきていたりする。
いつのまにか上空も木々が折り重なり、空からも逃げられなくしており逃げ道をふさいでいるのがみてとれる。
どちらにしても、戦うか否か、という選択を迫られているのは必然。
自分一人の力でどこまでレニエルを守りきれるかわからない。
しかし、守らなければならない。
自らの命と引き換えにしてでも。
しかし一人が対処できる数は限られている。
その間にレニエルの身に何かあればそれこそ本末転倒。
ゆえに、しばし考えた後、
「…この場を切り抜けられる方法が何かあるんですか?」
自分はかなりあせっているのにティンの様子をみるかぎりまったくもってあせっている様子はみえない。
それゆえの問いかけ。
「その様子では迷っている、という感じね。ま、いきなりの選択だから仕方ない。か。
とりあえずこのまま道をふさがれていても面倒だし。さくっと済ましてもいいかしら?」
その、さくっとすます、の言葉の意味はかなり不明。
しかしながらこの状況下でティンの言葉にうなづかずにはいられない。
状況は違えど、ティンと初めて出会ったときもかなり危険な状況下であったことを思い出す。
あのときは突然変異ともいえる巨大クラリスとの戦いで今にも船ごと沈められそうになっていたが。
無意識のうちにこくり、とうなづくフェナスの行動をみてとり、かるくうなづいた後、
「さて。と。じゃ、さくっといきますか。面倒だから一気にいきますよ?
【【聖雷の矢】。【Select2】」
『…え?』
ティンの紡いだ言葉の意味を計りかね、思わず同時につぶやくフェナスとレニエル。
今、【ラマ】、といわなかったであろうか。
ラマ、それは【聖なる雷】、という意味合いをもつ。
しかし、しかしである。
そのような力を扱える存在など…神につかえし存在以外知られていない。
そもそも、雷を操れる存在がいるなど信じられない。
もしもフェナス達が初めてティンに出会ったとき、最後までティンの行動をみていれば、
船を襲っていた巨大クラリスを倒したのも落雷によるものだった、と理解していたであろう。
しかしあのとき、フェナス達はあまりの眩しさに目をつむり、何がおこっていたのかを見逃している。
レニエルとフェナスがその意味を計りかねしばし動揺しているそんな中。
ゴロゴロ……
どこからともなく突如として鳴り響く雷鳴の音。
そして、それと同時。
ゴロゴロ…ビシャァァッン!!!!!!
刹那。
無数、ともいえる稲妻が周囲一帯に降り注ぐ。
それはあまりに眩しすぎる光景で思わず目をつむってしまうほどの衝撃。
普通の落雷とは異なっているらしく、常にあるはずの衝撃派などが一切合財感じられない。
振り仰いでもみえない空より発せられてくる無数の稲妻はことごとく周囲を取り囲んでいた木々に直撃し、
それらの木々は落雷の直撃をうけて青白い炎をあげつつ燃え上がる。
不思議なことに、落雷の近くにいる、というのにまったくもって熱くも何ともない。
ただ、落雷による轟音が耳を突き刺すだけでそのほかは何の現象も感じられない。
ありえない。
さらに周囲の木々が燃えているにもかかわらず、間近にいる自分達はまったくもって熱くもない。
よくよく周囲を確認してみればどうやら落雷は自分達の周囲だけでなく、
このあたり一帯に降り注いでいるらしい。
ところどころからみえている青白い炎。
しかしそれらの炎は別の木々に燃え移ることもなく、そのままその場にて燃え上がる。
炎に包まれた木々はもがくように炎から逃れるかのようにうごめいているようではあるが、
やがてゆっくりとその体を炎に焼きつくされ、青き光の粒子となってはじけとぶ。
ふとみればどうやら大地に生えていた…これもまた精気を失った草花、なのであろう。
それらもまた青白い炎に包まれている様子がみてとれる。
薄暗い、というかほとんど前すらみえないほどの森の中。
いまだに昼間だというはずなのにこの暗さはかなり異常としかいいようがなかったが、
落雷によって発生した青白き炎にて周囲は昼間さながらの明るさに包まれている。
もっとも、その明るさが青き光のもと、という注釈はつくが。
「あ…あの?ティンさん?これは一体……」
自分達の周囲を取り囲んでいた木々が突如として燃え上がる様はあるいみ異様。
それでいて怖い、とおもわないのはどういうわけか。
燃えている青き炎はなぜかみているだけで心が安らぐ。
おそらくはそういったこともあり恐怖を感じないのであろう、となんとなく予測はつくが…
それでも、今、ティンが何をしたのか、という疑問はのこる。
「ただ周囲のすでに精気も心も失った【抜け殻】でもある木々の浄化と、
あとはそれらに取り込まれている【核】の昇華を行ってるだけですよ?」
木々などに埋め込まれている特殊な【核】ともいえるそれらは、
帝国により人工的に生みだされた代物。
先日、村長の息子に埋め込まれていた代物と同じものであり、それらを埋め込まれたものは、
自我をもっていても人為的に魔獣にとかえられる。
それを埋め込まれたものは埋め込まれたものの魂そのものを糧とし成長をつつげ、
やがてはすべて埋め込まれた【器】そのものを喰らい尽くし一つの結晶にと再び戻る。
命を喰らいつくすたびに結晶化を繰り返すそれは、喰らい尽くした数だけその威力もまた倍増する。
この落雷による炎の特徴的なことは、傍目には普通の落雷にしかみえない、ということがあげられる。
すなわち、近くにいればその異常性がよくわかるが、遠目からみているだけでは普通の落雷による火事にしかみえない。
この山脈のふもとは元々大気が不安定ということもあり、多々とよく雷雨は突発的におこりうる。
それでもこの逆五紡星内においてはその結界の効果でそれらの力もまた逆に取り込んでおり、
【外】では雷雨が降り注いでいても、結界すべてにそれらの力が吸収され、
大地にまでその恵みの雨が降り注ぐことは絶対にない。
「これで少しは周囲に明るくなりましたし。とりあえずいきましょうか」
「いやあの!私のききたいのはそうでなくてっ!」
何か絶対に話しをはぐらかされているような気がする。
ひしひしと。
思わず叫ぶフェナスに対し思わず顔をしかめ、
「ここでのんびりしてたら、帝国側からの調査員達がきかねかませんよ?
相手が混乱している間にさくっと目的の場所に少しでも近づかないと」
この聖なる雷による炎はこの世界の法則にまったくもって介入しない。
すなわち、たとえだれがどのような手段をもいちても逃れることができない炎。
この炎が人工的、また自然的に収まることは絶対にない。
青き炎により包まれたものはその存在そのものが完全に昇華されるまで燃え尽きることとなる。
基本的にこの炎は【精気】を含む【心】までは燃やさない。
逆を言えば、魔獣の発生源ともなっている自然界において還元しきれない代物。
それらをも完全に昇華できうる力をもつ。
もっとも、今ティンが行った【術】はさほど威力のない代物なので、
あくまでもこの付近一帯、すなわち結界内部における代物限定、となっている。
おそらくフェナスもレニエルも気づいてはいないであろう。
この雷は結界を構成している拠点にも降り注ぎ、その拠点内部も今現在、炎に包まれている、という事実を。
当然のことながら、そこに捕らわれている存在に【炎】による影響はない。
ないがそこに関してのみでいえば、普通の炎の色と同じように少しばかり変えてある。
すなわち、そこに滞在している数多の研究者たちからしてみれば、
落雷によって研究施設が被害をこうむった、としか傍からみればうつらない。
「…今、ティンさん、【聖なる雷】操りましたよね…?」
戸惑いつつもこれだけは確認しなければならないであろう。
世界創造時に語られていた、お伽噺や神話の中でのみでてくる聖なる雷。
ゆえにこそ雷は神の力の具現化として今現在まで畏怖される対象となっている。
空より降り注ぐ数多なる稲妻はまさに神の力の具現化、といっても差し支えがないかもしれない。
そんなことをおもいつつもといかけるフェナスであるが、
その思いがじつは全ての事実を示している、ということにまではさすがに気づかない。
「ここは一応、稲妻に神聖さをおいてますからね~。さて、と。どうやら道がひらけたようですよ?」
さらっとフェナスの言葉を肯定するわけでなく、かといって否定するわけでなく。
少しばかり含ませた物言いをした後、にこやかにすっと前方を指し示すティン。
先ほどまでティン達三人を取り囲んでいた木々は全て炎に包まれ、
今現在、まさに光の粒子となり辺りにはじけ飛んでゆく光景がみてとれる。
地面に降り注いだ光の粒子は地面に細く淡い光の道をつくりだし、
それらはまるで意思をもっているかのように様々な方向にむけて一つの線を紡ぎだす。
「人工的に逆結界を創りだしているのならこちらもまたそれを打ち消せばいいだけですし」
せっかくなので利用できるものは利用する。
ぽそっと紡いだティンの言葉の意味をフェナスもレニエルも当然、理解できるはずもなく。
青き光の道が辿りつく先は、結界の拠点となっている箇所と対局側にあるとある地点。
中央より寸分たがわない対局にある位置にと集った光は新たななる結界の拠点となり、
人工的に創られた歪んだ結界を打ち消す力となる結界を簡易的に創りだす。
人工的に創られた結界と、あるいみ純粋なる自然の力においてつくられた結界。
どちらが効果を発揮するかといえば当然答えは後者。
しかし今の今、そこまで詳しい説明を二人にする必要性はまったくない。
ゆえに、フェナスの問いに完全にこたえるわけでなくさらっと会話をはぐらかし、
「さ、いきましょうか。相手側が本格的に動き出す前に」
いいつつも、そのまま何ごともなかったかのように、
いまだにティンの目前にと浮かんでいる球体が指し示す矢印が向かっている方向にすたすたと歩き出すティン。
しばらくはその場にて放心状態になっていたフェナス達ではあるが、はっと我にともどり、
こんな場所でティンを見失ってはもともこもない。
聞きたいことは山とある。
その問いかけに答えてくるかどうか、という疑問はあるが。
すくなくとも、とてつもない【力】をティンが保有しているということだけは理解ができた。
もしかしたら本当に神の使いなのかもしれない。
そんな可能性をさらに心の中において強めつつ、あわててティンをおいかけるべく、
「と、とにかく。ティンさんをおいかけましょう。レニー」
「あ…う、うん」
フェナスとは違う意味であるいみ茫然としていたレニエルもまた曖昧にうなづき、
フェナスに手をひかれティンをおいかける。
先ほどから確かに聞こえている声。
この地に入ったときより曖昧で何か感覚はうけてはいだか、その声の実体は定かではなかった。
しかし、炎に包まれた数多ともいえる草木から聞こえる【声】が確かにレニエルには聞こえている。
それらは救いをもとめていた声から、ようやく解放されることへの安堵の声。
そして……
―― 我らに救いの手を感謝したまう。大いなる母よ。
たしかに、それらの【声】の全てはそう伝えている。
大いなる母。
……世界神セレスタイン?まさか…ね。
草木達、すなわち大地に根付く種族がそのように表現するのはたった一人の存在のみ。
それを知っているからこそレニエルとしては首をかしげざるを得ない。
伝承にのこっている世界神の姿はとても曖昧で、真実の姿、というものはなきにひとしい。
精霊王や神獣といった聖なる存在ならばその姿をしっているのであろうが、
その【本来の姿】は基本的にまったくといっていいほどに知られていない。
何しろ様々な時々においてその姿は千差万別、といった伝承すら伝わっている。
どこまで真実なのか、それともただの伝承なのか。
それはレニエルにはわからない。
ただ、いえることはただ一つ。
レニエル自身の本能が告げている真実。
ティン・セレスという少女。
それは普通の【人】ではありえない、ということであり、【世界】により近しい存在である、ということ。
なぜそう思うのかはわからない。
それは直感。
彼女の傍にいればいるほどその思いは強くなってきており、逆をいえばそれ以外はありえない。
というどこか不思議めいた確信のようなものが確かにある。
しかし混乱を招くだけであり、自分のその予感がどこからくるのかもわからない以上、
自分を常に見守ってくれているフェナスに相談することもできない。
ゆえに数多とはいってくるそれらの【声】を耳にしつつ、大人しくレニエルはフェナスに手をひかれ、
ティンの後をついてゆく――
この世界において、雷、というのは神聖な存在として認識されている。
それはこの世界を作り上げた経緯にもよるものであるが、
精霊王達全てがそろったときでないと普通は彼らとて雷を自在に行使することはまず不可能。
一般的によく知られている魔硝石の雷属性の石は普通の雷属性とは少しことなる。
雷、と認識されてはいるものの、あくまでもそれは雷に近い属性をもつ性質でしかない。
もっとも、魔硝石の雷属性における石と聖なる存在として認識されている【雷】はまた異なる。
というのは誰でもしっている常識中の常識。
さくっと雷使ったけど、別なほうがよかったかな?
先ほどの大多数なる落雷を操ったことによりフェナスとレニエルが疑問におもっているらしい。
もっとも、隠す必要性もないのでティンからすればさくっと手っ取り早い方法をとっただけなのだが。
いまだに周囲はほぼ、足元を問わず青白い炎に包まれており、あるいみ炎の中を進んでいる状態だ、
というのにまったくもって熱さも何も感じない。
それがこの炎における性質だ、とティンは把握しているものの、
おそらく何も知らないフェナス達はおっかなびっくりしているであろうことは容易に予測がつく。
まあ、説明するより実際に経験したほうが手っ取り早く納得がいくであろう。
そうおもったがゆえにあえて詳しくは説明していないティン。
実際に先に説明していてもおそらくその説明の意味すら理解不能であろう。
あくまでもこの【炎】は基本的に普通の物質などには影響しない。
草木が炎に包まれ燃え上がっているのは、それらがすでに普通の物質ではなくなっている証拠ともいえる。
炎があまりに多すぎて、ティンにそれ以上の問いかけをしたいのは山々なれど、
その光景に圧倒されすぎてただただひたすらに進むしかなかったレニエルとフェナス。
足元にすら燃えている小さな青き炎をなるべくよけつつ進んでゆくことしばし。
「あらら~」
ティンは気にせずに炎の中すらつっきっていたが、やはり精神上、炎の中を歩くのは好ましくない。
足元や周囲を気にかけつつ進む最中、
ふと目の前のティンが立ち止まり何か声をあげているのを聞きとり思わずその場にて立ち止まる。
ティンが視線をむけている先。
ティンの目の前にふよふよと浮かんでいる球体上に記されている矢印が示す方向。
その矢印が示す方向になぜか巨大な青い炎の壁が出来上がっていたりするのはこれいかに。
しかも今までみてきていた炎よりも格段に強い青き炎が周囲全体をまるで壁のように取り囲んでいる様がみてとれる。
ティンからすれば呆れておもわず声を発したに過ぎない。
そもそも、たかがこのような幽閉の場に瘴気を利用した別の結界を創りだしているなど。
人工的とはいえそれに伴いあつかった命の多さがようとして知れる。
瘴気の壁を創りだす原料は至って簡単。
生きとしいける存在の強い【力】をてっとりばやく取り出すためには、
悲しみや苦しみ、といった負の感情をあおるのがてっとり早い。
それらの念を強くすることによりまた、それらの念が絶頂に至った時に命を絶つ。
そうすることにより、行き場のなくなった念はその場にとどまらずほとんどの場合暴走する。
そのとき、その念に行き先を人為的に指定していれば念は年月を問わずその効力を発揮する。
いわく、この世界でも時折つかわれている呪術にもよくこの方法が使われている。
「これだけのためにいったい無駄な命をどれだけ死に至らしめたんだか……」
呆れる、としかいいようがないあまりの愚行。
しかし知識があるがゆえにそう思うだけであり、それらの知識がないものからしてみれば、
目の前には巨大な炎の壁が存在しているようにしか垣間見えない。
そう、この場にいるレニエルとフェナスのように。
「…フェナス。何か僕、苦しい……」
この場に満ちている【気】はレニエルの気質とは正反対といっていい代物。
それでも、炎によってある程度は中和されゆっくりとではあるが浄化されつつある【念】。
この場に満ちている【念】ともいえる【邪気】は全てを憎み、恨むもの。
それらの【気】が結晶化された石がこの炎の壁の真下。
すなわち、大地全てにこれでもか、というほどうめつくされている。
この炎はそれらの念を浄化するべく燃え上がっているに過ぎない。
普通、そういった【念】は特殊ともいえる、人がいうところの第六感がなければ感じることは不可能。
かつては全ての生命体がもっていたその感覚を今現在、人は忘れ去ってかなり久しい。
そんなレニエルのつぶやきをききとり、
「あ~。この場にみちている怨嗟の念ともいえるものはたしかにレニーにはきついかも。
とりあえずどちらにしてもここをくぐらないといけないわけでもあるし。
レニー。せっかくだから、この炎との同調を試みてみる?」
さらっと何でもないように言い放つティン。
そんな彼女の言葉を聞き咎め、
「いやあの。ティンさん!?レニエルに何をさせる気ですか!?」
思わず悲鳴じみた、かつ批難じみた声をあげるフェナス。
この炎の性質が何かをきちんと把握していれば、ティンのいいたいこともすぐさまに察したであろうが。
今のフェナスはとにかくレニエルの身を守ることに思考が埋め尽くされ、
そのあたりの柔軟な思考力が働いていない。
「え?そもそも、輝ける王の力の一つ、でしょ?【邪気】の【浄化】は。
この青き炎は聖なる炎。輝ける王が扱う【命の息吹】とほぼ同質のものですよ?
もっとも、【王】があつかう炎は緑であり、これは青、という違いはありますけど」
ティンが扱っているこの炎の主たる属性は【水】。
水の性質により全てを包み込み浄化しているに過ぎない。
ゆえに、普通にさわってもこの炎は熱くも何ともない。
きっかけが稲妻による落雷だったとしても、起こりうる現象は自在に変化させることは可能。
だからこそこの方法を選んだティン。
この地は水の加護すら奪われている。
すなわち、大地そのものが枯れ果て死にかけている。
それでもまだかろうじて息吹を繋ぎとめているのは近くに流れている川があるがゆえ。
そしてまた、時折山脈より降りてくる霧が小さな息吹をかろうじてひきとめている。
「……命の息吹まで知っているとは…ほんとうにあなた、誰、なんですか?」
普通は知りえるはずのない、一族の中でもかなり機密事項といっても過言でないその能力。
それをさらり、と言い放つティンの正体が気にかからないはずはない。
「幾度もいってますけど。私は【ティン・セレス】ですって。それ以外の誰でもありませんよ?」
とりあえず、ここでは。
そう最後の言葉を心の中でのみ付け加え、
「で、どうする?レニー?やってみる?今ここで感覚だけつかんでおいたら、
後々いろいろと役立つこともあるだろうし。今なら多少は私も誘導して教えられるしね」
それらの能力を完全に教えるものができるのはすでに【森の民】の中には存在していない。
よくて精霊王達の助力をうければどうにか能力を誘導してもらうことは可能ではあろうが、
おそらく、森の民の性質上、そこまで精霊王達に迷惑をかけられない、と辞退するのが目にみえている。
ちょうどいい例が目の前にある。
それゆえのティンの提案。
実際に【似たもの】に意識を同調させて習うほうがはるかに知識だけで習うより手っとり早い。
「…命の、息吹?僕の中にあるという特殊な力の一つのことですか?」
話しにはきいている。
しかしそれがどのような力なのか今いちよく理解できていないのも事実。
たしかに自分の中には様々な力が満ちているのは何となくではあるが感覚でわかる。
それらをきちんと使いこなせていない、というのもわかっている。
フェナスの心配はわかりはすれども、レニエルからしてみれば、少しでもはやく皆の役に立ちたい。
それが本音。
それでなくても、今まで何もできなかった自分を守り慈しみ、あるものは命すらかけて自らを守ってくれた。
それを知っているからこそ、今度は自分が役立ちたい。
自分にそれだけの力がある、と漠然とながらわかっているからこそ切実にそう思う。
「本来、【輝ける王】には様々な力が備わっていますからね。再生の力然り。
また未来に紡ぐ浄化の力然り。今私が扱ってるこの聖なる炎は水の属性を用いてますけど。
なので今までここに来るまで不可抗力で炎に触れてしまっても熱くも何ともなかったでしょう?
あなたが扱う性質は【土】であり、それにともなう【深緑の力】ともいえるものですね。
水と土は相性がとてもいいんですよ。なので力の流れというか波動も似通ってますし。
もしもやってみよう、という気があるなら、この目の前の炎に軽く手をかざしてみて?」
「レニエル!それは危険ですっ!」
横のほうでフェナスが叫んでいるが、しかしレニエルからしてみれば、これは危険な行為、とはおもえない。
なぜかわかる。
だからこそ、
「大丈夫です。フェナス。なぜかわかるんです。これは危険ではない。
むしろ僕の力が自分で自在に扱えるきっかけとなるなら、僕は自ら進んで申し出をうけたいとおもいます」
それは本音。
少しでもはやく、皆の役にたち、そして救える命を救いたい。
まだ世界を知らない自分だけども、自分に課せられている使命の重要性くらいは把握している。
そのために今までいろいろと学んできた。
もっとも、自力で動けるようになっていまだ日が浅いのでその学んだこともまだ少ないといえば少ないが。
「【輝きの守護】たるフェナスさんの心配もわかりますけど。
だけども危険を恐れていては彼の成長の妨げにもなりかりませんよ?
そもそも、危険を知らずに成長していけばおのずとそこに隙が生じかねませんし。
まあ、浄化の力は王の力の初歩の初歩、ですし。すでに目覚めていてもおかしくない能力ですよ?」
それは本音。
本来ならば自らが動けるようになったときに自然に身についていてもおかしくない能力の一つ。
それでもレニエルがそれらを自由に扱うことができないのは、彼が育ったのが広大なる大地、ではなく。
隔離されているといっても過言でない小さな鉢植えの中であったがゆえ。
大地とその身を共有することにより自然と身に着くはずの能力。
本質の中には含まれてはいるが、大地とその身を共有していなかったがゆえに、
いまだにその力に目覚めていないレニエル。
「…守護…って…私のことをしって…?」
「フェナスさんの態度をみていればおのずと判りとおもいますけどね。
それに、森の民の皆に【頭】と呼ばれていましたし。
森の民で【頭】という意味をもつものは、【守護せしもの】にほかなりませんし」
あの場にてすでに森の民の守護せし存在であることはわかっていた。
別に聞かれなかったがゆえに答えなかっただけであり、説明する理由も別にない。
フェナスからしてみれば、
始めからそれだけのことでこちらの正体というか本質を見抜かれていたことに驚愕せざるを得ない。
ということは、あの船にのっている最中にすでにティンは自分のことを把握していた、ということに他ならない。
それでもティンがそれを船にのっていた最中、口にださなかったのは、問わなかったからか、
はたまたわざわざ言う必要がない、とおもったからなのか。
…おそらく、両方、なのであろう。
たしかに、自分達は海賊、となのっていた以上、わざわざティンからそのような問いかけをうけるいわれはない。
いまだに驚愕さめやらないフェナスをさくっと無視し、
「じゃ、レニー。やってみましょうか。まず、この炎の壁に両手をついてみて」
「あ、はい」
断る理由はどこにもない。
なぜか大丈夫である、と心のどこかで確信がもてるがゆえに言われた通りに行動する。
ゆっくりと目の前に広がるどこまでつづくかわからない青白き炎の壁。
それに両手をそっとつけると、どこかここちよい冷たさすら感じるのは気のせいか。
たしかに見た目は青き炎、でしかないのになぜかこの炎から感じるは【冷たい】感覚。
「とりあえず、魂の奥に封じられていた力を導いてゆくから。
意識を心の奥底にむけて感じるままにその力を流してみて」
力を流す、といわれてもいまいちよくわからない。
しかしおそらく、本能が示すままに行動するように、ということなのだろう、と漠然と理解する。
ぴとり、と壁に両手をつけているレニエルの肩にそっと手をそえるティン。
ティンが行うのはレニエルの中にて眠っている力の解放。
本来ならば自然と解放されているはずのそれらを本来あるべき姿へと導くための行動。
直接に【ティン・セレス】の力に触れることにより、眠っていた力は一気に覚醒を果たす。
そもそも本来、【輝ける王】は【世界】に対してより敏感でもある存在のひとり。
精霊王や神獣に続き、輝ける王は大地の王、といっても過言でない。
ゆえにティンの力にも無意識のうちに反応し呼応するかのごとく一気に力が解放される。
自らの中に感じる今までたしかに漠然としか感じなかった本来あるべき力の流れ。
それらが今、自分の中に濁流のような奔流となって駆け巡っているのが理解できる。
しかし、なぜだろう。
その力の制御の仕方もなぜか自然と判っている自分がいる。
しかしそれはごくごく当然で、本来ならば自力で動けるようになったときにはすでに覚えていなければならないこと。
それらの情報もどこからともなくレニエルの中にと流れこみ、様々なことを一気に理解する。
それはまるで知識と力の奔流ともいえる流れ。
小さな川の流れが突如として大きな川の流れに合流し、そしてその流れは海へとたどり着く。
そんな不思議な感覚が今、レニエルの中に確かに芽生えている。
いまだに小さな川の流れから大きな川の流れにしかすぎない力の奔流。
しかしそれはいずれは母なる海へとたどり着く奔流にとなるのであろう。
そのときこそ彼が【王】として本当の意味で覚醒を果たすとき。
そこまで理解し、はっとする。
両手をついている冷たい感じをうける青き炎より感じる力の流れ。
その流れの本質が自らの中にある一つの流れと同等に近い性質をもっていることを瞬時に理解する。
なぜかはわからない。
だけども、わかる。
そうとしかいいようのない、不思議な感覚。
「命は大地に。大地は命をはぐくみ、そして命はめぐる。あるべき形はあるべき姿へ」
無意識のうちに流れ出すその言葉。
旋律のように歌われたその言葉はゆっくりとレニエルのつきだされた両手より、
緑の輝きをもってしてゆっくりと青き炎の中にと吸い込まれてゆく。
青き光と緑の光。
先ほどまで一つの光でしかなかったその壁は今や二つの色合いをもつ光の壁と成り果てる。
自分で今、何の言葉を紡いだのかよく理解できない。
だけども、今の言葉が全ての本質を示している、となぜだか本能的に理解する。
そう、全てはあるべき本来の姿へ戻り、そして還ってゆく。
それが世界の理。
世界のあるべき姿。
それらを修正する力を持たされたいくつかの柱たる存在。
そのひとつが自分であり、それは【輝ける王】という存在である。
誰に教わったわけではない。
もともと本来知っていたはずの知識が魂の奥底から押し出されてきた。
感覚的にそう表現するしかないそんな不思議な感覚。
そんな無意識ともいえるレニエルのつぶやきを横でききつつ、
「どうやら魂の中に眠っていた力の覚醒は無事にすんだみたいね。
まあ、あとは自分で力の調整になれてゆくしかないんだけど…って、あれ?
フェナスさん?まだもしかしてかたまってます?もしも~し?」
自分達がどうやってレニエルに力のことを伝えるか。
魂のおくそこに力が眠っているのはわかっていた。
しかしそれを覚醒させるだけの手段をフェナス達はすでに持ち合わせていなかった。
力をもっていた存在はレニエルを逃すときにすでに犠牲となっている。
それなのに、目の前のティン・セレスと名乗っている少女はいともあっさりと、
レニエルの魂の奥底に眠っていた力をひっぱりだした。
…それも、ただレニエルの肩に少しばかり触れた、ただそれだけの行為だけで。
ゆえに驚愕せざるを得ない。
そのようなことができる存在。
そんな存在はフェナスは知らない。
強いていえばレニエルの力を第三者が覚醒させられるとするならば、
おそらくは精霊王達くらいであろう、そういわれていた。
精霊王、神獣、そして輝ける王、それらは世界の三柱ともいえる主要たる存在。
その一つがかけても世界は成り立たない。
しかしその三柱のことをきちんと理解しているものは、三柱たる本人達以外はありえない。
「もしも~し?フェナスさん?大丈夫ですか~?」
目の前で起こされたあるいみ奇跡としかいいようのない出来事。
ゆえにしばし再びその場にて固まるフェナスの姿が見受けられてゆく……
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あとがきもどき:
薫:ようやく次回で精霊王達に…10くらいにいくか!?これ(汗
ともあれ、頑張ってラストまで打ち込みしてみます……
おかしいなぁ?そんなに長いか?これ・・・(ううむ…汗
2011年3月7日(月)某日
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