まえがき&ぼやき:→前書きを読まない、というひとはこちらへ。
クリスタルパレスに収容された人々の様子をいれるかいれざるか……
あれは別にこの物語、すなわちティンからすればどうでもいい(マテ)分類にはいるし・・・
一応話しはあるにしろ、いまだにうちこみするかどうか悩み中……
さらっと流して本編のみに重点をおいたほうがいいのか、それともいれたほうがいいのか…
まあ、助けだされた経緯もさらっと流してるし…
さらり、と流すだけにとどめておくかな?
なんかラストのほうが状況説明とかばかりになって話しがすすんでいない自覚あり……
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前回までのお話し:
世界神セレスタインに創られた、というとある世界。
世界神によって世界を任された精霊王達により世界は安定し繁栄していた。
だがしかし、あるときから世界神の「全てが平等に」という教えを勘違いした人類が暴走。
そして精霊王達から教わった知識を逆に利用し、精霊王達の力をも自分のものにしようとした愚かなる人類。
愚かなる人類は自分達の利益のためだけに精霊王達を幽閉し、世界から精霊王の加護がかききえた。
それからはや数百年…
そんな中、一人の旅人が精霊王達を解放するために動きだし?
道中、偶然に出会った【森の民】と呼ばれし種族のものたち。
そのうちの二名とともに彼らは動き出す。
目指すは捕らわれ幽閉されている精霊王達の解放。
しかし、どうもその旅人…【ティン・セレス】は普通の【人】ではないらしく??
WOLD GAME ~古の聖殿~
一度感覚で覚えてしまえばあとは実戦をつむのみ。
元々、魂そのものに刻まれている【力】である。
本来ならば天地を通じて目覚めるまでに覚えているべきはずの【力】。
一度力が発動すれば、自然と全てが理解できるようになってくる。
だからこそ、【判る】。
「……あの……」
今までは漠然としか感じなかった違和感。
その違和感の正体。
それは紛れもなくこの【世界】を取り囲む世界そのもの。
聖なる獣である神獣ですら敬意を示していた相手。
力に目覚めたからこそ理解した。
しかしどのように対応していいのかいきなり理解してしまったがゆえに戸惑いを隠しきれない。
そんなレニエルの様子に気づき、くすっと笑みをもらしたのち、
「まあ、私は私。あなたはあなた。レニエルはニレエル。そうでしょ?
そこのフェナスがフェナスであるように。さて、と。
とりあえずレニーもおぼろげながら力に目覚めたようだし。ならいきますか。
とりあえずここをくぐっていけば目と鼻の先にでますしね」
実際はもっと離れてはいるのだが。
しかし、この壁を【通じて】別の壁の場所に【移動】することは可能。
壁となっている【力】と【力】を正常に結び付ければいいだけのこと。
のんびりと歩いていってもいいが、おそらく相手側が混乱しているのは一時的なもの。
ゆっくりしていて人質となっている輩達に危害が加えられては意味がない。
「…これをくぐる?しかし、まだ聖廟のある神殿はまだ先、なのでは…まさか……」
自らの中に芽生えた膨大ともいえる知識がとある可能性を導きだす。
「多分。レニーの予測してる通りだとおもうけど。
この邪気の成分を含む【精霊石】による【壁】は神殿の周囲にも張り巡らされてるみたいだし」
ふわふわとティン達の前にと浮かんでいる球体は今現在、とある一点が微かに光り輝いている。
緑色に光っているその光が示すのは、今現在、ティン達がいる場所を指し示している。
球体の中にみえる光の位置と逆五紡星の中心にある光とはかなりの距離がまだあるように垣間見える。
だがしかし、【力】を媒介にして空間そのものを移動してしまえば距離などという代物は関係ない。
「……あの。僕にはまだ空間移動はできませんが……」
いくら何でも今目覚めたばかりの自分にそれだけの力はない。
やり方はわかる。
しかしそれだけの力がまだ今の自分には備わっていない。
「何もレニーの力はアテにしてないから大丈夫よ。
それに私の力を使うわけでもなし。ここに使われている【念】達の力を使うだけのことよ」
元々、この【念】となった存在たちも、いいようにあつかわれるのを拒んでいた存在達。
ゆえにその縛られている悪意ともいえるソレを浄化すればおのずと自分達の味方につく。
そもそも、この場にとどまらせられているのは邪気に無理やり絡め取られた魂達の結晶体。
この炎を放った目的は彼らの解放、という名目をももっている。
二人の会話をききつつも、はっとようやく我にと戻り、
「いやあの!?というか、今、何が!?というか、レニエル!?ティンさん!?」
今、レニエルが扱った光は紛れもなく、王たる力の一部。
確かに船上で育てたがゆえか彼は動けるようになってもそのあたりの知識を持ち合わせてはいなかった。
しかし、さくっとそんな彼の魂の底に眠りし力を目覚めさせた目の前の少女。
レニエルとすればティンが【誰】なのかフェナスにきちんと説明しておきたい。
本来あるべき知識がよみがえった今、ティンが誰なのか今のレニエルは理解した。
しかし、そんなレニエルの思考を読み取ったのか、手を小さく口元にもっていきかるくウィンクするティン。
はっきりいってティンからすればあがめられるのも敬われたりするのも面倒くさい、というのが本音。
面倒なのはいつもの日常だけで十分。
というかあまりかしこまられてもこちらの言い分というか自由がきかなくなってしまう。
もっとも、そうなればその部分の記憶のみを封じる、という手も残ってはいるのだが……
「今はどうでもいいことを言い合っているときではないですし。それより、さくっと移動しますよ。
あ、フェナスさんはこの炎の中に入っても平気。というのはわかりますよね?」
緑と青の光に覆われているあるいみ心奪われる光を醸し出している炎の壁。
怖い、という概念などはまったくおきず、むしろみていてとても心安らげる炎の壁がそこにある。
ゆらゆらと青と緑に輝くその様は、まるで深緑に囲まれている湖の湖面を連想させる。
「どうでもいい…って……」
フェナスからしてみればどうでもいい、というよりはむしろ重要すぎる内容である。
それをさらり、とどうでもいい、の一言ですまされてもかなり困る。
「まあ、判ってるでしょうから説明は省きますけど」
いやあの、きちんと説明してくださいっ!
さらっと自分の問いを流されて思わず心で叫ぶフェナスは間違っていない。
絶対に。
「とりあえず、相手に気づかれて対策をとられる前に、さくっといきますよ。
さて、レニー。あなたのほうは心の準備はいいかしら?」
心の準備。
それはおそらく、【王】としての覚悟の強さを示しているのであろう。
【判ってしまった】。
だからこそ。
「はい。僕…いえ、私のほうは大丈夫です。私は私の役目を果たすためにもいかなければなりません」
そう。
自分と彼ら精霊王は一心同体といってもいい間柄。
【力】に目覚めた今だからこそそれが【判る】。
世界を支える柱の一角。
わざわざ目の前の【御方】が出向いてきているというのに自分が何もしないわけにはいかない。
まだ幼いから、という理由は理由にならない。
できうることをしなければ。
様々な思いがあるがそれを口にはださず、ティンの問いに力強く答えるレニエル。
「じゃ、いきましょうか」
「はい!」
「って、説明をお願いしますっ!って、きゃぁぁっ!まってください!ティンさん!レニエル!!」
一人、話しについていけないフェナスをさくっと無視するかのように何なら意味不明な会話を交わしつつ、
目の前の光り輝く炎の壁にと恐れることなくむかってゆく二人の姿。
そんな二人に対してあわてて叫んでおいかけてゆくフェナス。
炎はさらに輝きをまし、そのまま彼ら三人の姿を包み込む――
目の前の広がるは、何といったらいいのかわからない光景。
先ほどまでとは絶対に違う。
ばっと思わず背後を振り返ればそこにあるのは青き光の炎の壁。
先ほどまでたしかに前もみえないほどの異形ともいえる木々に囲まれた空間にいたはずである。
にもかかわらず、今いる自分達がいる場所がいったい全体どこなのか。
先ほどの会話の意味を理解していないフェナスからしてみれば驚愕せざるを得ない。
はっと自然と目にはいる、いまだにティンの目の前に浮かんでいる球体をみてみれば、
星を示す光の中心、その中心の光が異様に輝きを増しているのがみてとれる。
このあたりの空間はぽっかりと開けており、周囲にあるのは聳え立つ巨大な石柱の連なり。
足元には奇麗に切りそろえられた真っ白い石が丁寧に敷かれており、
石柱に沿ってその道は目の前にある巨大な白き建物へと伸びているのがみてとれる。
先ほどまでこんな巨大ともいえる建物は目の前になかった。
そもそもここまで大きな建物ものならばいくら何でも遠くからでも認識できるはず。
しかし、いくら薄い青き明かりしかなかった森もどきの空間とはいえこんな巨大な建物を認識できないはずはない。
白き石で出来ているその巨大なる建物はどうやらいくつかの棟らしきものに別れており、
中心とおもえし巨大な建物の天上部分とおもえし場所には、
巨大な球体のようなものがいくつかのっているのがみてとれる。
強いていうならば、古代文明が残した、といえる壁画にのこっている建物そのもの、といっても過言でない。
しかし、本来ならば清楚で神聖なる感じをうけるであろうその建物は今はひっそりと静まり返り、
逆にその白き石を黒き霧のようなもので全体を包み込まれているのがみてとれる。
まるで建物全体を霧の蔦が巻きついているかのごとく。
生命の気配はほとんど感じられない。
そもそも、鳥の声すらこの森にはいった時点からまったくもって感じられなかった。
「こ…ここは……」
「かつての精霊王達の集いの場。聖なる王の神殿。どうもここを拠点にしてるみたいね」
本来、この場の目的は精霊王達が集い、そして彼らをまとめる精霊神を呼び出す場であった。
しかしその神聖な力を逆利用し、精霊王を幽閉することにどうやら成功しているらしい。
戸惑いを隠しきれないフェナスとは対照的に、この場がどこかを的確に示しているティン。
「精霊王様達の祈りの場…そんな場所に精霊王様を…?」
聖なる地を穢してまで行うことではないとおもう。
その行為のせいで世界がどれほど疲弊していったか、かの国の存在達はわかっていないのであろうか。
おそらく自分達の利益のみを優先しているがゆえに目先のことしかみえていない。
それに伴う代償は別の力で補えばよい。
そんな傲慢な考えが今のような状況をうみだしている。
レニエルもまたこの地に満ちている穢れと、本来の力を感じ取り、思わず顔をしかめて思わずつぶやく。
「聖なる場、だからでしょうね。強き光はより強い闇をも引き付けるから」
そんなレニエルの問いにさくっと完結に述べているティン。
強い光があればどうしてもそこには強い影という闇の部分は存在してしまう。
しかし、光がより強くあればその影は小さく、光にほぼ取り込むことは可能。
だがしかし、その光が消えたときは、それこそそれまで以上の闇が周囲を包み込む。
「まさか…ここは、神々の祈りの…場?」
噂にはきいていた。
そのような場所がこの地にはかつてあった、ということを。
ましてやここは、聖なる山の麓。
この場にあっても何ら不思議ではない。
しかし今の今までそのような聖なる神殿が発見された、とは一度たりとてきいたことがない。
「おおかた、この国の先祖がみつけて隠してたからでしょ。
元々はこの場が知られたらいろいろと面倒…もといあの子たち…じゃなかった。
とにかく、【柱】である彼らも基本は不干渉、ということであったから公にはしていなかったしね」
下手のこの地がしられてこの場を利用する輩がでないように。
この国のかつての先祖はその【王】達の願いをききとげていた聖なる魂の持主であったというのに。
しかし、いくら親が清廉潔癖でも周囲がそう、とは限らない。
ましてやその子やその子孫までもがそのままだ、とは言い難い。
茫然と目の前にある光景が信じられず、しばし自分の頬をつねったり何だりしつつもつぶやくフェナス。
そんなフェナスにさらっと答えているティン。
そもそも、柱だの何だの、といっている時点でティンがこの世界の【成り立ち】をより詳しく知っている。
と証明しているようなものなのだが、唖然としているフェナスはその事実に気づかない。
中心の巨大な建造物を取り囲むようにして点在している六つの小さな…小さい、
といってもかなりの大きさをそれでも誇ってはいるが。
おそらくこの建造物がある空間はちょっとした国程度の広さを誇っている。
目の前の建造物が【城】だ、ともしもいわれても違和感ないほどの大きさを実質もっている。
全てを平等に扱う、ということは一種族だけをひいきするわけにはいかない。
だからこそこの地において、そしてまた世界を視通せる山の頂上、
そしてまた空の城において世界を見守っていた【柱】達。
「それより。呆けてないで。侵入者…すなわち私たちのことに気がついて襲撃者がむけられてくるわよ?」
この地には【証】を持たぬものが侵入した場合、
問答無用で攻撃するように【植え付け】られているものがいる。
それらは、【彼ら】による実験体であり、そしてまた被害者でもある。
全ての力…器における精神体における力の全てを抜き取られ、
その空となった器をも利用される。
完全に命そのものを冒涜している、としかいいようのない行為の結果がここにはある。
「ティンさん!?ここは…」
「ここは、聖なる場。今でいうところの、セレスタイン教壇の本来の総本山であり、
そして…中心にあるのは全ての源たる聖廟。―― コラム宮」
長ったらしい名前が面倒なので省略した。
そのせいか、かの存在の名前までそれにて定着しまったようであるが。
「コラ…!?もしかしてここは、精霊王達の神である精霊神コラム様の神殿!?」
精霊神、コラム。
そう一般には伝えられている。
しかしその姿をみたものは皆無、ともいわれている。
全ての精霊を司るものであり、そしてまた全ての命の親ともいわれている存在。
一節には精霊王達がその力をもってしてはじめてその御身を召喚することができる。
ともいわれていたらしい。
もっとも、その認識はあたらずとも遠からず…なのではあるが……
しかし、そんな裏事情は当然、フェナス達は知るよしもない。
「元。ね。今は魔窟の巣窟となってるようだけど……それより、きたわね」
フェナスの言葉を否定するわけでなく逆に肯定し大きくため息を吐き出すティン。
…彼らが全員集まったときでないとその実体化できない、という特性変えたほうがいいかしら?
そんなことをふと思う。
もっとも、実行しようとおもえばすぐさまこの場にてそれは可能、であるが。
しかし一応は、彼らの言い分も聞いてみる必要性もあるであろう。
ゆえに今すぐにその思いつきを実行、という案はひとまず思考の端においておくことにする。
ため息と同時にすっとティンが石畳の先。
すなわち、巨大なる建物…かつては聖殿、として精霊達でにぎわっていたその建物。
その方向からむかってくるいくつかの影に対して指先をむける。
ティンに示され、そちらのほうをみてみれば、
黒き霧に覆われた白き建物の中からなのか、それともその黒き霧の中からなのか。
ともかくそこからゆらゆらと石畳をまるでたゆたうように近づいてくるいくつもの影。
ざっとみつもり、かるく十以上はいるであろう。
かたやこちらは三人。
普通に考えれば勝機は薄い。
だがしかし、
ゆらゆらと近づいてくる影の中に見覚えのある姿をみつけ思わず目を見開くフェナス。
「まさか…そんな…カ…ス…ミ?」
つぶやくフェナスの声は気のせいではなく完全にかすれている。
目の前には懐かしい面影をもっている女性がいる。
しかし、その目は虚無であり、その体そのものにも精気がまったく感じられない。
すくなくとも、その【魂】がまったくもって感じられない、という現実が目の前にある。
―― 王の卵をつれて逃げて!
そういったあのときの彼女の決意。
「あ…あ…うそ…そんな……ギー…セン…様?」
―― 王は我らが希望!王がいつか覚醒すればヤツラの思惑も計画も、さらには世界をも救える!
聖なる地を守りし、聖なる騎士。
誇り高かった。
誰よりも。
そしてまた、その本体もまた誰よりも力強かった。
…かの国が確定、否、確率してしまった【術】の厄介な特性の一つ。
彼らがよく成していた【姿】のままに【殻の器】を操り道具と化す。
そもそも、本体である【草木】をどうこうしても彼らにとって意味がない。
その命の源ともいえる【力】と【精気】を全て奪った後は、
その器にのこりし【残留思念】ともいえる存在をあつかい、自らの手駒と化す。
そう、自分達の都合のいい【駒】として、【戦力】として。
【心ある存在】は普通、知り合いと同じ姿のものにどうしても気を許してしまう。
たとえそれが元の知り合いではない、とわかっていても、どうしてもそこま戸惑いが生まれてしまう。
まして、それらが力のあるものであるならば、その知り合いがせめてきたときに何よりも有効な手段となりえる。
「?フェナス?フェナス!しっかりしてくださいっ!」
ふと見れば横でがたがたと震えて体を抱きしめ、ある意味放心しかけているフェナスの姿。
いつも守ってくれていた自信にあふれていた【フェナス】の姿はそこにはなく、
ただただ【迷い子】ともいえる表情をしている彼女の姿がそこにある。
まだ、当時、まどろみの中にいたといっても過言でないレニエルは知らない。
目の前に近づいてきている姿をしているかつての【存在達】が自分を命をかけて助けてくれたものである。
ということを。
精気のなくなった傀儡としかいいようのない人形。
おそらくは何らかの別の意思か何かを埋め込まれているのであろう。
そうでなければ自分達にむかってしかも向かってくる輩全てが武器を手にしているはずがない。
いきなり見ず知らずの相手に対して武器を手にむかってくるなど考えられない。
しかもあいてからは殺気も何も感じない。
感じるのはただ【虚無】ともいえし無の心。
「?普通の体…ではない?もしかして…彼らの元は、【精霊】…ですか?」
その姿形を無理やりに別の力にて固定化させているような感覚を目の前の輩達からは受ける。
様子のおかしいフェナスをなだめつつも、どこか冷静に横にいるティンにといかけているレニエル。
「そう。どうやら第一陣の襲撃者は朽ちた精霊の器、みたいね」
すでに精気を奪われ、ただそこに【在る】だけでしかない輩達。
存在、ともいえない、心も命もそこには存在していない。
ただ、その形がそこにある、というだけ。
そしてその形は別の力により強制的に操られるように動かされている。
今、こちらにむかってきている輩達が行うことは、この地に迷い込んできた輩の排除。
【排除】という行動パターンのみを埋め込まれた物言わぬ人形達。
「精霊の…器……」
自分達【森の民】も一種の精霊の一族、といって過言でない。
年月を得た草木がその霊力、精神力をもってして実体化した存在。
それが【森の民】。
ティンが今説明したこと。
そして、目の前のフェナスの様子から察するに、
「……私の…一族の…もの…?」
信じたくはない。
だけどもいつも冷静なフェナスがここまで動揺している、ということはその可能性が高い。
だからこそ思わず茫然としてつぶやくレニエル。
そんなレニエルの問いにティンは答えない。
…その答えは、レニエル自らがださなければいけない問題、なのだから。
「あ…あ…あ……」
動けない。
わかっている。
相手はかつて自分のしっている彼らではない、ということは。
理性では理解している。
だけど…だけども、かつてと変わらず面影を目の前にしてどうしても行動に移せない。
自分が守らなければならないのは、レニエルだけのはず。
だけども…本当ならば助けたかった。
彼らを犠牲にするのではなく、全員で【王】を守り切りたかった。
自分が選ばれ…【王】を託されたのは…まだ当時、自分が幼なかったがゆえ。
ようやく自らの意思で動けるようになり、日々鍛錬に励んでいた。
そんなまだ幼き子供である彼女達に【希望】が託されている、など襲撃者はおもわないであろう。
それゆえの【大人】達の判断。
自分達の命は未来に紡ぐため、新しい次代は新しい命に紡いでもらうため。
だからこそ、年配の存在達…すなわち、【精霊】として力をつけていた存在達はこぞって王を守るための壁となった。
…結果として無事に【希望】である【王の卵】は無事にその窮地を脱することができた。
…数多の犠牲によって。
―― 何をしている!フェナス!お前は【輝きの守護】の一族たるもの!
ふと、どこからともなくそのような【声】が聴こえたような気がし、はっと我にと戻るフェナス。
そう。
ここで負けるわけにはいかない。
何よりも。
目の前の彼らは自分の知っている彼らにはあらず。
わかっている。
わかっているのに…だけども、心はそれについていかない。
自分に彼らを傷つけることができるのか。
…また、見捨てることができるのか?
あのときは力がなかった。
だけど、今は?
力のないときと今、とでは違う。
しかし、あのときと今とではまた状況がまったく違う。
すでに彼らから【精気】はまったくもって感じない。
むしろ抜け殻ともいえる人形でしかない。
それも【判る】。
だけども震える体はどうしようもない。
「……輝きの王の名の元に命ずる。聖なる輝きよ。我の命をもってして、虚無なる人形を無とかさん」
「レニ…っ!?」
もしも目の前の存在達が自分の一族ならば。
そして目の前のフェナスの反応からして自分を守るために犠牲になった存在であるならば。
その姿形が悪用されているのであれば…全ての始末をつけなければいけないのは…紛れもなく自分。
先ほど理解した自らの【力】。
だからこそ言葉を紡ぎだす。
「現世は幻。幻なる真実。幻なる虚無は夢。夢は現実なり。―― アラバスター…解除」
精霊の本質。
それはその生命力である霊力と精力により生み出される意識体のこと。
そしてそれらの力がつけよればつよいほど、仮初めの器を自分自身の力で成すこともできる。
いわば、【力の具現化】といっても過言でない。
その【力の具現化】を彼らの言葉で【アラバスター】と称する。
それは【力ある存在】でしか知りえない言葉であり、【柱】である存在のみができるその構成の解除。
レニーの今紡ぎだした言葉の意味。
嫌でも【理解】する。
それは…彼らの【姿】の強制なる…解除。
すなわち…姿の分解であり…その姿であることを無とする力ある言葉。
だからこそフェナスからしてみれば叫ばずにはいられない。
彼がそこまで先ほどの一瞬で力に目覚めていることは喜ばしい。
だけど…だけども、彼らは本当ならばレニエルにとっては【聖なる存在】として傍にいるべきはずであった存在達。
それをレニエルに教えていないのは…彼がそれにたいして罪の意識をもたないがため。
自分のためにほとんどの【聖なるもの】が命を落とした…と知ればまだ幼いレニエルの心は壊れかねない。
彼らが誰であったのかレニエルに説明する間もなく、レニエルから紡がれたのは…強制なる【無】。
刹那。
ティン達のほうに武器を手にとりむかってきていたそれらの姿は一瞬、その輪郭を崩し。
そのまままるでその輪郭そのものを大気の中に溶け込ますようにとかきけしてゆく。
まるでそこに始めから何もなかったかのように。
「ん~。まあ、とりあえず、それらの【精神体】でもある【力の結晶】が無事なら、
まだ彼らをよみがえらせることは可能、だから。あるいみ的確な判断ではあるわね」
彼ら【精霊】という存在は基本、その本体が壊れないかぎり存続を続けてゆく。
しかし、【森の民】と呼ばれし存在達のその本質は…どちらかといえばその【精神体】ともいえる。
強き精神をもっているがゆえに、本体である草木から別の姿へと変化することが可能である種族。
それこそが森の民、とよばれているゆえん。
「はい。今いたのは、姿を模した、ともいえる精霊達の人形、でしょう。
…しかし、あのような輩をむけてきた…ということは…ここにやはり……」
おそらくは、捉えられている仲間も、そして他の輩もこの場にて幽閉されているのであろう。
幽閉、という言葉は正しくないかもしれない。
…何しろ捉えられた力ある存在達は全ては【道具】にされるべく集められているにすぎない。
強制的にその【力】を抜き取り、人工的な【精霊石】を創りださんがために。
ティンの言葉にうなづきつつも、すっと手を伸ばした手をそっとフェナスの体に添えつつ、
それでも自分の役目をはたさんがために、きちんとティンに対して自分の意見を紡ぎだすレニエル。
「まあね。…で。どうする?レニーとフェナスさんは。
私はこのまま中央にいくつもりだけど。…二人は捉えられている存在を解放したいんでしょ?
まあ、今のレニエルならば、あのような普通の人形相手ならば問題ないでしょうけど。
だけども、ここには普通の【人】の抜け殻も多々といるのを忘れないようにね」
それはすなわち、死者の骸が別の意思によって強制的に動かされている存在もいる、
ということを暗に指し示している。
魂はすでに別にわけられた、というのに肉体だけが存在している、生きる屍。
つまり、それが意味すること。
簡単に捉えられている存在達を救いだす、といっても待ち構えているあるいみ【敵】もまた【被害者】でしかない。
何よりも、
「それにこの場には実験に携わっている研究者達も多々といるみたいだし…ね」
そんな存在達に対して正確な判断が下せるか。
死を持ってつぐなわせるか。
それとも、永き時の中で反省をうながさせるか。
…決めるのは、柱の一角でもある【輝ける王】の裁量次第。
それにより、ティンがこの【世界】に対して行う【行動】も決まってくる。
…新たな構成か、それとも…未来を託すか……
「あの子もけっこう根性すわってきてるわね」
これはこの世界の未来も少しは期待できるかもしれない。
ただ、今までは傍受されるだけの守られるだけの存在だった。
それが今までの【王】の姿。
聖なる存在に囲まれ、そして与えられた役目をこなすだけの、そこにあるだけの存在。
それは、彼らがまだ動くことすらできなかったときから変わらなかった。
しかし、ティンが求めていたのはそんなことではない。
自ら考え、そして自ら感じ…そして自ら成長してゆく。
それを願っていた。
他者の意見に流されるままではなく、自らの意思により自分で成長してゆく。
王が成長すればそれに連なる属性のものもまた成長してゆく。
輝ける王は、この地における草木に根ずく緑の象徴。
自然の力が強くなればそこに根ずく数多なる生命もまた強くなってゆく。
ティンと共に中央にくるか、それとも自分達だけで捕らわれの存在達を救いだすか。
ティンの傍にいれば実際問題としてまったくもって危険も何もないであろう。
すくなくとも、ティンが傍にいるだけで【王】としての力が自然と解放される。
しかし、レニエルが選んだのは、フェナスとともに被害者達を救出にまわること。
もともと、この地に向かいたかった理由は、捕らわれた存在達を救いたい、という思いから。
そのときはティンが【誰】なのかまったくもって理解もしていなかったレニエル。
レニエルとてティンの許可がない以上、
勝手に正体を話していいような【御方】ではない、と力に目覚め覚醒したときに理解している。
それほどまでにティンの存在は、この世界にとってはあるいみ衝撃的なこと。
輝ける王が強くなれば大地もまたそれに伴いその力をもってして強くなる。
薄っぺらい大地のみでは生命はいずれは死に絶える。
かといって全ての力が大地に返還されればそれこそ惑星そのものの力は涸渇する。
世界は微妙なるバランスにおいて成り立っている。
もっとも、そのバランスをいともあっさりと壊そうとしているのがほかならぬ人類、という種族であるのだが。
「というか。なんで私達のところでもそうだけど。人類って毎回同じような過ちおこすのかしら?」
それは今のところ知っている数多なる世界においてもどうやら同じようなことが起こっている。
自分達が全てを支配できる、とでもおもっているのであろうか。
実際に、世界を守り導いてゆく、というその大変さはおそらく経験してみなければわからないのであろう。
壊すことは簡単でも再生することは難しい。
それまで培ってきたものをすべてなかったことにするその勇気をもちえなければ、
無から始める、という気持ちもおそらく生まれない。
ティンの周囲には先刻と同じようにいくつもの青き炎が立ち昇っている。
ティンの近くに近づこうとした様々な姿をしている存在達は、
ティンに近づくこともなく、そのまま青きの炎に包まれ、その場にて崩れ落ちている様がみてとれる。
しかし当然のことながらその炎は周囲にある建造物の一部であるであろう。
装飾品や壁、などといったものにはいっさい傷をつけていない。
正確にいうならば、焦げ跡もまったくもってついてなどいない。
ティンがその気になればこの建物ごと【ないもの】として扱うことも可能。
しかし、この場を残すことにより、彼ら達にとって自らの過ちを顧みる材料にしてみるのも一つの手。
そう思い立ったからこそ、建物に傷一つつけることなく、炎のみ操り進んでいるティン。
ここにくるまで幾人もの協会関係者であり、実験の関係者でもある【帝国】に属する人間。
そういった輩もティンに気づき、むかってはきた。
しかしそういった輩もまた今は炎につつまれ、その苦痛をもってしてその場に苦悶していたりする。
そもそも、こんな実験というか計画に違和感なくそれこそが正義、としてしか思わない輩には、
別の視点からの視野も必要であろう。
そんなティンの心優しき配慮により、炎に包まれた存在達は、
自らが手がけた実験体…すなわち、被害にあった様々な【存在達】。
彼らの苦痛を全て自分の経験としてその精神体そのものに炎を媒介としてうけている。
それで彼らの精神が壊れるもよし、反省するもよし。
壊れるにしても反省するにしても、それは彼らの自業自得というか彼らが選んだ結果。
自分がされて嫌なことは相手にしてはいけない。
それはどんな種族においてもいえること。
しかし、彼らはそんなことをまったく考えずに…自らの欲とそしてその研究心だけのために行動を起こした。
だからそこに情緒酌量の余地はない。
視るかぎり、どうやらレニエルのほうは、その力をもってして、
意識ある存在は普通に眠りにつかせているだけ、みたいではあるが。
しかしそれで彼らが更生する、ということはまず確実にないであろう。
目覚めたとき、彼らは逆にレニエル達に対し牙をむくことは必然。
それでも、まだレニエルはそこまで非常に徹しきれていない。
何かを守るためには何かを犠牲にしなければいけないこともある。
それはわかっていても、どうもそこにまで心がおいつけないらしい。
まあそれもいつまでもつか、というところか。
そもそも、自分本位でしかない存在はどのように反省を促しても、所詮そのしがらみからは抜けきれない。
それこそ魂を完全に浄化し新たな生を踏み出さない限りは。
浄化の力はたしかに全ての不浄なる気を完全に浄化させることは可能。
しかし、その本質がかわっていなければ同じ不浄は再びたまりゆき、また同じ過ちを繰り返すこととなる。
例えていうならば、一人の人物がいずれは世界を破滅させる何かを生み出すと決まっている。
とする。
その人物に対し計画を断念させようといろいろと手をつくした結果、
それでもその人物は自分の計画のもたらす結末を考えずに自らの欲望のままにその計画を実行。
そして世界は破滅。
しかし、その人物が世界を破滅させると完全に確定した時点で彼を抹消していれば、世界は救われる。
どちらも救いたい、という思いはたしかに大切な心ともいえる。
しかしそれで数多な命が滅んでしまっては…もともこもない、ともいえる。
そして、レニエルはそれらを決定する重要なる立場にいる【柱】の一角。
ティンからしてみれば、幾度もこのようなことを経験したがゆえにそれにたいしての迷いは一切ない。
むしろそのせいでいくつもの世界が滅んでしまった様をみているがゆえに迷いはない。
たかが一つの問題のせいでその【世界】そのものを破滅させるいわれはない。
もっとも、今のように【任された】初期はそのようなことを多々とやってしまい、
自らの苦労をさらに倍増させていたりしたのだが……
この【世界】はある程度慣れてきたがゆえに産みだしてみたとある【世界】。
全ての命が平等であり、そして共存できる世界を目指して産みだしてみた。
しかし…いまだにその願いはこの地においてもかなえられては…いない……
コラム宮。
正確にいうならば、ここはコランダム宮殿、という名称で創られた。
以前、省略して呼んだことからどうもコラム、という名で定着してしまったらしきこの宮殿。
もっとも、それにより精霊神の名までその名で定着してしまったようではあるが。
まあそれは他の精霊王達もなぜか真名と異なる名が普及していることからさして問題ではない。
この宮殿の特徴は全て名が指し示す通り、とある鉱石により出来ており、
その結晶の中に含まれている不純物の性質と特性により様々な色へと変化する。
つまり、同じ鉱物であっても混じっている不純物の率によっては様々な色合いにと変化する。
この宮殿は基本的に真っ白な宮殿と傍からみれば映り込むが、時と場合によっては、
光の加減によってはこの宮殿そのものの色合いもその場に応じて変化する。
ゆえに、この宮殿は『神々の楽園』とも呼ばれていた。
しかし今はその面影はなく、おそらくその呼び名を知っているのもはごくわずかであり、
神話、もしくは伝承の中でのみ語り継がれている。
当然のことながら、普通の存在達が傷をつけられるような物質ではなく、
この宮殿を構成している物質を傷つけられる存在はごくごく限られた力ある存在達のみ。
いくらマガイモノの力を得ていようともどうやら内部構造にまでは手をつけられなかったらしい。
見て取れるのは後からつけた様々な器具や装飾品、といった品々。
もっとも、装飾品という類の代物はほんとうにごくわずかしか存在せず、
ほとんどが何らかの実験につかうのであろう、特殊な術を施している巨大な【筒水晶】や、
…どうやら水晶に特殊な術形式を伴う陣を書き込み、ちょっとした水槽替わりにしているものらしい。
それらがいくつも並べられている部屋を抜けた先にあるものは、
これまたずらり、と床に並べられている土属性をもつ精霊石。
その上に敷かれている布のようなものは、精霊石の力によって無人ながら勝手にとある方向へと進んでいる。
「…ベルトコンベアーもどき?」
おそらくそれをみてぼつり、とつぶやくティンはおそらく間違ってはいないであろう。
まあここまでこういった知識を考えだした存在にあるいみ尊敬せざるを得ないが。
少なくとも、今のこの世界でそこまでの考えを持ちえる、ということはあるいみすごい。
…もっとも、その知能を別のところにむけれてくれるのであればティンとはして申し分なかったのだが。
水晶でできているであろう水槽の中には幾多もの生物が入れられており、
液体の中につけられているそれらはどうやら生きてはいるらしく、息をしている泡のみが生存を物語っている。
皮のあるいみ動く床といって過言でないその【道】はその先にある地下への穴へ続いており、
そこに乗せられているのは完全に枯れ果てた、としかいいようのない様々な姿形をしている存在達。
強いていえば全ての力を吸い取られ、本当の意味で【干からびた】といっても過言のないものたち。
すでにそこに命は存在しておらず、ただただ精気を失った器の核となった部分がのこるのみ。
ざっと確認した限り、この地下においてはこれらの器の核の残骸といっても過言でないモノに、
人工的な処置を施し、自分達の兵士…すなわち傀儡へと合成していっている。
いわゆる合成獣ともいうべき生命体へ。
「前もそうだったけど、今度もなんでまた生命を冒涜するに至るかなぁ……」
彼らの考え的には、自分達こそ、すなわち人類こそ神に選ばれた聖なる種族。
ゆえに他種族は自分達より下であり、ゆえに自分達がどのようにしてもそれは神の意思に他ならない。
という何とも傲慢な考え。
だからこそ頭が痛くなる。
そもそも、どうすればそのような間違った方向にすすむのやら。
自分ははっきりいってそのような方向性に進むように、とは設定もしていなければ、
またそのような方向性に向かう、とも思ったこともない。
…まあ、すこしばかり多少、そういう輩がでる可能性を考えなかったわけではない。
…もしかしたらこのあたりの結果はそのときにふとよぎった思いが影響しているのかもしれない。
そんなことを思いつつ、
「…本格的に、精霊達の声を聞こえる巫女とか、設定したほうがいいかな?」
偽りの神託をうけたといって困ったことにならないように、
神託というか精霊の声をきいた存在には何らかの特徴が体にでるように仕向けるとして。
そうすればすくなくとも語り巫女などといった存在はでてこないであろう。
それをするならば、この世界にない文字、もしくは絵で印をうかばせる必要性がある。
「…まあ、そのあたりもとりあえず彼らを救いだしてから…かな?」
独断専行で行ってもいいが、やはり一応彼らにも釘を差しておく必要はある。
そもそも、時間率をかなり変えている以上、いつも自分が目を届かせられるか。
といえば答えは否。
あくまでもできうればそこにいる存在達で随時対応してほしいのが本音。
そうでなければ体がもたない。
そんなことをおもいつつも歩みを進めることしばし。
やがて視界にみえてくるのはちょっとした大きめの扉。
ぎぃぃっ……
「「何ものだ!?」」
何ものも何も。
目の前にある扉を大きく開け広げると予測通りというか何というべきか。
そこにいる数名の人影。
彼らは自分達の行っていることに対して微塵も疑問を抱いておらず、
むしろ自分達のために他者が命を捨てるのは当たり前。
とおもっている考えが自然と流れ込んでくる。
いくら感覚を完全に【検索】にしているとはいえ、こうも簡単に他者の考えすら流れ込んでくるのは、
それは相手の考えがあからさまに偏っているということに他ならない。
「何ものって。とりあえずあなた達にとっては【断罪者】といったほうがいいかしら?」
彼らに同情する余地はさらさらない。
そもそも自分達がおこなっていることが世界にどのような影響を及ぼしているのか。
そんな簡単なことすら考えない輩にわざわざ説明するつもりもない。
「くっ!人形達は何をしていた!?」
相手側…すなわち、部屋にいた研究者や術師達からしてみれば、いきなりの侵入者。
ここにいたるまでかなりの人形を使いこの場の守りは固めていたはず。
にもかかわらず、あっさりと見知らぬ誰かがこの場に侵入してきているのはこれいかに。
上層部から誰かがここにやってくる、という連絡はうけていない。
突発的に研究過程と実験成果を見極めるために遣わされた派遣員でもなさそうである。
一応、彼らは上層部にあたる者達とは一応面識をもっている。
そうでなければこのような神殿の奥深く、いってみれば関係者以外断ち切り禁止。
としている場所にいられるはずもない。
扉からはいってきたのはどうみても見た目十代そこそこの少女。
漆黒の長い髪をミツアミにし首のあたりから前に少しばかり下げている視たことのない少女。
服装からして旅人何か、なのであろうが。
そもそも普通の旅人がこんな神殿の奥深くにまで入り込めるはずがない。
だとすれば考えられるのはどこかの国の間者、もしくは王国諜報部の関係者。
ここまでこれた、ということはそれなりの実力をもっている魔道士、もしくは魔術師と考えたほうが妥当であろう。
すばやく対抗するために、それぞれが武器にはめ込んでいる精霊石にと力を通し、
不意打ち的にその力を解放しようとしているものの、
「とりあえず。あなた達は反省部屋行き。【聖雷の矢】。【Select3】」
ざっとその場にいる人影…部屋の中にいたのは十名ほどの黒きフードを纏った人間達。
中には女性もいるようだが、そんなことは関係ない。
そもそもここにいる、ということはこの計画に異議を唱えずに逆に賛同している、ということなのだから。
ゆえに問答無用でとある言葉を紡ぎだすティン。
その場にいる術者達もまた何がおこったのか理解できないであろう。
刹那。
『う…うわぁぁっっっっっっ!?』
突如として彼らの体のみを青白い炎が埋め尽くす。
先ほどまでティンが操っていた炎とはまた異なり、このたびの炎はきちんと熱さも感じれば痛みも感じる。
ちなみに当然普通の炎ではないので水などをつかっても当然消えることはない。
「あなた達はこれまでにも、他の生き物に同じようなことをしていたのでしょう?
なら自分達がそのようなことをされてどう思うか。考えたこともなかったでしょうしね。
しばらく同じ痛みを感じつつ、自分達が今までおこなっていた行動を顧みなさいな」
いきなりのことでその場にいた人間達は何がおこったのか理解できないであろう。
しかし、真実は一つ。
突如として自分達の体が炎につつまれ、そしてその炎は間違いなく自らの体を焼き尽くし始めている。
それが肉体だけの痛みでなく精神的にも痛みを感じるのは彼らの気のせいか。
しかし彼らは気づかない。
それが気のせいではなく、魂そのものすらをも焼き尽くしている、というその事実に。
もっとも、この状態で気づけたとすればそれはそれですごいものがあるであろう。
周囲に響き渡るのは何ともいえない悲鳴と叫び。
しかしそんな彼らの悲鳴をことごとくさくっと無視するティン。
そもそも、彼らとて今まで捉えた生命体が命乞いや悲鳴をあげても容赦なく実験を繰り返していた。
それを知っているからこそティンは彼らに容赦するつもりはさらさらない。
自分がやられて嫌なことは他者にもやってはいけない。
それはあるいみ常識中の常識。
その常識がこの【セレスタド王国】の中では完全に抜け落ちてしまっている。
絶対的な宗教、という盾をふりかざし、他の意見をことごとく無視して進んでいった結果ともいえる。
そのような王国の中で生まれ育った民もまた哀れ、としかいいようがない。
そもそも始めから謝った概念を物心つくころから叩き込まれ、
ゆえに自分達以外は全て劣っているのでどう扱ってもかまわない。
という認識のもと成長を余儀なくされていたりする。
周囲が周囲であるがゆえに、真実をしっても当然その真実に目を向けようとはしない。
…中にはおかしい、と感じ抗議するような輩がいれば、そんな輩はすぐさま捉えられ、
神への供物、という名目のもと実験体へとまわされる。
この国の中での実験は神へ対しての供物、という認識であり、
ゆえにどのような残虐非道なことが行われているかなど、はっきりいって国民の間には知られていない。
むしろ、神への供物になるのだから愚かなる身であっても誇るがよい、という何とも傲慢な考え。
それがこの王国の今現在の特徴であり、現実。
いまだに何やら響き渡る阿鼻叫喚、といってもいい嗚咽と悲鳴をさくっと無視し、
そのまますたすたとその場の床にと描かれている特殊な模様にと手をつける。
この床にかかれているのは逆五紡星を中心としたいくつかの拠点を示す陣と、
そしてそれらを構成しうる特殊な陣。
陣、とは精霊の元となっている各種ともいえる核、すなわち原子核を示しており、
遠目からみればただの模様でしかないが、
よくよく細かくみれば細かな数値というか記号がびっちりと書き込まれているのがみてとれる。
この【陣】に【力】を加えることにより、実際にその効力は具現化するにいたる。
精霊王といった柱であるものに伝えていた知識であり技術であったのだが、
とある精霊王が人にこの技術を伝えてしまったことから多少この世界は狂い始めている。
もっとも、きちんとこの知識を有効利用している種族がいないこともない。
しかし、あからさまに人、という種族はその行為がいきすぎた。
過去も、そして今もまた…人は幾度もおなじ過ちを繰り返す。
過去から学ぶ姿勢がなければいくら年月がたとうが同じこと。
いずれはその自分達の考えにより自らが滅ぶなどまったく思っていないのであろう。
精霊王達の力もまた自分達よりも格下、と位置付けている人間には何をいっても無駄。
彼らがその気になればこんな小さな国といわず人間という種族のみを奇麗に滅ぼすこともいともたやすい。
その事実にこの王国のものたちは気づいていない。
もっとも、大人しく捉えられてしまった精霊王達にもその勘違いの一端を推し進めてしまった。
という概念はある。
だからこそ、ティンからしてみれば彼らにきちんと始末をつけさせたいのが本音。
自然の力の前にはどんな種族もまた無力に等しい。
そんな自然の力の具現化ともいえる存在を生み出すことによりその被害を最小限に押しとどめよう。
その思いゆえに精霊王達、といった存在は誕生している。
ティンが床にそっと手をおいたその刹那。
床にかかれている文字の羅列がほのかに輝きを増し、
次の瞬間。
パキイィッンッ!
済んだ音ともに何かが壊れる音が部屋全体にと鳴り響く。
この部屋は装飾もほとんどなく、天上は見上げるほどにどこまでも高い。
建物の中心でもあるこの奥の間はちょうど建物の天井部分の真下にあたり、
ゆえに天上もまた床から吹き抜け具合に吹き抜けている。
ここで発生した【力】はこの【地の場】を構成している逆五紡星による結界の中心となっている。
今、ティンが行ったこと。
すなわちそれはこの地の場こと迷いの森に展開されていた結界を無にしたに過ぎない。
それにより今まで妨げられていた【地】の力が今まで涸渇していた大地に注ぎ込まれる。
そしてそれは地の力だけでなく【空】の力もまた同様。
例をあげるならば、乾ききった大地に突如として大雨が降り注ぐがごとく。
それでも精霊王が実際に手だし出来ない今、小精霊達の力でのみの影響となるがゆえに、
急激な変化はさほど見受けられない。
しかし、それはこの場にいるティンにのみわかる事実であり、
いまだに炎につつまれ、床に転げまわっている輩達が知るよしもない。
周囲に満ちるのは、先ほど崩壊した陣の欠片。
それらはきらきらと輝きを増し、やがてそのまま天上にとのぼってゆき、
そのまま建物の外にでると同時、周囲へと溶け消えるようにとけきえる。
もしもこの場に第三者がいるならば、それはまるで光の洪水。
そう表現していたであろう。
光の粒子が細かく舞いあがり、空に舞い上がる様はあるいみ神秘的といえば神秘的といえる光景。
しかしティンからしてみればこのような光景ははっきりいって珍しくも何ともない。
そもそも、【視える】ように可視化したのはほかならぬティン自身。
以前にもこのように実際に目の当たりにしたことがあるゆえにまったく動じることもなく、
「さて。と、クーク達は…奥の部屋というか、この地下、か」
感じる気配はこの真下から。
ゆえに。
「構造改築」
この床を構築している物質、コランダムの分子配列を少しばかり変更し、
床であったそれらの物質を地下へと続く階段にと構造を変化させる。
ぽうっとティンがつぶやくと同時、ティンの手にはめられているブレスレットがほのかな輝きを伴い、
その輝きはそのまま床にと吸い込まれてゆき、やがて光が触れた場所にぽっかりとした穴があき、
光はきらきらと輝きを伴いながらも、その穴の地下へ、地下へと進んでゆく。
やがて光が穏やかに収まった後にみえてくるのは、さきほどまではなかった光景。
先ほどまでこの場には魔方陣といっても過言でない何かの陣らしきものが描かれていた。
しかし、それらの中心にあたる場が今現在ぽっかりと穴があいており、
その穴より地下へと続くであろう階段らしきものが見て取れる。
よもや今この場でティンがこのように構造を改造したのだ、と一体だれが予測できようか。
もっとも、ティン以外にいるこの場の存在達はいまだに自らの肉体を炎に包まれ、
その事実に気づくこともなく身悶えている。
ゆえに自分達のいる部屋の中ではっきりいってありえないことが起こっているなど夢にもおもわない。
むしろそこまで気をむける余裕すら彼らには残っていない。
人間、誰しも我が身のみがかわいいもの。
ましてやそれが逃れられない痛みと絶望を伴えば……
まだ気が狂わないだけあるいみマシなのであろうが、おそらくそれも時間の問題…なのであろう……
しかし、彼らは知らない。
このような状況に陥っているのは自分達だけではない、ということを。
先ほどティンが紡いだ言葉は、この神殿全体に効果を及ぼしており、
この場において実験に携わっていた全ての存在達をことごとく炎にて包んでいる、ということを……
コッコッ……
耳触りともいえる悲鳴をも物質に吸収するように先ほど少しばかりいじっておいた。
陣を破壊し、陣を構成していた様々な物質を世界に解き放ったときに、
外部より物質そのものに別の特性を付け加えた。
本来ならば、熱や音などを吸収する力は、コランダム、という物質そのものには存在しない。
しかしそれらを付属することにより、多少この神殿はあるいみ過ごしやすくはなる。
ティンからしてみれば耳触りな悲鳴などが壁や床に吸収されることにより静かになる、という思惑が強いのだが。
建物自体を構成している物質そのものが音などをも吸収しはじめたがゆえに、
階段をゆっくりおりてゆくティンの耳には耳触りな叫び声は聞こえない。
足音もまた、小さく響いたのちに、
まるで吸い込まれるかのごとくにそのまま足元の階段の内部へと吸い込まれてゆく。
まっすぐに階段を創りだしたのでは目的の場所から遠くなる。
ゆえにらせん状にして地下へと続くようにとしむけている。
そのままらせん状ともいえる階段の中心をゆっくりと舞いおりてもいいのだが、ここはやはり気分の問題。
それに何よりも目的の場所はさほど深い位置に存在していない。
さすがに百メートル以上も地下に潜るようになるのならば、
あえてティンも歩きではなく浮遊してゆくことを選んだであろう。
ゆっくりとしかし確実に足を踏みしめつつ、地下にむかうことしばし。
本来ならば真っ暗であるはずの空間は、ティンが施したほのかな明かりによってほどよい明るさを保っている。
やがてぼんやりと視界の端にみえてくるのはほのかに鈍く輝くとある物体。
それらが巨大な水晶の柱である、と理解するのにそう時間はかからない。
巨大な水晶の柱は二本あり、それらは左右対称にそれぞれ位置づいており、
その中心にはおそらく地上、すなわち神殿の床にある陣と直結していたのであろう。
しかしその陣もさきほどのティンの構成解除によってすでに効果を奪われ、
そこにはただかつて陣があった、という痕跡しかのこってはいない。
水晶の中にたゆたうように存在しているのは二つの物体。
正確にいうならば、片方は人の姿でありながらも人にはあらざる姿、というべか。
対するもう一つの姿はといえばなぜか気にいっているらしい、
長くうねうねとしたその体をぐるりとどぐろを巻いたような格好となり目をつむっているのが見て取れる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
思わずそんな二人の姿をみてコメカミに手をあてるティンを一体誰が責められるであろう。
彼らが【何】であるか知っていればすくなくとも、ティンの動作もすぐに理解できる。
そもそも、陣の構成をも解除して、さらにはこの場にみちている逆結界も解除した。
というのに。
なのに…なのに、である。
「何あなた達はいつまでねてるのよっっっっっっっ!ステラ!クーク!!!!!!」
その場に何ともいえない強き口調のティンの声が響き渡ってゆく……
何が……
唖然、とするしかない、というのが本音。
捕らわれている仲間、そして他の存在達を救うべく実験室と思わし場所にとび込んだ。
案の定というかすぐさまに追われ、それでも負けるわけにはいかず、
どうにかぎりぎり応戦していた。
先刻目覚めた王の力を利用しようにも、ここには本来あるべきはずの聖なる力が存在しない。
あるのは全て歪んだ力のみ。
緑の一つでもあればレニエルの力によってどうとでもなったのだが。
追い詰められ、自分もまた戦う覚悟を決めるしかない。
そうおもったその矢先。
突如として目の前の追い詰めていた存在達全てが炎に包まれた。
それも前振りもなく突然に。
聞こえたのは、ティンの声。
【聖雷の矢】。【Select3】
どこからともなく響いてきたティンの声とともに、突如として炎に包まれる数多の存在達。
それは人を問わず自分達にむかってきていた全ての種族に対し牙をむいているらしい。
「……さすがというより他にないですけど……」
思わずその圧倒的な力の一部をまのあたりにし、ぽつり、とつぶやくレニエルの姿。
「え?え?な、何?!何が……」
「ティンさんが聖なる炎を操ったようですね。今のうちに皆を解放しましょう。フェナス」
「……あのティンさんって一体……」
どうやら先刻、聖なる炎を操ったのはまぐれ、というわけではないらしい。
しかも離れているにもかかわらず、聖なる炎を操れる、というのは一体全体どういうことなのか。
しかも、今聞こえた声はあきらかにティンのもの。
この場にいないにもかかわらず、すぐ近くにいるかのように声は確かに感じ取れた。
まるで…まるで、そう。
常にティンが傍にいてその言葉を紡いだかのごとくに。
「今はとにかく。捕らわれの人々をたすけだすのが先ですよ。フェナス」
「わ、わかってます!」
この炎の効果もいつまでもつかわからない。
ゆえに内心戸惑いつつも、なぜレニエルが冷静なのがどこかで不思議におもいつつも、
今はともあれ捕らわれの存在達を解放すべく、フェナスもまた行動を開始してゆく――
「「んきゃぁぁっっっっ!」」
突如として魂そのものに響くような、忘れようにも絶対に忘れようがない【声】。
意識をどうにか世界にむけていたのだがその意識が強制的に表にと覚醒せざるを得ない。
ゆっくりと本体として創っていた器に意識をもどし、目をひらいたその先に視えたのは…
「「……え゛」」
まさに絶句、というより他にない。
汗をかく、という動作は彼らには当てはまらない。
しかし、まさにこれは冷や汗を流す、といっても過言でない状況といえる。
水晶の中にたゆたっている自分達の目の前…正確にいうならば眼下にみえる一つの人影。
服装は上下にとわかれており、その腰にくくりつけられている袋のようなもの。
ベルトのようなものにくくりつけられているのは袋だけでなく小さな剣らしきものも垣間見える。
くるぶし辺りまであるズボンは淡い黒色をしており、袋と同じような小さな刺繍のようなものが刻まれているのがみてとれる。
羽織っている上着は淡き紫いろ。
そもそも、この世界にこのような色合いをだせる存在など滅多といない。
というか精霊の加護をもってしてでなければこの色合いは絶対にだせない色合い。
漆黒の長き黒髪を三つ編みにしその髪を手前にさげている見た目十四かそこらの少女。
耳元には小さな金色の飾りのようなものがはめ込まれており、それにはかなりの力が込められているのは一目瞭然。
両手は胸の前にて組まれており、おもいっきり見た目不機嫌な様子がみてとれる。
組まれている左手の中指にみてとれるは淡き光を放つ銀色の指輪。
そして何よりも組まれている左手の手首につけられている色とりどりのブレスレットらしきもの。
その色とりどりの石らしきものが石ではなく【力】を凝縮している代物だ、と理解するのにそう時間はかからない。
そもそも、そのような代物をもっている存在など…普通はありえない。
そう、普通ならば。
「「テ…ティンク様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」
その姿を目の当たりにし、水晶の中にたゆたったままである、というのに驚愕の声を紡ぎ出す。
ダラダラと汗をかく、というのはこういうことをいうんだろうな。
そんなことを心の隅で思いつつも、それでも必死にどうにか理性を保とうとするのはそれが彼らが役目をもつ存在であるがゆえ。
「さて。と、クーク?テスラ?言い訳があればきくけど?
というかいつまでそんな無意味な檻の中にはいってるわけ?あんたたち?」
そう紡ぎだすティンの声はおもいっきり低く、それでいて有無を言わせない。
怖い。
というか怖すぎる。
自分達からしてみれば彼らの自滅をまっていてもいいかもしれない。
そう結論づけていたのだが…どうやら【創造主】はそうは思ってはくれなかったらしい。
…まあ世界が疲弊しはじめていたのは自覚していた。
いたが…よもや実際に出向いてこられるとは。
はっきりいって予測していなかった。
世界を任されているものならそれくらい予測してもいいだろうが、
少なくとも彼らはその予測がたてれらなかった。
あるいみ平和ボケしていた、といってもおそらく過言でないであろう。
いわれてはっと我にと戻り、あわてて自分の器を捉えていた檻である水晶からするっと抜け出す二つの影。
一人はその姿は人とさほど変わりがないものの、その手足から伸びるはどうみても人のそれではなく。
その手より伸びているのはどうみても蔦、としかいいようがない代物。
それらは体全体を覆っており、あるいみ蔦の服装のような代物のような形を醸し出している。
対するもう一人は姿形をいうならば、巨大な蛇、としかいいようがない。
ちなみに全身の色は真っ白であり、その瞳の色は真紅に色とられている。
「な…なななんで、あなたさまがこんなところに……」
「……もしかして、おこっていらっしゃいま…す?」
それぞれが紡ぎだす声はおもいっきりかすれているといっても過言でない。
「当たり前でしょぅがっ!!!!!何ただ人質とられただけであっさりと幽閉されてるのよ!
あなた達にはこの世界というか惑星をよく導く役目を担わせてるでしょうっ!
そのためにあなた達はあるということを忘れたわけではないでしょう!?
それとも、何?自身の在り方に疑問があるなら別なものにその役目をすり替えるけど?」
面倒だがもし彼らがその気ならばそのほうが手っとり早い。
「何のためにこの地を任せるにあたり、別の場所で研修させたのかしらねぇ~……」
そうつぶやくティンの言葉は今までレニエル達に対して紡いでいた雰囲気とは全くことなる。
聞いているものが聞けば完全にこの場にて硬直するか、もしくは畏怖し固まってしまうような代物。
それほどまでの力が声には含まれている。
そもそも、研修云々、という言葉の意味を理解できるのはおそらくこの場にいる精霊王のみ。
「まあ、力を利用されないように、力のみを別の場所に移したことだけは認めるけど?」
目の前の彼らはあくまで器であり、その力は別の場所に保管されている。
それはいくら何でも人にあまりある精霊王の力を扱わすわけにはいかない、という思いから
精霊王達が自らの力を結晶化し、別の場所へ保管しているに他ならない。
その点のみはティンとて認めてはいる。
いるが黙って静かに幽閉されていたことを思えばそれとこれとは話しは別。
「ステラとクークだけでなく、オンファスとバストネスも捕らえられてるみたいだけど。
あちらはどうもアダバル湖の底に封じられてるみたいだけど。申し開きがある?」
そのために、その力の余波でここしばらく、かの湖においては巨大生物が大量発生している。
強き力が一か所に永くとどまることによりおこりうる一つの副作用。
「「・・・・・・・・・ありません・・・・・・・・」」
ティンにそういわれればというか彼らからしてみても申し開きができない。
そもそも、たしかに強き行動にでなかったがゆえに今のような結果となっている。
たしか以前も強くでなかったがゆえに目の前の御方に出向いてもらったような記憶がある。
だからこそ恐縮せざるを得ない。
「まずは、あなた達が力を預けている、土竜将、水竜将から力を戻してもらってきなさい。
話しはそれから。あとクレマティスにもあとで合流するように伝えるように」
ざっと確認しただけで、誰に力を預けているのかは一目瞭然。
ゆえに、力を預けている聖竜の武将である存在に力を返してもらうように、と提言する。
もっとも、提言、というよりはあるいみ命令といっても過言でない。
そんなティンの目の前にはただただ恐縮しまくっている【精霊王】である二人の姿。
しかし、いくら精霊王とて目の前のティンに逆らえるはずもない。
そもそも、彼らにとって目の前のティンは母であり、ゆえに逆らえるはずもなく。
彼女が出向いてきたこと自体が彼らにとって畏縮する他どうにもならない。
「さて。とりあえずここであなた達の解放は果たせたから。
とりあえず周囲に力を解放しますか」
精霊王達が捕えられている状態での力の解放はあまり好ましくない。
第三者がそれらの力を扱える、と他者に知られるのはティンからしても好ましくなければ、
逆をいえば自らが降り立ってきていることを知られるわけにはいかない。
そうなればそれでなくても間違った考えを抱いている【帝国】の【宗教】により強い力を与えかねない。
それこそ、神の意思のもとにといって世界侵略を初めても不思議ではない。
今は水面下でそのようなことを行っているようだが、もしも存在ががわかれば表だって行動に移す。
それだけは断言できる。
しかし、精霊王が解放され、それらの力のみを解放すれば誰の目にも精霊王達が力を行使した、とうつる。
それこそがティンの目論み。
とはいえ、この地に住まう人間達を許す、というのか、といえば答えは否。
そもそも自分達が正しい、と他者の視点から視れなくなっている存在達に何をいっても無駄。
というのはティンとてよく判っている。
自分達のみが最強なのだ、と思いあがっている…またそのように教育をうけている国民達。
彼らにはきついお灸が何よりも必要となるであろう。
この宮殿の中にいた人々のように炎に包んで痛みと苦しみを与えることも可能なれど、
しかし日々の生活の中で人間はどれほど自然の恵みに支えられて生きているのか。
それをまず知ることから始めなければ先へと進めない。
「構造反転」
目の前にいる二人の精霊王達に指示を出し、すっと片手を空にと向ける。
刹那。
精霊王達を捕らえていた水晶が瞬く間に光の粒子と化し、
それらは一気に空に昇ったかとおもうと、その光の粒子はエレスタド王国全体に降り注ぐ。
水晶を媒体にしたティンの属性変化。
それは人間にしか作用を及ぼさないあるいみでは無害ともいえる術。
しかし別の意味からしてみればこれほど恐ろしい術はない。
今、ティンが放ったのは、本来人が持ちえているはずの属性の変化。
すなわち…人は生きてゆくためには必ず水を摂取しなければならない。
だがしかし、水を摂取すればそれらは人体に害となりえる属性の変化が施されている。
そしてまた、大地よりはぐくまれる草木などといった野菜や果物といった代物も然り。
口にするだけでそれらは猛毒となり、その命を蝕む結果となる。
今まで人間が当たり前に摂取していた品々。
それら全てが人類に対して牙をむく、といっても過言でないこの術。
この地における民は自らの生命を維持している食べものが大地の恵みからできており、
また命をつなぐ水も自然の恵みのたまものである、というのを完全に失念している。
全ては自分達の力のみで成しえている功績だ、と信じてやまない。
真っ先に被害を受けるのは力のない弱者であろうが、しかしそこに一応救いの道は見いだしている。
【自然の声】を聞けたものはこの地より別の地へ移動させる術も一応混ぜている。
別の地、というのは当然ながら無人の島であり、そこに移動した人々は自給自足を強いられる。
しかし、この地、すなわちエレスタド王国内にいる限り、
自然の容赦ない仕打ちはこの地に住まう人々に襲いかかる。
ちなみにこの術はこの地に住まう普通の動植物にはまったくもって影響しない。
あくまでも影響するのは邪ともいえる考えに陥っている人類、という種族のみ。
この地の人類が滅びるのが先か、それとも彼らが自分達の今までの行動を顧みて反省するのが先か。
それはおそらく時間との勝負、であろう。
少なくとも、この術は身分問わず全ての人類に平等に降りかかるように仕向けている。
すなわち、いくら頑丈な建物の中にいても、当然影響は免れない。
ノドがかわいたとして水をのめば逆にそれは激痛となり体をむしばむ結果となる。
お腹がすいて何かを口にしたとしてもそれは同じこと。
このたび行ったのはあくまでも土属性と水属性のみの反動であり、
ゆえに、いまだ水と風に対しての反動ともいえるお灸は化していない。
つまるところ彼らが心より反省しなければ彼らの命はあるいみ風前のともしび、といっても過言でない。
もっとも、自らの過ちに気づくことなく滅びをむかえるのならばそれはそれで仕方がないが。
そうなった場合、それらの魂はそれなりの対処を施す必要があり、
ゆえにそういった輩の魂は記憶を持たせたままとある場所にと転生させるように仕向けている。
自らが捕食者の立場になり判ることもある。
完全に反省しない限り、その輪廻の輪から逃れることはまずできない。
それがこの世界の理の一つ。
しかしその現実を知っているものはそれを口にすることを許されていない。
すくなくとも、自らの意思で自らの過ちを正す心を持たなければ意味がない。
それゆえの制約。
ティンが今紡ぎ出した言葉の意味を察し、その場にて固まるしかない二人の精霊王達。
水の精霊王ステラは巨大な白蛇の姿を模しており、
また土の精霊王クークは人型なれどその容姿はどこか木々を彷彿させる姿を模している。
その気になれば彼らには元となる形、というものは存在しないがゆえにどのような形を成すことも可能。
いまだ固まるそんな二人に視線を移し、
「とりあえず、ここからでるわよ?二人とも」
「「は、はいっっ!」」
姿勢を新たに正し、ティンの言葉にすぐさま反応しているクークとテスラ。
精霊王に対して絶対的な信頼と尊敬をむけている存在がみるならば、
あるいみ異様ともいえる光景がそこにある。
しかし、まがりなりにも精霊王とティンとではその存在意義そのものからして異なっている。
そもそも、ティンが存在しなければ、精霊王達もまた存在しうることはなかった。
しかしそのことに対して突っ込む第三者はこの場には…いない……
それにしても…とふと思う。
外に共に出てきたのはいいが、
しかしこの二人の格好は毎度のことながら変わっているというか何というか。
まあティンはこの姿に慣れているのでさほど違和感を感じないが、
第三者がみれば一瞬、首をかしげること間違いなしといえるであろう。
「あいかわらず、クークもステラも表にでるときはその姿なんだ……」
まあ別に個々の感性に口をだすつもりはないが、ないが、である。
「「?ティンク様?」」
ティンの問いかけの意味を理解できず、同時に首をかしげる、クークとステラ、と呼ばれし両名。
先ほどまではいっていた水晶の檻の中にいたときの姿とは異なるその姿。
ステラは真っ白い髪に赤い瞳、
ついでに服も真っ白なワンピースもどきをきている見た目、十代前半くらいの少女。
ついでにいえば、その肩には真っ白い蛇がまきつけられており、はたからみればおもいっきり引いてしまう。
どうもこのステラは以前、変異種として誕生した白蛇が気にいったらしく、
それ以後常にこの姿を好んで模している。
この世界において、それゆえかかつては白蛇は神のお使い、とまでいわれていたほど。
まあ、その表現もあたらずとも遠からず、ではあるが。
そもそも、そのあたりにいる普通の白蛇にまじって、
具現化した精霊王たるステラがうろうろしていたのだから、
人々の言い伝えも完全なる虚偽、というわけではない。
水は大地のどこにでも存在しうる物質。
水があるところならばどこにでもステラは具現化することが可能。
そしてそれは、粒子となっている大気中においても同じことがいえる。
かつては時折、雲に交じって具現化したステラが空を漂っている姿がよく見受けられていた。
その結果、人々の間にて様々な物語などができあがったりしたのも事実。
たいする、クークはといえば、土、といえば代表するのは草木、とばかり、
本来ならば常にその身を木々、もしくは草花に身をやつしては具現化して彷徨っていたりする。
一時、巨大ミミズもどきになったこともあるのだが、それにより人々に恐怖を与えてしまった過去をもつ。
ノースワーム、と人々の間で言い伝えられている巨大な生物がよもやクークが具現化した姿だとは、
よもや誰が想像したであろう。
クークもまた先ほどとは多少姿はかわっている。
先刻まではその手足はどうみても人のそれではなく、草木の蔦もどき?というようなものであったが、
今のクークの手足は人のそれらとほぼかわりがない。
もっとも、その手の指が五本のところが四本であり、手をかざし意識するだけで、
その手からは無数の蔦がのび対象者を一気に絡め取る。
足元は先ほどはどうみても、木々の枝のようであったそれが、普通の足のようになっており、
くるぶしから下は木でできた固い靴のようなものを履いているように垣間見える。
事実は、履いている、のではなく靴そのものが足代わりであり、
ゆえに、靴を脱げ、といわれても、体の一部なのでその場合はくるぶしから下を切り離すしかない。
髪の色は茶色で蔦で編み込まれたような帽子をすっぽりとかぶっている。
もっとも、この帽子そのものもまた体の一部であるゆえに、
帽子を取り外すということはできない。
まあ、髪の毛にあたる部分を帽子に見立てているだけなので、
その部分をそのまま髪にみえるようにすればいいだけなのだが。
しかし、問題はそこではない。
何しろクークの姿はどうみても、七歳かそこらのまだ幼い幼女。
クークいわく、人間は子供に甘いのでこの姿を好んでいる。
まあ、土にまみれ、自然の中で遊ぶのは子供がほとんど、ということもあり、
この姿にて人間の子供に紛れてかつてはよく遊んでいた。
しかしここ数百年、そのような交流は、同じ人間の手により断たれていた。
ティン達がそんな会話をしているそんな最中。
やがて、三人は建物の外にとたどり着く。
建物内を進むにあたり、ところどころ青き炎につつまれている人の姿がみえたがそれはそれ。
それらをさくっと無視し、進んでゆき、石柱が立ち並ぶ正面入口にとやってきているティン達三人。
青き炎は至るところにて発生しており、その中で様々な人々が悶えているような気もするが。
それらは全て自業自得。
なのでティンからしてみれば気にかける要素はさらさらない。
精霊王達もまたティンクが気にかけない以上、自分達が気にかけることは許されない。
気にはなるものの、干渉することが許されない以上、手だしすることはままならない。
もっとも、この炎はティンが起こしたものであり、
ゆえに、たかが一精霊王でしかない彼らがどうにかしようとも、この炎は絶対に消えることはない。
全ての精霊王と、精霊神。そして他の二柱王の力を使いようやく消し止めることは可能。
二人しかいない精霊王達にどうにかできる代物ではない。
先刻までは黒い霧のようなものに覆われていた建物が今では何の穢れもない白き建物にと変わっている。
そしてまた、降り注ぐ太陽の光によってその白き建物は、
その光の当たり具合によってその色合いをめまぐるしく変化させている。
本来、この宮殿がもっていたはずの景色が完全によみがえっているのが見て取れる。
「さてと。レニー達がもどってくるまでしばらくこれまでのことを詳し~く聞くとしましょうか?二人とも?」
にっこりと、いつのまにやらその場に先ほどまではなかったはずの真っ白い椅子に座りつつ、
目の前で何やら多少固まっている精霊王二人に対しにこやかに語りかけるティン。
そう語りかけるティンの目はどちらかといえば完全に据わっている。
レニーとは誰なのか気にはなれど、しかしこのような状態の【主】に聞けるはずもなく。
『は…はいっ!』
ぴしりと姿勢を正し、二人同時に思わず叫ぶように答えるクークとテスラ。
精霊王達にとって、目の前のティン・セレスは絶対に逆らえない存在。
そしてまた、そのような存在の手を煩わせてしまった以上、
すくなからずの覚悟が必要となる。
これまでもそうであったように……
震える声で説明をある程度かいつまんで終えた二人の口から何ともいえない声が響き渡ってゆくのは、
彼らが建物よりでてしばらく後。
ちょうどそれは別行動をしていたレニエル達が捕えられていた存在達を解放し、表にでてきたときとほぼ同時。
レニエル達は知るよしもない。
それが自分達が尊敬してやまない精霊王達の悲鳴である、ということを……
ぞくっ。
「レニー?」
思わず体を抱え込むように震えてしまう。
そんなレニエルに気づいて何か体調の変化でもあったのか、と心配そうに声をかけるフェナス。
そもそも、レニエルはまだ力に目覚めたばかりだ、というのにかなりの力を行使したようにおもう。
だからこそフェナスからしてみれば心配でたまらない。
力に目覚めてくれたことは喜ばしい。
しかし、急激な巨大な力はその精神をもむしばむことがある。
特に【レニエル】の力は自分達のような存在と格が違う。
どれほどの力を抱擁しているのか、
完全に教育を受けたわけではない【輝きの守護】たるフェナスとてきちんと把握しきれていない。
きちんとした教育をうける前に、前任者達はレニエル…すなわち、【王】を守るために犠牲となった。
それでもどうにか在る程度の力をフェナスが行使できるようになったのは、一重に残った仲間と。
そしてまた、一時隠れていた【樹海】の木々による協力のたまもの。
ようやく力が扱えるようになったときは襲撃をうけてから百年近くが経過していたが……
しかし、とおもう。
何が何だかわからないが、
少なくとも、あのティン・セレスという人物が何かをした、というのだけは把握した。
この場に捕らえられていたのは同族だけでなく、かなりの人数に及んでいる。
自分達のような森の民におよばず、獣人とよばれるもの、
あげくは神の御使いともいわれている、エルフまで。
全てが水晶の筒のようなものに入れられており、そこから【力】を吸いだしていたらしい。
力を失った存在はそのまま水晶より取り出され、今度は生命力すらをも吸い取られ、
完全に使い物にならなくなるまで徹底的に【命】を吸い取られる。
吸い取られた【力】は特殊な方法で固形化され、それらは【精霊石】と呼ばれし物質へと生成される。
その【石】さえ手にしていれば、たとえ力がない存在であっても、様々な力が扱える。
威力としては、魔硝石が百個必要なところが小さな精霊石が一つでことたりる。
つまり、こつこつと魔硝石を集めて使用するよりはたしかに効率はいい。
いいが、それらが命を犠牲にして創られている、とは一部のものにしか知られていない。
いずれこの石の純度が高くなればこれを世界にむけ、世界制覇をたくらんでいるセレスタイン王国。
そのためのここは実験施設の一つ。
もとも、ここは施設の一つではあるが、一応要といえる拠点の一つ。
様々な場所で実験した結果、この場所がより【力】を純度もたかく精製するのに適していた。
ゆえに主たる実験体はこの場に集め、その力といわず命そのものを吸い尽くしていた。
そんな実験体として様々な場所より捕らえられ、もしくは拉致されてきていた存在達。
青き炎により、そんな彼らが閉じ込められていた器は奇麗に燃え尽きた。
水晶が燃える、というのも何とも不思議な光景ではあるが、それが事実なのだから仕方がない。
その炎は当然、何の非もない存在がふれても無害なれど、敵意などをもてばまたたくまに反応する。
中には助けだされたにもかかわらず、相手…すなわちレニエル達が信じられず突っかかるものもいた。
そういう輩はその心に反応したのか、一時その体は瞬く間に炎に包まれた。
かの炎には心を浄化する力もある。
まあ、永らく幽閉され苦痛をともない【命】そのものを吸いだされていた実験体達にとって、
いくら突如としてあらわれた二人組…しかも一人はどうみても子供。
そんな二人を信じられるはずもない。
ともあれ、そんなことを繰り返しつつもどうにか仲間がそれぞれ分断して捕らえられていた実験施設。
中心の建物を取り囲むようにしてあった六つの小さな別棟ともいえる建物。
その中に設けられていた施設よりどうにか無事に全てのものを救いだした。
救いだしたはいいが、これからどうするか、などとはまだ決めかねている。
そもそもこんな大人数をどうやってこの王国の人々に気づかれずにつれだすか。
それもまた今のところは決めかねている。
それぞれがバラバラで逃げ出したとしても、おそらく【帝国】はほうっておかないであろう。
もっとも、ここの施設の異常が計画の中心である存在達に伝わる時間はそう長くはないであろう。
永らく幽閉されていたがゆえに、半数以上のものが自力で立つことすらままならない。
それはまだ力があるものたちが協力しあい、ひとまず外にでてみよう。
という話しになり炎に包まれ悲鳴をあげている研究者もどきたちの姿を目の端にとらえつつ、
ようやく建物の外へでたのはかなりの時間が経過していたらしい。
外にでると同時、眩しいまでの様々な光が視野にと入り込む。
よくよくみればその光は建物より発せられているらしく、太陽の光を反射して、
建造物である建物そのものが様々な色合いを帯びて光っている。
おそらくこれこそが本来、この宮殿であった場所のあるべき姿なのであろう。
一瞬、そのあまりの神秘的ともいえる光景に目を奪われその場に立ちつくす存在達。
すくなくとも、永らく幽閉されていた存在達にとってこの光景はあまりに神秘的すぎる光景。
自分達が助かったのだ、とこの光景を目の当たりにして理解し、涙を流すものもすくなくない。
そんな中、一人レニエルだけは別なる気配を感じ思わずその場にて立ちすくみ、
思わず体を抱え込むようにして身震いしてしまう。
空気を震わすような、大気にとけこんでいるが、判る。
大気、そして大地が震えている。
その震えに含まれているのは…畏怖、という名のおびえ。
ゆえにおもわずぞくり、と体を震わせるレニエル。
この大気中に含まれている水と、そして足元の大地より感じる畏怖という名の恐怖がどこからきているのか。
説明されるまでもなく瞬時に理解できてしまう。
おそらくは…かの御方関連だな、というのは理解できるが理解したくない、というのが本音。
「【創造主】様は精霊王様達に何をしたのだろうか……」
ぽそっとつぶやくレニエルの声は、誰に聞き咎められることもなく、
それと同時。
「あれ?あ、ようやくでてきた?レニー達」
気配を察知したのか、レニエル達のほうに近づいてくる人影が一つ。
力に目覚めたがゆえに理解した。
ティン・セレスの名前の意味を。
確かに彼女は初めてあったときから真実を語っていた。
この世界においてたしかに的確といえる名、であろう。
理解できるものには的確に自分のことを伝えられ、知らないものには【名】としてとらえられる。
名において自らの存在意義を示す、というのはこの世界においてはよくあること。
レニエルの名にしろ然り。
名そのものが、王の名であり、その名をつぐものこそ、王である証でもある。
「あ。はい。なんかお手数をおかけしてしまったみたいで……」
突如として燃え上がった敵対者達。
簡単に捕らえられている存在達を救いだせたのはティンの力によるものが大きい。
しかしこの場にて彼女の真の姿を説明するわけにもいかない。
ゆえに恐縮しつつも頭をさげる。
そんなレニエルに対し、
「普通の態度でいいけどね。レニー。とりあえず、こっちはクークとテスラは助けだしたから。
まあこれまでたまってる仕事を短期間で彼らもまた片づけるでしょ。
あとは…地下に廃棄物よろしく放り出されている人達の救助かしらね?
まあ、それは一気にすますとして。なら、とりあえずこの場から離れましょうか」
さらっとにこやかにいいきるそんなティンに対し、
「あの?ティンさん?でもまだ動けない人達も……」
自分達だけが助かったのでは意味がない。
この場に取り残された人々が今後どのような対応をうけるのか想像に難くない。
レニエルとフェナスはティンのことをしっているがゆえに普通に接してはいるが、
幽閉されていた人々からしてみれば、ティンは第三者。
つまり味方なのか敵なのかもわからない。
ゆえに戸惑いを隠しきれない。
そんなフェナスの言葉に対し、
「?だから皆でこの場を離れたほうがいいでしょ?
戻れる場所があるひとはその場所に戻すとして。
とりあえず、まずは全員ここから退避するのが先決ですしね」
おそらく、というか確実にすでに中央部にこの施設の異変は伝わったはず。
そもそも、かの地にもこの地の状態を示す品がある。
転移陣はすくなくとも王都に続く道は閉ざされている。
本来あるべき機能がこの宮殿によみがえり、
許可がない限り、何人たりとてこの宮殿内に侵入することはできはしない。
空路を伝ってこの地を調べにくるとしたらそうそう時間は残されていない。
いくら人が空を飛べる術を忘れ去って久しい、とはいえ、この国は空を飛ぶ翼竜を改造し乗り物と化している。
翼竜の合成獣というべきそれらは、文字通り侵略者達の手足となり働かされている。
この場にいた捕らえられていた存在達は、無理やり強制的に捕らえられ、幽閉されていたものが大多数。
とはいえ、たった一人を捕らえるために集落を壊滅させられたものも少なくない。
つまり、この場に捕らえられていた人のせいで壊滅させられ集落や村もいくつか存在する。
当然、捕らえられた人々はそのことに対し絶望し、生きる気力を失っている。
そのあたりの責任は精霊王達にも一端があるのだから彼らに今後を任せるとして。
そんなことを思いつつ、
「さてと。じゃ、移動の足を喚びますか」
・・・・・・・・嫌な予感。
さらっと移動の足をよぶ。
その言葉に言い知れぬ不安を感じたのはレニエルだけでなく、フェナスとて同じこと。
ここにくるまで彼女が呼んだ…否、召喚したものはとてつもないものだった。
「「あ…あのっ!」」
レニエルとフェナスが思わず声を同時に発するとほぼ同時、
「召喚:『箱舟』【Select5】」
二人の不安は何のその。
さらっと二人が危惧していたその言葉を紡ぎだすティン。
『……やっぱし……』
予測していたというか、何というか。
頭を抱えざるをえないというのはこういうことをいうのであろう。
それでなくても、これまで幽閉されていた人々がそれを目の当たりにしたとする。
どのような反応をするか…考えるのも恐ろしい。
ゆえに、レニエルはおもわず額に手をやりうなだれ、フェナスはフェナスで頭をかかえていたりする。
そんな二人の様子を不思議におもえども、彼らには意味がわからない。
と。
ゆらり。
ティンの言葉に反応すのかのごとく、神殿の上部。
すなわち、神殿の上部にある空の大気が一瞬揺らぐ。
揺らいだ空に光が発生し、その光は瞬く間に収縮してゆき、様々な色合いに変化しつつ、
それらはやがて一つの形を取りなし、ゆっくりとそんな彼らの頭上にその姿を出現させる。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
一瞬、それが何かわからずに唖然とする人々。
そして、次の瞬間。
『えええええええええええええええええええええええええええええええ!?』
何ともいえない驚愕の叫びが辺り一帯にと響き渡ってゆく。
きらきらと輝く透き通ったその雄姿をこの世界で知らないものはまずいない。
絵本で、そして神話で、そしてまた、古代の壁画で、聖なる場で、教会で。
そこに必ず描かれている聖なる乗り物。
神々の聖なる乗り物、として知られているそれとまったく同じ形式の船がどうしてそこにあるのであろうか。
ゆえにこそ叫ばずにはいられない。
そもそも、今の技術でこのような空に浮かぶ船を創りだせるなど聞いたこともない。
前回、ティンが召喚したそれは、薄紫と薄桃色に彩られていたが、
このたびはどちらかといえば、透き通った淡き金色というか銀色に近い色合い。
しかし基本的な形は前回みたソレと変わりなく、
その先端部分が多少彎曲しなめらかな曲線を描きだしている。
その曲線はくるくるといくつか巻かれ、前後ともほぼ対極の模様を描き出している。
つまり、船首と船尾がほぼ同じ形状で、
後進しても前進するにしてもまったくもって違和感がない創りとなっている。
船体そのものはきらきらと光を反射し輝いており、まさに空に浮かぶ宝石、といって過言でない。
三日月状の形のそれの甲板部分には巨大な帆の変わりなのであろうか。
ハープのようなものが見て取れる。
ティンいわく、この船の形を参考のしたのが、帆船、とよばれているもの。
帆船、とよばれし代物はありはすれど、このような物質?でできたものはまずありえない。
そもそも、ぱっとみただけでも何でできているのか普通の人々からしてみれば皆目理解不能。
離れているにも関わらず、何ともいえない心地よい旋律のような音が大地にいる彼らにも伝わってくる。
シャラン…シャラン……
それはまるで聖なる響き。
否、まるで、というよりもまさに聖なる響きそのもの。
それに伴い、ゆっくりと船底部分に雲がどこからともなく集まってきて、
やがて彼らの見守るその前にて、雲の上にと浮かぶ船の形が形成される。
「【Select5】のこれは水陸両用のタイプ。
これが一番使い勝手がいいしね~」
驚愕し、一時は叫んだもののあいた口がふさがらない、とはまさにこのこと。
唖然とする元捕らわれていた人々とは対照的にさらっといいきっているティン。
ちなみに、もう少し上の召喚では、地中を進めるものも含まれ、
最終的には、惑星間の移動を行う箱舟も存在する。
簡単にいえば宇宙航行も可能な【箱舟】も実質存在する。
『…まさか……箱舟?』
そうつぶやいた呟きはいったい全体誰のものなのか。
それは無意識に発せられた言葉。
お伽噺の中でしか知らないはずのソレが今たしかに彼らの目の前にある。
だからこそ、驚愕せざるを得ない。
こんな代物を召喚できる【人】など聞いたこともない。
「ティンさん!いきなりこういうとんでもない聖なる品を召喚する時はせめて事前連絡してくださいっ!」
さすがにこうも続くと精神的に悪い。
ゆえに思わずティンにむかって意見するフェナスに対し、
「空から移動したほうが手っとり早いでしょ?」
にこやかに、さらっといいきるティン。
そもそも、この地に捕らえられていた存在達はかなりの数にのぼる。
それを把握しているからこその、この移動手段の召喚。
この世界でこのような大人数を一気に移動できる手段など、いまだに確立されていない。
まあ、精霊王達の力を使い、それぞれをいきなり元いた場所に帰還させる。
すなわち瞬間移動をさせる、というのも一つの手ではあるが、
それだと当人達が何がおこったのか理解できないであろう。
そもそも、何の心構えもなく元いた場所に戻されても、彼らからすれば戸惑うばかり。
実際、初期に捕らわれていた存在もおり、捕らわれた時間からかなりの年月が経過している。
今の現状を把握させることなく、元の場所に戻しても、かならず何らかの不都合がおこる。
このたびの一件にティン事態はさほどかかわる気はさらさらない。
とりあえず、解放はすれども、後のことはこの世界をまかせている存在にゆだねるつもり。
本来、ただ様子をみにきただけならばこうもほいほいと常に扱う品を召喚などしはしない。
するとしても、必ず一目につかない位置で行っている。
このたびは一時のこと、つまり一過性にすぎないゆえにさくっと【力】を使用しているに過ぎない。
しかし、当然、そんなティンの思いをフェナス達が知るよしもなく、
「いやあの!というかそういう問題ですか!?ねえ!?」
目の前でこうもまたまた常識外のことを見せつけられれば思わず叫びたくもなる、というもの。
すでに敬語をつかおう、という思いはどこにやら。
「これだとまだ残っている人達もとりあえず【保護】できるしね。
さて。と【乗牽引】起動」
『え゛!?』
これまた聞きなれない言葉をティンが紡ぐと同時。
空に浮かぶ【箱舟】の底より光が発生し、
その光は瞬く間に周囲、すなわちティン達のいる場所を含めた神殿全体を包み込む。
あまりの眩しさにその場にいた人々が目をつむったその刹那。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?』
次の瞬間、その場にいた人々は自分が置かれている現状が理解できず、おもわず間の抜けた声をだす。
さもあらん。
先ほどまでいた場所とはまったくもって異なっている。
そもそも、足元の光景からしてまったく違う。
さらにいうならば、先ほどまで自分達がいたはずの神殿らしきものがどうして眼下にみえているのか。
「動けなかった人達とりあえず、船底部分に設置してある【癒しの間】に移動させましたから」
癒しの間にも二種類あり、まったくもって動けない、つまりは力を涸渇している存在達用と、
そうでない存在達用に分けられている。
完全に力を涸渇し、生命力すら皆無に近くなっている存在達に対しては、
それぞれが癒しの水晶の中にはいり、その身と魂が癒されるまで眠りにつくこととなる。
そしてまた、少しばかり休息が必要なものたちには、それぞれに部屋が割り当てられ、
一人一人に介護を施す精霊が常につき従うようになっている。
ちなみに、この船にいる精霊達は文字通り、この船そのものに宿っている精霊であり、
ゆえに船内ならばどこにでも一瞬のうちに姿を現すことが可能。
この船に宿りし精霊は、それぞれに虹色の四枚の羽根をもっており、
大きさは人の子供程度。
つまり小さな羽の生えた子供がちょこまかと動き回っている姿を見ているだけで何とも癒される。
この船に宿っている精霊達はいわば癒し効果を属性としてもっている。
その癒しは目にみえる傷だけでなく魂における精神的な癒しをも施すことが可能。
しかし当然、この場にいる誰もがそんな細かいことを知るよしもない。
そもそも、癒しの間、といわれてもまったくもって意味がわからない。
しかも今の光で神殿に捕らえられていた全ての存在が保護され、
この船の中に収容されたなど、いったい誰が想像できようか。
「部屋はかなり在りますから、それぞれ好きな部屋を選んでくつろいでくださいね?
あ、入口はそこですよ?」
驚愕し言葉もでない人々に対し、さらっと何でもないように説明し、
とある数か所を指差しつつ説明しているティン。
そこ、といわれよくよくみれば、どうやら甲板より降りる階段らしきものがあり、
どうやらそこからこの内部に入れるようになっているらしい。
内部に入るためであろう階段はいくつかあり、どこからはいってもこの船内に入ることが可能。
この船は見た目よりも空間が広く創られていることから、そこそこの箇所に一応、
今の現在位置と船内案内の看板が設けられている。
まさにあるいみ至れりつくせり、といってもいいのだが、
聖なる船と呼ばれているわりにあるいみ現実味を帯びている。
まあ、内部で迷子になり、行方不明になってもらっても困る、という配慮からそのような看板を設置してあるのだが。
見た目はさほど大きくない船体なのに、内部の広さはちょっとした国の領土全体よりも幅広い。
この船の内部は空間そのものがいじられており、ゆえにそこそこに移動するための陣が敷かれている。
つまりいくら広い、とはいえ移動の便利性は損なわれていない。
しかし、それは【文明】になれている存在ならばすぐに理解できるが、
ほとんどそういった知識がないものからしてみればそれはまさに神の御技としかいいようがない。
そもそも、一瞬のうちに別の場所に移動する方法など、権力者の一部ならば使用可能であろうが。
しかしそれでもかなりの【力】を使用する、と聞いたことがある。
中には魔硝石を万単位に設置しそれらを可能にしている国もあるという。
ちなみにその国では魔硝石を普通よりも高く買い取っており、
ゆえに魔硝石をためてその国に売りにいく存在も多少はいる。
しかしこの世界において旅をする、というのはまさに命がけ。
そういった人々は腕に覚えのあるものを雇い、命がけで別の王国に出向くこととなる。
「…あ、あの?もしかして…あの場というか建物にいた全員をここに呼び寄せた…とかいいます?」
しばし唖然としていたものの、はっと誰よりも我にと戻り、恐る恐るといかけるレニエル。
「地下に折り重なるようにして放っておかれた存在達もとりあえず収容したけど?」
レニエルに問われ、さらっと答えるティンの言葉にただただレニエルとしては驚愕せざるを得ない。
わかってはいる。
目の前の少女がいったい全体【誰】なのか。
判ってはいるが、その力の一端を目の当たりにするのと想像でしか知らないのとではわけが違う。
だからこそ戸惑わずにはいられない。
ティンの正体を理解しているレニエルですらそのような状態なのであるのだから、
他のものからしてみればその反応は……おしてしるべし。
「あの、それで、精霊王様方は?」
確実に救いだされたのは判っている。
しかしこの場に彼らの姿がない、というのも気にかかる。
先刻のあの精霊王達の叫びのようなものに起因しているのか、それともまた別の要因か。
「クークはとりあえず、かの地から地の保護を帝国に所属するものに限って解除した後、
それから、その余った力を今まで振り分けられなかった地に降り注いでいるわよ?
ステラはいうにおよばず。あの子が幽閉されててこの世界、基本的に雨不足になってたしね~」
そのせいでいくつもの大地が乾燥し不毛の大地となった場所は数しれない。
水の精霊の特性でもある癒しの効果を発揮し、それらの大地の再生を一応ステラには命じてある。
今この場でまともな会話ができるのはレニエルのみ。
しばし、驚愕に満ちた人々の声が響き渡ってゆく……
何がおこったのかわからない。
光につつまれ、ああ、お迎えがきたのかな?
そうおもったその刹那。
気がついたのはふかふかの布団の上。
ちなみに種族によってその布団の在りようが異なっており、
それぞれが快適に過ごせる材質にて布団は具現化されている。
ゆえに誰もがどのような種族であっても快適に滋養に専念できる。
癒しの間、という名は伊達ではない。
細かいところまでそのあたりの気配りはなされている。
「……え?」
目にはいったのは、暖かな光と、そして見知らぬ天上。
ふと視線を下にむければふかふかの布団がそこにある。
「…………え?」
こういう場合、誰しも言葉がでないもので、ただただ間の抜けた声が漏れ出るのみ。
夢?とおもいおもわず自らの頬をつねってみるが普通に痛い。
さらに爪を手におもいっきりたててみるがこれまた痛い。
しかし痛みを伴う夢、というのは捕らえられた当初からよくみていたこと。
目がさめたら捕らえられ、激痛に追われる日々は夢であり、普通の日常をおくっている、という夢。
現実逃避でしかない、とわかっていても、始めのころはそれでも現実を認めたくなかった。
いつのころからか夢すらもみなくなり、生きているのも不思議なくらいであった。
「あ。お目覚めですか?とりあえずはじめまして。あなたの担当になりました、フォンセン、と申します。
何かご不便なことがありましたり、また御用のときには何なりと申しつけください」
しかも、しかもである。
目の前にいる、ふわふわと浮かんでいる、しかもどうみても見た目は子供。
しかしその背中についている四枚の虹色の羽はいったい全体何なのか。
髪の色も虹色であり、服は緑色のワンピースのようなものを着こなしている。
こんな子供、みたこともなければ、あの実験室にこのような子がいた記憶はない。
「……は?」
現状が把握できない、とはまさにこういうことをいうのであろう。
そもそも、何がおこったのか皆目理解不能なのだから仕方がない。
もっとも、この現状で理解できていればそれはそれですごいものがある。
少なくとも、部屋に送られた捕らえられていた存在達は自力で動くことがままならない、
もしくは体力すらほぼ残っていない存在達のみ。
つまり、突如として光に包まれたとおもって目を開くと、
見知らぬ部屋にいきなり自分がしかも布団の上にいる、というなんとも不可解な現状がそこにある。
ゆえに、間のぬけた声を発してしまうのは仕方がないであろう。
「ああ。そういえば、ティンク様が説明もなさらずに突如としてここにみなさんを召喚なさったようですし。
とりあえず簡単にご説明いたしますね。
ここは箱舟の中の癒しの間、と呼ばれる部屋の一つです。
今からあなた様を含めた、かの地に捕らえられていた方々は、
皆さま、水晶宮へとご案内することになります。
かの地にてゆっくりと養生なされた後に今後の身の振り方を決めていただくようになるかと……」
担当になった存在が唖然としているのをみてとり、そういえば、とおもい一応簡単にと説明を施す。
もっとも、この説明においてもかなりつっ込みどころ満載の言葉が含まれていたりするのだが。
しかし、思考が完全に廻りきっていない以上、そこまで気がまわるはずもなく、
「……はぃ?」
ただただ間の抜けた声をもらすしかない。
そのような光景が、ティン達が甲板部分で話している最中、
すべての癒しの間の部屋において見受けられてゆく――
アロハド山脈。
別名、聖なる山。
その呼び名は今ではもはや忘れられて久しい。
世界より精霊王の加護が急激に失われ、聖なるものに属する名も場所も、
人々から忘れ去られていった。
とはいえ限られた寿命でしかない生命体からみれば、という注釈がつく。
それ以外の存在。
人はよくて百年、能力を駆使してもよくて数百年。
しかしそれらの感覚は限られた器ででしかいきられないものたちからみた場合のみ。
それ以外の存在。
精霊、妖精、はては神獣ともいわれている存在達。
そしてまた、数千年、という寿命をもつ存在達からしてみれば、
それらの世上はまったくもって関係はない。
そしてまた……
「……ここっていったい……」
その呟きは誰のものなのか。
気がつけば、何かどこかの建物らしき中。
先刻まで薄暗く、いつ死が訪れるか、もしくは実験材料にさせられるか。
日々に希望の光すらはいらない日々。
しかし、突如として自分達を実験体として扱っていた存在達がいきなり炎に包まれ、
そしてまた、きがつけば淡い光にとつつまれた。
そしてきづけばふかふかなおそらく寝具らしきものに自分達は寝かされている。
窓からみえるは、うっすらとみえる真っ白い何か。
その視界に移り込むはみたことのない景色。
判るはずもない。
今、彼らがいる場所が雲よりも高い位置にあり、白い何かにみえるのは、
自分達がかつて捕らえられる前には目にしていた空に浮かぶ雲そのものである、ということは。
そもそも、空を飛ぶ能力をもつものでなければ、上空からの景色をいきなりみせられたとしても、
自分達がよもや空の上にいる、などと一体誰が想像できようか。
一つだけわかるのは、暖かな何か安心できる空気にこの場が包まれている、ということのみ。
それはこの場にいる全ての存在にいえること。
一部の動くことすらままならず、また休養が必要なものたちは、
それぞれに担当する係りのものがつきっきりで看病している。
そもそも、ティンの力により解放された精霊王達。
彼らが目覚めたことにより、精霊達の力もまた活性化している。
ゆえに、王達の命により、精霊達がこの場に集っている、といっても過言ではない。
茫然とするは、部屋の中にいる存在達だけでなく、甲板にいるものたちとて同じこと。
捕らわれの神殿より脱出したまでは覚えている。
そして空にうかんでいた伝説の中で、またお伽噺の中で誰もがしっている船の姿も。
何がおこったのか理解不能。
されどこんな乗り物、もしくは建物など彼らはみたこともきいたことすらない。
そもそも、今現在自分達がたっているその場すらあわく光り輝いているのはこれいかに。
遠くにみえる緑や青、そして動いている白い何か。
それらが、地上の森や海、もしくは湖である、ということにきづくものはまずいない。
誰もが唖然とし、ただただ茫然とするしかないそんな中。
『これより、水晶宮の結界内に入ります。
皆々様にはしばし船旅をご了解ください』
突如として鳴り響く、澄み切った声。
その声はどちらかといえば聞こえてきた、というよりは脳内、もしくは精神に直接語りかけてくるかのごとく。
水晶宮。
その名もまたお伽噺や伝説の中で誰もが一度はきいたことのある名。
精霊王が鎮座している神殿であり、
また、世界の中心たる天空宮に通じる道がある、といわれている場所。
いきなりそのようなことを伝えられても、この場に保護された存在達からすれば理解不能。
されどそんな彼らの思惑はいざしらず、彼らののる【箱舟】が静かにゆっくりと向かうは
アロハド山脈の頂上に位置する、聖なる神殿、【水晶宮】――
グリーナ大陸をほぼ占めているといっても過言でないアロハド山脈。
その山脈は雲よりも高く、一番高い場所は天空に通じている、とまでいわれている。
常に一部の山頂には雲がかかっており、
その頂上には万年雪らしきものがつもっているのうに傍目にはみえる。
しかし、実際にそこまでたどり着いたものはいまだにいない、とすらいわれている。
事実、そこに至るまでの道のりははてしなく険しく、
空を飛ぶ生物に乗っていったとしても、雲に突入すると同時、
乱気流に巻き込まれ、雲を抜けることすら不可能、とまでいわれている。
常に光り輝いているようにみえるその山頂にある、といわれているのが伝説の神殿。
水晶宮。
そこにたどり着いた生物、はては乗り物などあるはずもなく…
しかし、今ここにそんな場所にゆっくりと静かに近づいてゆく船のような形をした物体が一つ。
きらきらと太陽の光に反射し、それこそ光の物体ともいえるそれは、
ゆっくりと雲の合間をすすんでゆき、銀色に輝いているようにみえる建物らしき場所へと近づいてゆく。
地上では、雪、と認識されているそれは実は雪ではなく、むき出しの水晶の原石。
それらは周囲の雲と混ぜ合わさり天空の第二の大地、と化している。
それらは決して地上にくらす存在達からしてみれば信じることのできない現実。
最も、認められたものでなければこの雲の大地に足を踏み出すどころか、
瞬く間にと地上へと落される。
最も、ここにくることができるのは認められたものでしかありえないのでまずそんなことはおこりえないが。
ざわざわざわ。
そんな雲の大地の上はいつもは静まり返っているものの、
今現在は無数のざわめきに満ち溢れている。
「あの…王?」
「なんだ?」
ゆっくりと近づいてくる箱舟を迎えるために神殿の入口に続くまでずらりと並ぶ人影。
そんな人影の先頭に漆黒の髪を長く伸ばしたほかの人影とくらべ各段に雰囲気の違う男性が一人。
そんな彼の傍らで恐る恐る語りかけるは紅き髪の男性。
「ティンク様が自らお出ましになられたということは、我々にもお咎めがあるのでしょうか……」
よもや自分達が【主】と仰ぐ存在が自ら乗り出してくるとは夢にもおもわなかった。
【王】が地上よりもどり、自分達将神を呼びだし聞かされた真実には驚きを隠せなかった。
そもそも、よもや【主】がこの世界に降り立つなど。
「あるとすればそれは我とて連帯責任だな。
…とりあえず水王ステラ殿と、土王クーク殿は解放に至ったわけだが。
かの御方が出向いた以上、火王バストネス殿と風王オンファス殿は自力で戒めを説いてほしいものだが……」
しかしおそらくはそれは無理なのであろう。
ざっと確認したところ、かの御方はあの湖付近には自らの【力】の波動がいきわたらないようにしているっぽい。
「我らが王。クレマティス様。あなた様、竜王自らが出向いていかれる、という案は……」
「却下だな。下手にうごいてあの御方の機嫌を損ねたくはない。
まずお前たち、四将には先日も説明したとおり。
水将と土将はステラ殿とクーク殿の補佐をかねて地上の見回りと安定を。
風将と火将はおそらくあの御方がバストネス殿とオンファス殿を解放するであろうから、
解放されてすぐに【力】がいきわたるように道を確保しておくように。
…と、船が到着したな」
先日、永きにわたる王の不在からようやく王が帰還したここ水晶宮。
その主たる竜王クレマティスが真っ先にしたことは、彼の直属の部下である四将を呼び寄せること。
そんな王の口から語られたのは、竜王の眷属たる彼らにとっては信じられない出来事。
この世界を創りし、彼らが尊敬し畏怖してやまない【世界神セレスタイン】の降臨。
竜王、とよばれしクレマティスとてその目にするまで信じられなかった。
そもそも、かの洞窟の中で目にしたそのときの衝撃は計り知れない。
衝撃が大きすぎてあるいみ冷静になれた、といっても過言でない。
そもそも、人間達が精霊神コランダムの神殿を悪用に走ったのが全ての原因。
あの場でなければいくら精霊王達とて唯唯諾諾と捕らわれたままになってはいなかったであろう。
光の属性が強い場所であればあるほどそれにともなう闇もまた濃くなる。
王が二人、かの地に捕らわれていたからこそあるいみ世界全てが闇にまで包まれなかった。
ともいえるのであるが。
しかしそれは結果論。
かの御方が降臨してきた以上、そんなたわごとですまされる出来事ではおさまらなくなっている。
「……あの御方の考えは我らには計りかねるからな……」
この地に幽閉されていた存在達を連れてくると連絡があったときにも驚いたが。
たしかにこの地より安全な場所はない。
しかし、悠久の時からみても、普通の存在をこの地に呼び寄せたことは一度たりとてない。
が、かの御方がそのように決断した以上、世界にあらたな【何か】の変化があるのであろう。
もしくはあらたな【理】が設定されるのか。
様々な結果に対応すべく、考えうる対策をしておくのが役割を課せられた存在の役目。
「おそらくかの御方は【彼ら】をこの地に降ろした後、そのままアダバル湖に出向かれるであろう。
我もかの御方に同行するがゆえ、あとのことはまかせたぞ」
『おうせのままに。我らが王よ』
クレマティスの声をうけ、ざっとそのばにひざまずく数十以上の人影。
彼らは今でこそ人型をとっているものの、彼らの本質は竜。
人型をとっているのは今からこの場にやってくるであろう存在に対しての対策にすぎない。
かの地に捕らわれていたのは何も人族だけではないにしろ、
それでも竜の姿のままでは混乱させてはいけない、ということから彼らは人型をとっている。
最もその気配は竜のそれであり、みるものがみればすぐにわかるのであるが。
そもそもこの地は天空宮、すなわち天上へとつづく門への入口。
聖なる力に満ち溢れたこの地に滞在する以上、その魂もまた浄化されてゆく。
永きにわたる幽閉生活の中で魂すらも穢された存在達を本来の姿にもどす。
それを目的としている以上、たしかにこの地は養生の場として申し分がない。
…が、脆弱な人の魂がこの地の聖なる気に耐えられるかどうか、という問題があるにしろ。
あの地に捕らえられていたのは少なからず特殊なる力をもった存在達のみ。
だからこそこの地を養生の場にと選んだのであろう。
それがクレマティスの考え。
最も、そんな彼の考えはあるいみ正解であり、また間違ってもいるのだが。
真意を聞かされていない以上、その事実を彼がしるはずもない……
「フェナスさん?どうかしたんですか?」
何やら茫然、といった雰囲気をかもしだしているフェナスにきょとん、としてといかける。
「ど…どうかした、ではないですっ!ここってなんなんですかぁぁっ!!」
そんなティンに思わず叫び返すフェナスはおそらく心情的には間違っていないのであろう。
それでなくても茫然としていた。
空にうかんだ箱舟。
それにいきなり乗せられたのはまだしも。
すくなくともかの船にのるのは二度目。
洞窟を抜ける際にも驚かされた。
よもや空を飛ぶそれこそ伝説の船に乗ることになるなどおもってもいなかった。
しかも強制的に。
捕らえられていた仲間や、他にもとらえられていた存在達をたすけだした。
助けだしたはいいものの、彼らの保護をどうするかまでは考えていなかった。
大人数で動くにはどうしても目立つ。
かといってほとんどのものが衰弱している現状においてたしかにティンの召喚した船に乗せてもらえたのは幸運といえば幸運。
が、しかし、伝説級の乗り物をいともあっさりと召喚する目の前の少女。
ティン・セレスとなのっているこの少女の正体がとてもきにかかる。
そもそも、彼女の横にいたのは気配からして土と水をそれぞれにすべる精霊王。
そんな彼らとて【ティン・セレス】にたいし敬意を示していた。
そしてまた、守るべき存在である、輝きの王たるレニエルも。
船の中ではひたすらに同胞達の介抱にとあたっていた。
それはレニエルとて同じこと。
あまりの忙しさに考えることを放棄していたといっても過言ではない。
目の前に広がるはどこまでもつづく真っ白いもふもふとした感じの大地。
これが本当の大地でないのは【森の民】の直感として理解できる。
気づけば【船】はどこかにたどり着き、
見たこともないしかもあからさまに人でも、ましてや地上では感じたことのない気をもつ存在達。
人の姿をしていてもその本質は人ではない存在達。
その中で采配をとるは、先日出会った聖なる竜。
ゆえにこそ理解せざるを得ない。
かの存在を王、と呼んでいる目の前の人々は、竜の化身。
それこそお伽噺の物語にしかでてこない竜族がどうしてこうして自分達を出迎えるため、
ましては人型をとっているのか理解不能。
そもそも彼女とであってこのかた理解不能な事が多すぎる。
あるいみ同族達の介抱を彼らに託したがゆえにようやく我に戻れたといっても過言ではない。
そんな彼女…フェナスの何ともいえない声が響き渡る。
「フェナス。叫ばないでください。どうみてもここは水晶宮、でしかないでしょう?」
そんな彼女に対しかるく首をかしげて話しかけるレニエル。
【ティン・セレス】の【存在の在り方】を理解した以上、レニエルからしてみればこれはあるいみ想定内。
そもそも、かの存在がかかわった以上、何がおこっても不思議ではない。
しかし、その正体を自分からフェナスに話していいものかどうか。
それがわからない。
何となくではあるがまだ話さないほうがいいような気がするゆえに説明はしていないが。
本能的に感じる直感に間違いはない。
柱の一つたる【輝ける王】だからこそその直感は何よりも大切だと力に目覚めた今は判る。
「レニーのいうとおり。ここは水晶宮よ。
とりあえず、捕らえられていた存在達はここでしばし魂の浄化を図ってもらうことになったから」
捕らえられていた存在達はいきなりの出来事にいまだについていけずにほとんどが放心状態。
もっともこの現状できちんと正確に現状を把握できればそれはそれですごいとしかいいようがない。
「クレマティス。とりあえずしばらくは彼らの保護はあなた達にまかせたからね。
あと、クークとステラに命じて他の地に捕らえられているものたちもここによこすようにしてるから」
幽閉している地が大地の一部である以上、土の精霊王と水の精霊王。
彼らにできないことはない。
大気中には水分の元となる元素が含まれている。
すなわち、水の精霊王の子供たる存在達が世界各所に存在しているといっても過言でない。
そしてまた、大地にたずさわる全てもまた土の精霊王の管轄内。
この惑星上における大地全てを土の精霊王たるクークは統括、管理している。
水は命の源、といっても過言でない。
この地にいきるほとんどの生命体は水なくしてはいきてはいけない。
もっとも、水なくしてもいきていける生命体もいるにはいるが。
一人、あるいみパニックになっているフェナスをさらっと無視し、
その場でひざまづいている竜王クレマティスにと何やらいっているティン。
他の竜族達はといえば目の前にいる少女が【誰】なのか聞かされているがゆえに恐縮し固まっている。
「かしこまりました。それでティンク様。これより湖の神殿にむかわれるのですか?」
ひざまづき、その左手をまっすぐのばし、右手を胸の前にもっていきつつもといかける。
クレマティスの左手は水晶の床に触れており、その姿は水晶に反射し映り込む。
しかし、目の前にいるはずのティンの姿は足元の水晶には映り込んではいない。
ティンが意識しない限り、その姿の痕跡はどこにものこらない。
そのようにこの世界ではなっている。
そういった存在である、と竜族たるクレマティス達は理解しているが、
しかしそれ以外のもの、すなわちティンとともにこの場にやってきたフェナスからしてみれば、
姿がうつっていないのにきづき驚愕を隠しきれない。
何ともおもわなかったが、今の今まで
彼女の【影】をみたことがなかったことにいまさらながらに気づかされる。
「オンファスとバストネスのあの子達を解放したら柱にてコランダムを呼びだすから。
クレマティスもそのような心づもりでいて」
今、この場にいるのは、ティンとクレマティス。
そしてレニエルとフェナス、そして竜族とおもわしきものたちが数名。
四人以外のものたちは、その場に膝をつき、上半身をかるくまっすぐのばし、
それぞれが腕を胸の前で交差させているのがみてとれる。
それが彼ら竜族の敬意の表し方なのであるが、そのことはあまり知られてはいない。
「コランダム様を呼びだされるのですか?」
それまでだまっていたレニエルがそんなティンの言葉に少しばかり首をかしげつつ、
それでいて恐る恐るといった雰囲気でティンにと問いかけてくる。
そんなレニエルに対し、
「そもそもこうなった原因はあの四人だけの問題ではないしね。
コランダムと一緒になればこの地の修正は簡単でしょ?
レニー。あなたの継承の儀もあの子以外にこの地でできるものは残ってないみたいだし」
継承の儀。
輝ける王に必要なすべての能力の解放の儀式。
本来ならば、輝ける王の後継者にその力をたくすべく森の民が存在している。
しかし、とある一部の人間の暴走により、その儀式をおこなうべく森の民は今は存在していない。
フェナスはあくまでも【守護者】。
水は大地を潤し、大地は命をはぐくませる。
炎は命の循環を促し、そして大地へともどり、炎の熱はやがて水へと還りゆく。
輝ける王にはそれらの能力も備わっている。
ゆえに、精霊王達とならぶ、世界の【柱】としてこの世界に存在している。
それはこの世界の【絶対的な理】。
「僕のようなものにわざわざ精霊神様のお手をわずらわせてもいいのでしょうか…?
それでなくてもセレス様のお手を煩わせてしまったというのに……」
自分はまだ力に目覚めたばかり。
それでなくても仲間をたすけだすのに【ティン・セレス】の力を借りたのは曲げようのない事実。
よもやティンがかの御方などとはゆめにも思っていなかったが。
「幼き王よ。しかしティンク様のいわれているとおり、そなたはまだ完全ではない。
この世界の理を本来あるべき形にするためにもそなたの目覚めは必要不可欠。
それと、そこの娘。輝きの守護を担うものよ」
戸惑いの色をかくしきれていないレニエルにと淡々と答えるクレマティス。
王の継承の儀を幾代にもわたって彼はみまもってきた経緯がある。
ゆえにその言葉における重みもまた深い。
「え?は…はいっ!」
先ほどから話しについていかれない。
そもそも出てくる名前はといえば伝説級の名ばかり。
さらっと精霊王達の真名を呼び捨てにしているティンのこともきにかかる。
もっとも、竜王クレマティスすら敬意をしめしているところをみると、
どうやらフェナスが予測していたティンが世界神の関係者、というのもあながち間違ってはいないのであろう。
そう彼女の中では結論づけているが、しかしいきなり話しかけられるとはおもってもいなかった。
ゆえにこそ声がうわずってしまうのは致し方がない。
「そなたの守護者としての力はまだ未熟。みたところ継承者としての能力は使いこなせてはいるが。
しかしその本質の力はまだつかいこなせてもおらぬし目覚めてもおらぬな?」
洞窟の中で出会ったときからおもっていた。
王を導く立場の守護者が確実に目覚めていないがゆえに、王もまた力に目覚める機会を逃していた。
そういってしまっても過言でない。
もっともそれは彼らの事情からしてしかたがないといえば仕方がない。
フェナスがレニエルの【卵】を仲間達から託されて追手と襲撃者達から逃れたのは、
まだ彼女が本来ならば保護が必要な時期にそのような事態に陥ったが故に、
彼女は守護者として完全に教育を施されたわけではない。
だからこそクレマティスの言葉に言葉につまるしかない。
それは事実であり、くつがえしようのない現実でもある。
歴代の守護者の力は強大であったと語りかけてくる大地はそう伝えている。
しかしフェナスは自分の中にあるであろうその力を確実につかいこなせない。
またその力そのものを感じることも滅多とない。
あくまでも今現在、フェナスが仕様しているのは力のごくごく一部。
力の数を百とするならばそのうちの十の力もつかいこなせてはいない。
もしも彼女がその力をつかいこなせていれば、
ティンが元々もっている独特の雰囲気にもすぐにきづき、彼女が何ものであるかすぐさまに理解したであろう。
「…はい」
事実をつきつけられそれでも否定できないのが彼女にとってはとてもくやしい。
どうすればいいのか彼女ですらつきみきれていないというのが実情。
「ふむ…試練に入る前に今のままでは還るより他にあるまい」
還る。
それは彼女達、森の民にとってのあるいみ死に等しい。
彼女達の死は死でなく、自然に還りゆく、という意味からしてそう呼び称されている。
「そなたが望むならばこの地にてある程度の特訓を手伝うことは可能だが、
今のままではそなた、輝ける王の守護どころかその力にその身を焼き尽くすことになるぞ?」
王の力はそれこそ絶対的なまでに強大なもの。
守護者の力でその力はあるいみ幕となり、世界によりよく循環してゆく。
それが守護者としての役割であり、この世界の理。
竜族はそれぞれに属性をもっている。
ゆえに、それぞれの属性をもつものに師事することによりその力をより正確に引きだすことも可能。
もっとも、力に呑まれるような存在にはこの方法は適応できない。
そもそも竜族達の力に耐えうる精神と、存在たる器が必要不可欠。
「たしかに。継承の儀にともなって守護者の試練もまたあるしね。
ならクレマティス。彼女のことはお願いしてもいいかしら?フェナスさん。あなたもそれでいい?」
「は…はい!こちらこそよろしくお願いします!」
レニエルが力に目覚めた以上、継承の儀が近いのもまた然り。
幼きころに試練のことも一応フェナスは聞かされている。
試練にうちかってこそ、本当の意味で【輝ける王】の【守護者】として力を発揮できる、とも。
フェナスからしてみればこの申し出はとてもありがたい。
そもそもいままで彼女に教えられる存在がいなかったのも事実。
ティンからしてみればクレマティスが申し出てこなければ自らが疑似的に創りだした空間にて、
彼女に特訓を施そう、とおもっていたのだが。
フェナスからしてみればクレマティスが提案してきたことはあるいみ幸運、といえるであろう。
そもそも、ティンの疑似空間の特訓は精霊王達からしてみてもとても過酷なものであるのだから……
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あとがきもどき:
薫:古の聖殿。コラム聖殿と水晶宮の二つをひっかけてみました。
別々にしようかな?ともおもったんですけどね。とりあえず。
おなじあるいみ伝説級の神殿ですし。
支離滅裂になった感が否めない今回のお話し。
あってもなくても別にさらっと流しても問題なかった水晶宮での会話さんと説明。
ようやく次回でまともなイベントに突入・・・の予定です。
ではではまた次回にて
2011年3月8日(火)&11月20日(日)某日
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